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二人のガスコン

それから間もなく……。

 階下にあるゲームセンターの大画面では、フランスの銃士隊長ダルタニャンが、同じガスコーニュ出身のシラノ・ド・ベルジュラックと剣を交えていた。

 エドモン・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』にも、二人が顔を合わせるシーンがある。

 バラードを作りながらマヌケな腰抜け貴族を決闘で破ってみせたシラノに、ダルタニャンが握手を求めるのだ。

 剣にかけては自信あり、それだけに愉快だった、と。

 そのセリフに恥じない技を、この佐藤一郎が操る銃士隊長は披露してくれた。

「……強い!」

 名前が平凡な割には、手強かった。そこはやはり、ゲーム開発部門のひとりだということだろう。

 テストプレイを繰り返しているだろうから、そこそこはやるだろうと思っていた。

だが、その技は予想を遥かに超えていた。

 シラノの神速の突きはことごとく剣とマントで弾き返され、ほとんどダメージを与えられない。

 だが、その佐藤一郎も唸った。

「やりますね……」

 実在したシラノも、100人相手のケンカであっという間に7、8人を倒して、残りを逃散させたという。

僕もそれくらいのことはやってみせたつもりだった。

 だから、その賞賛は挑戦の一言でもある。

ダルタニャンは、パワーを秘めた一撃一撃を確実に繰り出してシラノを追い詰めようとする。

一瞬の隙を突いて、クリティカルヒットを奪うためだ。

だが、シラノも連続攻撃で、ダルタニャンを釘付けにする。

完全に、膠着状態だった。

 これを破らなければ、タイムアウトで引き分けに終わる。

 いや、体力ゲージでは分からない僅差のダメージで、負けの判定が出る恐れがある。

 一本勝ちを狙うしかなかった。

「見てろ……!」

 コンピューターゲームといえども、人間が操作するものだ。

 ボタンを叩く指が止まるときは、必ずある。

 そこを見切って、突撃チャージをかければいい。

 ダルタニャンの剣を払ったシラノが、その胸元まで飛び込んだ。

 そこで、佐藤一郎も不敵に笑った。

「そう来ますか!」

 僕は、狙いすました一撃を放つ。

 この技を使って、負けたことはいっぺんもない。

「これが(セ……)。」

 自信を込めて、僕は叫ぶ。

 同時に、佐藤一郎も雄叫びを上げた

「……故郷の魂テスプリ・ド・ガスコン!」

 剣と剣とが交差する。

 互いに捨て身の攻撃を仕掛けた男たちも。

 そして、次の瞬間。 

全く同じ姿勢で立ち位置だけを変えて、ダルタニャンはシラノと向き合っていた。

 まるでダンスでもするかのような至近距離だ。

 僕は呻かないではいられなかった。

「な……!」

 言葉が出ない。

 こんな画面は、見たことがなかった。

 何が起こったかは分かる。

 2人のガスコーニュ男は、同じ技を持っている。

 故郷の魂エスプリ・ド・ガスコン

 相手の身体を全身で貫通する、捨て身の突撃だ。

 ダルタニャンは、それをほとんど同時にぶつけてきたのだった。

 安堵の息をついた佐藤一郎は、余裕たっぷりに笑ってみせた。

「こういうこともできるんですよ」

 理屈の上ではあり得なくもないバグすれすれの現象だが、それを本当にやってみせるとは。

 開発者ならではのテクニックと言わざるを得なかった。

 ずるいといえばずるいが、僕は素直に敬意を表する。


「勉強になりました……もう一瞬早かったらね!」

 そのわずかな時間の差が、闘いの攻守を分けた。

 劇中では、シラノはネール門での決闘で百人斬りをやってのける。

 舞台上でやってみせれば、俳優の見せ場になるだろう。

 ましてや、ゲームのCGなら、技の速さはプレイヤーの操作をコンピューターが処理できる限りは思うままだ。

 縦横に振るう剣が、泣く子も黙る国王陛下の銃士隊長の体力ゲージを見る間に下げていく。

 だが、思わぬ反撃が待っていた。

