2,メリークリスマス、ジン おわり
ガキが下がり、笑って俺に語りかける。
撃っても当たらないこいつは何者かなんて、死の恐怖と怒りで頭が回らない。
「アハハ!すげえ!お前、弾当たっても痛くねえのか。面白いな。
ボスがさ、お前生かして一緒に連れてこいって言ってるんだけど、お前、どうする?
見ろよ、生きてんの俺だけじゃねえの?なんだよ、偉そうにしやがって、みんな死んじまった!」
こいつ、何を言っているのかわからない。
ただ、俺はこいつを殺さなきゃ死ぬ。
距離を取って、なんとか殺さなきゃと思うのに殺せない。
俺の頭は逃げることをすっかり忘れて、この不可思議なガキをどうにか殺したい思いでいっぱいだった。
パンパンパンパンッ!
「当たらねえ、当たんねえよ、そんな生ぬるい弾よ〜。」
ぼやきながら、わざと隙を見せて俺を挑発する。
ナイフで襲っても流され、ぶん投げられた。傷一つ付けられねえ。
一旦引いて距離を取り、隙を狙っては撃つを繰り返す。
しかし、一発も当たらないどころか、次第に銃は弾が無くなり、近くで死んでる兵の装備も無くなった。
俺は弾数に制限あるのに、あいつはただ避けるか弾くだけでちっとも攻撃してこない。
今だって、あくびしてやがる。
「切るな、殺すなってのめんどくせえ。まだやるのか〜?俺はいいけど、腹減ったなー。」
そう言って、携帯食ポケットから出して食いだした。
俺だって腹は減っている。
最後に食ったのは昨日の夜、殺したオヤジが茹でていたムギだ。
俺は腹が立って、ナイフを取るとあいつの陣取る家の周囲を走り、奴の後ろに回り込む。
俺は透明人間だ。
そら、ここにいる普通の隊員は俺がこんなに近くにいるのにわからない。
口を塞ぎ、ナイフで殺して武器を奪う。
そしてあのガキを殺しに向かった。
ガキは半壊の家屋の半分崩れた壁向こうにいる。
屋根は崩れ落ちて、裏隣の2階に登り、壁の無いところから見下ろすと、上から丸見えだ。
のんびり携帯食食べて水筒の水飲んでいやがる。
俺は一気に飛び降りて、あいつの首根っこにこのナイフを深々と刺す、そのイメージに酔いながら床のヘリに足をかけた。
ドカッ!
突然、その足先に足の裏からナイフが突き抜けた。
「ギャッ!」
あまりの痛みに足を引く。
が、床を突き抜けたナイフから足を引き抜くときに、更に激痛が走った。
「ギャアッ!うぐぁっ!があぁぁっ!」
痛い痛い痛い!あまりの痛みに転げ回る。
痛い!死ぬ!もの凄く痛い。俺は死ぬ!
俺が苦しんでいると、ガキが身軽にポンポン飛んで目の前に上って来た。
腰からナイフを取って投げ、俺の鼻先にドンと刺す。
上着が固定され、俺は慌ててそれを抜いてバタバタと下がった。
「痛えか?まあ、人間そんくらいじゃ死なねえし。
俺はお前、殺しに来たんじゃ無いから。
ボスは切るなとは言ったけど、刺すなは言わなかったからな〜。」
パンパンパンパンッ!
撃っても撃ってもこいつは避ける。
痛みに泣きながら悔しくて唇を噛む。
飛びかかろうにも、足が痛くて立ち上がれない。
その内、ガキが首を振ってため息突いた。
「あーうぜえ、お前なー、いい加減にしねえと・・・」
ガキが背中の棒に手を回す。
そして、大きく踏み込んできた。
ピュンッ!
ピュンッ!ピュピュンッ!
ガキが、何か光るモノを見えない早さで俺の目の前で振り回した。
何が起きたかわからず、呆然と見つめる。
前髪が、パラパラと切れて落ちた。
服が切れ、たすきにかけたカバンのベルトが切れてドサリと落ちる。
「うっかり切っちゃうぜ?」
気がつくと、俺は股間の息子が小さくしぼんで、おしっこが漏れそうだった。
そいつが持ってる長いナイフが日の光を反射して、鋭く輝き俺を圧倒する。
「こ、こ、こ、ろ、・・・」
「殺さねえよ、俺はお前迎えに来たんだ。」
「むかえ・・?」
「俺さ、軍入ってまだ基礎訓練終わったばかりなんだ。
3ヶ月一般で身体慣らしてこっち来い言われて、一般で最後の仕事がお前の処分。
でも俺は、裏でタナトスのボスから、お前生かして連れてこい言われてたのさ。
まあ、お前さっくり一般の隊員始末しちゃったし、あとはお前を説得するだけじゃん?」
「せ、説得?」
説得って、こんなんだったっけ?
「あー、説得なー、俺やったことねえから、しばらく考えたんだけどさ。
まあ、終わりよければすべて良しって、オヤジも言ってたし。いいんじゃねえの?さて、腹減ったし行くか。」
「お、俺は行くと言ってない。」
「は!行くさ、俺が来いって言ってんだから。
お前放っとくと、この国の人口減っちまう。
息するように人殺しちまうようなお前の面倒見れるの、俺くらいのもんだろ。
えーと、電話って、どうやってかけるんだっけ?」
パンッ!
