2,戦時の中 銃が欲しい少年
心が落ち込んでどうしようもなく、荒れるより彼女に会おうと、彼女のいる酒場に足を向けた。
半壊してバラックのような家が建ち並ぶ中、この辺で働く男達はみんな、はけ口求めて数軒並ぶ酒場に寄り集まる。
暗い中を裸電球がぶら下がり、安定しない電圧に時々ネオンのように電気が瞬く。
「あら、いらっしゃい。まあ、相変わらずしけた顔ねえ。」
「見るなりそう来るかよ、リナ。相変わらずひでえ女だ。」
口の悪い彼女には救われる。
カウンターに座って、薄い水割り飲みながら彼女と話してると、時を忘れた。
仕事の話になると、口が重くなる。
リナが、身を乗り出してささやいた。
「アタッカー、辞めるの?」
「いや、なかなか言い出せなくてな。」
「そう、良かった。」
「なんで?俺死ぬかもしれないぜ?」
驚く俺に、彼女が笑って言う。
「ガイド、あなた……ずっと前、心配する私に、なんて言ったか覚えてる?
こう、かっこつけてさ!」
「何だったか……な……」
思い出せない……
そんな昔の事なんて……俺は、もう、そんなことどうでもいいんだ……
氷の溶けたグラスに、ため息をつく。
ビビって、小さくなってる俺は、なんて格好悪いんだろう。
本当に、つまんねえ男だ……
しばらくすると、客が少しざわめいた。
リナが顔を上げ、困ったような表情をする。
「孤児かしら。困ったわね。」
孤児なんて、珍しくもない。
振り向こうとすると、彼女の視線が俺の脇に移動する。
「おっさん。」
「え?おっさんって、俺?あれ?君は朝見た……」
振り向くと、朝歩いて荒野渡りしていた子だ。
周囲を見ても、女の子の姿はない。
少年は相変わらず鋭い目つきで、身なりは汚れている。
「俺、買わない?」
「は?」
「一晩俺、買わないかって言ってるんだよ。何度も言わせんな。」
ピューピューあおるように周囲から口笛が聞こえた。
ちょっと考える。
彼女は何とも言えない顔をして俺を見る。
まあ、娼婦は珍しいものでも無いし、子供に身体売らせて稼ぐクソみたいな親もいる。
だが、男でこう堂々と来る奴は珍しい。
ゲイはいるけど、おおっぴらに言う事じゃないからだ。
だが、見回しても男は沢山いる。
面白がって、みんなこちらを見ていた。
「お前……いくつだ?何でこの中から俺に声かけた?」
少年は、髪はボサボサだが、確かにそこらの女よりきれいだ。
シャワー浴びせて小綺麗な服着せたら、本の表紙にでも載ってそうな顔をしている。
「もうすぐ18,男に興味ないなら他行く。」
あっさりきびすを返す少年に、腕を掴むと振りほどかれた。
「俺に触るな!」
「はっ、変な事言う奴だな、お前今から身体売るんだろう?
男に身体中なめ回されても構わないってんじゃねえの?」
少年の顔が、言いようのない感情で歪む。
「まあ、座れ。リナ、ジュースある?」
「もうすぐ18だ、酒飲める。子供扱いするな。」
「18じゃねえなら大人しくジュース飲め。」
「ちぇっ、ジジイはうるせえ。買うのかどうか、はっきりしやがれってんだ。」
少年の揺らぐ覚悟に、ちょっとこっちに余裕出てきた。
隣の椅子を指差すと、舌打ちながら座る。
確かに酒は飲める年だが、どう見ても飯を食ってない。
これでアルコール高い酒でも飲まされたら、酩酊状態でどんなクソ野郎に売り買いされるかわかったものじゃない。
「お前、今どんな危険な事やってるかわかってる?いつもやってるのか?」
出されたジュースを手に取ろうとして、手が震えているのに驚いたのか、引っ込めた。
怖いならやめればいいのに、よほど追い詰められているんだろう。
「クソッタレ、誰がこんな事やるもんかよ。セックスは初めてだ。一回だけ我慢すれば、銃を買えるだろ。
銃があれば強盗でも何でもやれる。」
「ひでえな、俺はその片棒か。
なんでこの中から俺に声かけた?」
少年は、ようやくリナの出したオレンジジュースを少し舐め、毒味のようにしばらくしてからやっと飲み始める。
ずいぶん慎重だ。
それにしても、銃を手に入れるために強盗とか考えなかったのが面白い。
根が真面目なんだろう。
「あんたが女と喋ってた。女はとても優しい顔をしている、気を許している顔だ。
ならばあんたはきっと、そう思える人だと思った。」
「ふうん……面白い奴だな。こんな事やめてアタッカーにでもなれよ。」
「アタッカー?」
「ガイド!子供に何言うの?」
冗談のつもりだったが、リナが目を丸くして俺を見る。
冗談だよと手を振った。
「今まで何してたの?ご両親は?」
「訳あって親は別に逃げた。俺は自分で生きていかなきゃなんない。
どうするんだよ、さっさと決めろ。あんたが駄目なら、俺は他の男当たる。」
「お前、男同士のセックスが何するか知ってんのか?
止めとけ、金が無けりゃ医者にもかかれねえ。死ぬかもしれねえんだぞ。」
「えっ、し……死ぬ?痛いの?」
「男は女と身体の仕組みが違うだろう?
こんなところで身体売ってもな、誰も大事に扱っちゃくれねえよ。
お前が考える以上に苦痛が待ってる。
ケツは出すところで入れるところじゃねえ。」
少年のきれいな睫毛が揺れて、目を閉じた。
自分の考えの甘さをわかってくれたかわからない。
じっと考えているようにも見える。
「でも、俺は金が……」
「よう!俺が買ってやるよ!一晩いくらだ?なあ、可愛がってやるぜ?」
後ろで聞いていた酔った男が立ち上がり、彼の肩を引いた。
少年は、一瞬ビクンと身体を震わせ、身を小さくしてグッと目を閉じている。
「そこの宿でやろうや。2,3人連れてきても構わねえだろ?
金弾むぜ?」
酒臭い息で、少年の腕をぐいと引いて無理矢理立たせる。
ガイドが、少年を庇うように間に入って、男の肩をドンと押した。