 実際にダルタニャンが銃士隊を束ねられたのは、その技と実績によるものだけではなかっただろう。

 超人的な活躍の伝説だって必要だったに違いない。

 それが今、ゲームの画面でも再現されつつあった。

 長いマントを跳ね上げたダルタニャンが、シラノの剣を押し返しはじめたのだ。

 佐藤一郎が吼える。

「|不死身の一撃(クー・パンヴュルネラブル!)」

 神秘のオーラに包まれた突進が、シラノの連続剣を止める。

 ダルタニャンの身体が加速すると、こっちの剣が弾き飛ばされる。

シラノは防御の姿勢を取ったままだ。

体力ゲージが低下するのに任せて立ち尽くすしかない。

 これまで勝ちに勝ってきた僕だが、弱かった頃だってある。

だが、こんな目に遭うのは初めてだった。

「こんな……かわせない!」

 呆然とつぶやく僕に、佐藤一郎はレバーとボタンを操作しながら囁いた。

「どうなさいますか? このままゲームオーバーを迎えますか?」

 冗談ではなかった。

 僕はシラノが弱っていくのを見つめながらも、反撃の機会をうかがう。

 画面後方まで跳ね飛ばされた剣は、取りに行けないこともない。

 しかし、僕はつぶやかないではいられなかった。

「それをやったら……」

 結果は、このゲームを始めたばかりの素人でも分かることだ。

 画面の端に押し込められて、ろくな防御もできないままに切り刻まれる。

 いわゆる「ハメ技」を食らうことになるのだ。

 それを狙って仕掛けられたのが、この捨て身の攻撃だった。

 余裕たっぷりにボタンを弾きながら、佐藤一郎は口三味線を奏でてみせる。

「これを凌ぐのは、かなり難しいかと」

画面上のダルタニャンの代わりに歌い上げた、余裕の勝利宣言だった。

 だが、僕もそう簡単にはやられるつもりはなかった。

 口三味線は、この男の専売特許ではない。

 僕には僕の腹積もりがあった。

「でも……不可能じゃない!」

ダルタニャンに弾き飛ばされるようにして画面の端に退いたシラノが、ようやくのことで剣を拾い上げた。

 無防備の背中に、銃士隊長の必殺の剣が繰り出される。

だが、間一髪、無類の詩人は、画面の縦線に沿って高々と跳躍した。

太った身体に、背景の月が隠れる。

 攻撃は避けられたが、地に足がつく前に捕まってしまったらおしまいだ。

画面に宙づりのまま、ハメ技の連続突きを受けることになる。

 これも一か八かの賭けだった。

 佐藤一郎も、感嘆の声を上げる

「ほお……」

 それは、興味津々の返事でもあった。

 見下した態度ではない。

 この窮地をどうやって乗り切るか、見せてもらおうというのだろう。

 僕も、そのつもりだった。

楽しみにしてもらっている以上、期待には応えなくてはならない。

どんなに負けていても、最後の一瞬で逆転してみせる。

相手の力を出し尽くさせて、実力を際立たせる。

 それが、僕の目指すプロの姿だ。

 ちゃんと、見せ場は最後までとってある。

 シラノの身体に隠れたはずの月が、再び画面上に大きく現れた。

 代わりに、宙に浮かんだ巨体が、その陰に消える。

 僕は、その必殺技の名前を高らかに叫んだ。

 「月からの墜落トンベ・デ・ラ・リュヌ!」

 劇中で、シラノは幼馴染ロクサーヌとの恋を諦め、親友クリスチャンとの仲を取り持つ。

 二人の結婚式を邪魔しようとする、不倫願望の強い横恋慕の上司を煙に巻くため、覆面で演じた即興劇が、これだ。

 月から落ちてきた男……。

 ダルタニャンの頭上から、剣を逆さにシラノが降ってくる。

 画面の端にいるだけに、ダルタニャンは逃げようがない。

 佐藤一郎は、仕掛けたハメ技で逆にハメられたわけだ。

 この不意打ちで、勝負はついた。

 防御の姿勢も取れないまま、誇り高き銃士隊長は剣を高々と掲げて、その場に崩れ落ちた。

 アレクサンドル・デュマが紡いだ物語『三銃士』『その20年後』『さらに10年後、ブラジュロンヌ子爵と鉄仮面』の結末が、そうであったように。

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