後ろを向いた隙に、一発撃った。
だが、首をひょいと傾けただけで避ける。
ガキは電話をかけながらくるりとこっちを向き、銃を持つ俺の手を思い切り蹴った。
「いってっ!」
銃は、音を立てて遠くへ行く。
ガキは電話をかけながら、慌てて抵抗する俺の身体から片手で次々とナイフを抜き取り、遠くへと放った。
「あー、ボス?俺、サトミ。サトミ・ブラッドリー。
ああ、そう、終わったんだけど。
どうすればいい?武装解除させた。オッケー?
ヘリ?ヘリで来んの?ふうん。じゃあここで待ってるわ。
なあなあ、なんか食わせてくれよ。めっちゃ腹減ってんの。
あとさ、俺、今メチャクチャ激甘ココア飲みてえんだけど。
そうそう、俺ココア無いとメンタルダメなんだよなー。
そっちあんの?オッケー?やった!じゃあ、行くわ!」
「ココア?」
「そう、俺ココア飲まねえと、マジでイラついて、お前殺しそうだわ。
クソみたいに次々殺して、手ぇ取らせやがってよ。
あー、今日はクリスマスかー、なんか焼いたお菓子出ないかなあ。
家帰りてえ・・・くそー、大人なんてクソ野郎ばかりだ。なあ、お前もそう思うよなー!」
俺は返答に困った。
こんな変な奴が、俺の面倒を見る?
一体何言ってるのかわからねえ。
「なんで・・・・なんでお前は俺の気配がわかるんだ。」
ガキは怪訝な顔をして、俺を見る。そして笑った。
「そりゃあ、お前が生きてるからさ。お前は死んでねえ、ちゃんと生きてるだろ?だったら俺にはわかる。」
なぜか、体中が震えた。
俺は、その言葉が聞きたかった。
誰も彼も、まるで俺を死人のように気配をつかめない。
俺は生きてるのに、俺がそばに来てもわからない。殺される瞬間、俺をようやく把握する。
でも、こいつは違う、俺が生きていることをわかってくれる。
俺は、胸が熱くなって、ようやく生きた心地がした。
そうしているうちにヘリの音が近づいて、ガキは俺を蹴って転がすとシャツを半分脱がせて袖を縛り、手を使えないようにしてしまう。
そして自分よりもデカくて重い俺を、まるで丸めた安物のじゅうたんのように軽々と小脇に抱えた。
もうどうしようもない、こいつには敵わない。ギブアップだ。
「お前さー、名前は?」
名前なんて・・・・・・
俺が殺してしまった家族の顔が遠い。
俺はきっと、そいつらの顔はすぐに忘れちまうだろう。
名前は、この地に捨てていきたいような気持ちにとらわれる。
黙ってると、近づくヘリの音に負けじとガキが叫んだ。
「まあ、無ければ付けてやるよ、どうせお前の名前は殺人犯で銃殺だ。
昨日までのお前はバイバイ、今日がお前の誕生日って事だわ。
そうだなー、うん。
お前って始末の悪い、悪酔いする酒のようだから、ジンでいいや。」
目を見開いて、ガキの顔を見る。
ガキは降りてきたヘリに手を上げ、ついでに肩をボキボキ言わせながら回した。
「いいな!いい名前だな!それ!」
「だろ?俺は犬の名前付けるの得意だったんだ。」
グッと指を立てる。
俺は今ひでえ事言われたような気もするが、「ジン」と言う名は気に入った。
ガキが、クリスマスの歌を口ずさむ。
俺はなんとなく質問した。
「サンタってさ、いると思うか?」
「あーそうだなあ、お前の場合、いたけど殺しちまったんじゃね?」
「そうか・・・そうかもしんねえ、俺さ、ただ、死にたくなかったんだ。」
「うん、まあ、そんなら仕方ねえな。じゃあよ、俺がサンタでオッケー?」
「はあ?お前が?!なんだそれ!プッフフフ、ギャハハハハ!」
ガキがサンタ?
俺は思いきり笑った。
「よう、ハッピーバースディ、メリークリスマス!ジン!」
「ハハッ!メリーメリー、トナカイ野郎!」
俺は、クリスマスの日に、たった一人の友達と出会った。
メリークリスマス、ジン 終了です。
彼の本名は、罪を償って書類上銃殺になりました。
つまり、透明人間の彼は死人になったわけです。
結局は、生きている実感が無いから、生きている証明を求めて殺していた彼でした。
生きていればお前の存在はわかると断言したサトミは、最後の砦なのかもしれません。
彼は透明人間。だから、姿を隠すと彼を殺すのは困難です。
非常に始末の悪い奴です。
もしサトミが回収困難と判断したら、ボスはこの一帯の絨緞爆撃も考えていたかもしれません。
だからこそ、彼を殺せるのはサトミくらいしかいないのです。
クリスマス企画、お楽しみ頂けたでしょうか。
今後もたまに短編上げますので、よろしくお願いします。
メリークリスマス!




