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尋ねたり、答えたり

 話を逸らすため、僕は済んだことを蒸し返した。

「だって、またアルファレイドに目を付けられたら」

 いくらニセモノのふりをしていたとしても、紫衣里が本物だと知っているものには意味がない。

 世界的なコングロマリットが本気を出せば、捕まえられないことはないだろう。

 そこまで言いたかったが、言い訳がましいと自分でも分かっているだけに、言葉が続かなかった。

 さらに心配だったことがある。

 一度笑って済ませた話に文句をつけてしまったことだ。

 紫衣里が怒りだしたとしても仕方がない。

 

 ……これが最後かもしれないのに。


 言い訳のために、その機会を台無しにしてしまった自分を呪わないではいられなかった。

 だが、意外にも、紫衣里は平然と答えた。

「あれで諦めるって思ってたし」

 確かに、そのとおりになった。

 だが、それはそれ、これはこれだ.

心配していた身としては、その楽天家ぶりには、つい腹が立ってしまう。

「代わりを探してたんだぞ!」

 紫衣里が見つからなくても、スプーンを守る他の女の子に目をつけるかもしれなかったのだ。

 もし、佐藤が内部告発をちらつかせて脅さなかったら、アルファレイドは迫害の矛先を変えていたことだろう。

 だが、紫衣里の読みは単純で、もっと深かった。

「プリンスが放っておくわけないでしょ」

 まさに、そのとおりになった。


 プリンスの話によれば、軌道エレベーターは、基盤部だけでも何千億円とかかる大事業だ。

 それなのに、ネット上のこととはいえ、「銀のスプーン」を使った人類の覚醒がどうたらという裏の目的が暴露されてしまったのだ。


 ただ、プリンスが軌道エレベーターを買い取った理由も、単純極まりない。

「僕と板野さんにフェアな対決をさせるためだったっていうんだからね」

 これ以上の援護射撃はなかったわけだが、話が大きいだけに皮肉のひとつも言いたくなる。

 話を混ぜっ返すと、紫衣里はちょっとムキになった。

「プリンスに売りつけたのだって、体のいい隠蔽じゃない」


 ……もっともな評価だ。


 僕もうなずかざるを得ない。

「因果応報ってやつかな……軌道エレベーターが、そのまま解体の憂き目を見ることになったのも」

 そこで紫衣里は、この議論を冷ややかに締めくくった。

「プリンスがあれを引き継がない限り、技術的に再現する意味はないわ」

 つまり、「銀のスプーン」をあれ以上追いかけ回しても、アルファレイドに得るものはない。

 それが分かっていた紫衣里にしてみれば、僕の心配は時間の無駄でしかなかったろう。


 ……弁解の余地もなく16オンスのグローブで殴られた案件だな。


 僕は一瞬でも疑ったのに、紫衣里のほうが信じていたとは。

 恥ずかしいと思ったところで、頭の中に閃くものがあった。

 それは希望をもたらすと共に、僕を堕落の底へ引っ張り込むものでもあった。

「じゃあ、もう……スプーンは」

 少なくとも、アルファレイドから守る必要はない。

 諦めていたことが、再び頭をもたげる。


 ……もう一度、紫衣里と暮らすチャンスはないか?


 その考えを察したように、紫衣里はフードコートで佐藤に言い放った、あの魔法の呪文のような言葉を口にした。

「μ πάντ ἐφίεσθαι κρατεῖν」

 佐藤の訳した言葉が、記憶の底から蘇る。

 それこそ魔法にでもかかったように、僕は繰り返していた。

「何もかも、思い通りにできると思わないほうがいい……」

 紫衣里は、これをアルファレイドの無力を告げるために使ったのだろう。

 そう簡単に、言いなりにはならないと。

 だが、今は、僕への戒めでもあった。


 ……僕たちはもう、別々の道を歩きはじめている。


 紫衣里が僕のために銀のスプーンを鳴らしたとき、それを覚悟していたことだろう。

 そうさせてしまった僕が今、紫衣里のためにできることは、それを受け入れることだけだ。

 だが、不思議な巡り合わせで再開した僕たちに、それはあまりにも重い事実だった。

 何とフォローしていいかわからずに困り果てていると、紫衣里が、くすっと笑って言った。

「Un ange passe……」

 また、魔法の呪文だ。

 今度は、僕がむくれる番だった。

「意味わかんないことばっかり」

 ごめん、と苦笑いして、紫衣里は答えた。

「フランス語で、天使が通ったっていうんだよ、今みたいなの」

 ちょっと考えて、おどけてみせた。

「どのへんを?」

 このへん、と紫衣里が指さす。

「どこ?」

 ここ、と指した辺りを眺めて、どこ、と繰り返す。

 しばらくの間、僕たちは「どこ?」「そこ」「ここ?」と意味のないやりとりを繰り返した。

 やがて、今度は紫衣里が話をそらしにかかった。

「もういいの? 板野さんのことは」

 そういえば、修学旅行の費用を僕が持つ持たないの口論についても、紫衣里は知っていたのだった。

 この結末は、伝えておく必要がある。

「佐藤がケリをつけた。全部ばらすってアルファレイド脅して」

 話すと長いので、この辺で止めておく。

 だが、そこで再び、頭の中で引っかかることがあった。


 ……それで済むなら、辞めることはなかったのに。


 どうせ脅すだけなら。アルファレイドに経費だけを出させればいい。

 意外だったのは、紫衣里が目を大きく見開いた。

 開いた口を手で押さえて、いつになくおろおろしている。

 どうしよう、という顔つきだった。

 かと思うと、何か思いついたらしく、僕をじっと見据えて問い詰めた。

「ちょっと待って……どこで聞いたの、それ?」

 その剣幕に、思わず、椅子ごとあとずさる。

「ゲーセンだけど、あの、ほら、バイト先の」

 びくつきながら答えると、紫衣里は物も言わずに席を立った。

 髪をポニーテールに戻して駆け出す。

 あとを追おうとしたところで、まだ返していないパフェのグラスが目についた。

 放っていこうと思ったが、周りの客の目が思いのほか、険しかった。


 ……置いていったら絶対、トラブルになる。


 一瞬のうちに頭の中でそろばんを弾いた僕は、グラスの載ったトレイを手に取った。

 少し空いてきたフードコートの中を、どたばたと駆けていく。

 ファーストフード店の返却口に食器を戻して振り向いた。

 モールのエスカレーターを下りる紫衣里の、ポニーテールとパーカーのフードが見えた。

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