薄情者の言い訳
人混みの中で、大きなパフェを、専用の長いスプーンやフォーク、ストローと共にトレイに乗せて運ぶのは、結構な障害物競走だった。
倒さないようにするのはもちろん、他の客にぶつけないように注意しなければならない。
生クリームなどで服を汚してしまった日には、クリーニング代にもトラブル解決にも、たいへんな金と手間と迷惑がかかることになる。
そんなものに、紫衣里を巻き込みたくはなかった。
いや、そのくらいなら、この千載一遇の再会などはないほうがいい。
人の流れを読みながら進んだり、退いたり。
シューティングゲームの弾幕面をクリアするときのように細心の注意を払う。
いつ果てるとも知らない時間の後、僕はようやく紫衣里のもとへとたどりついた。
息を切らせながら、パフェのトレイを紫衣里の目の前へ差し出す。
だが、返事は冷ややかなものだった。
「頼んでませんけど?」
言われてみれば、確かにそうだ。
出会った時がそうだったから、今度もそうだろうと、僕が勝手に思い込んでしまったのだった。
だが、紫衣里はアカの他人に会ったかのように、怪訝そうな顔で首を傾げる。
僕はぎくりとした。
……本当に、忘れてしまった? 僕のこと。
おそるおそる、パフェを紫衣里の前に置いてみる。
待ってましたとばかりに、その顔が明るく輝いた。
「ありがとう……!」
早速、パフェ用の長いスプーンを手に取ったところで、あっとばかりに口元を抑えて聞いてきた。
「探してくれたんでしょ? ずっと」
僕は、先生に優しく叱られる悪ガキのように、立ったまま硬直した。
たまらなく、恥ずかしかったのだ。
……同じだったじゃないか、出会う前と!
夏休みが始まる前の、元の高校生活に戻ってしまったのだった。
仕方がないと言えば、仕方がない。
僕には、僕の進路と人生がある。
いい加減にはできなかった。
それに、僕の心の中には、あの老人の言葉が大きな傷となって残っていた。
……「紫衣里と心を共にすることで、他のものを選んでいた」
紫衣里は、紫衣里自身のものでしかない。
無理に引き留めようとしたり、一緒にいるために、自分を殺してはいけなかったのだ。
だが、僕が誰かのために戦い続け、勝ち続けるために、紫衣里は銀のスプーンを鳴らした。
その結果、掟に従って僕のもとを去ったのであれば、僕は紫衣里を諦めなければならなかった。
しかし。
……そんなのは、理屈だ!
頭では分かっていても、心と身体に嘘はつけない。
あの老人が何と言おうと、僕は紫衣里を探すべきだったのだ。
だから、僕は正直に告げた。
「探したのは、僕じゃない。フィービーだよ……止めたのに!」
最後に付け加えたのは、言い訳にすぎなかった。
止めたのではない。
……僕の諦めが早かっただけだ。
そのひと言が口にできない、白状できない自分が許せなかった。
両の拳を握りしめて、歯を食いしばる。
腕から身体から、怒りと羞恥で震えはじめるのが分かった。
だが、パフェを貪り食う紫衣里は、僕の薄情さを非難も叱りも責めもしない。
半分くらいになったパフェを見据えながら、いったん、食べる口を止めた。
「心配しなくてよかったんだよ。私のことなんか。収まったでしょ? どっちみち」
それだけ告げると再び、生クリームとアイスクリームとチョコレートをスプーンにまとめて口へと運ぶ。
卑怯だとは思ったが、お許しが出て、ほっとしたのも事実だ。
さらに、紫衣里は息継ぎついでに向かいの席に手を差し伸べた。
「まあ、座って座って。そこ立ってられると邪魔だから」
……そこまでおっしゃるなら。
何事もなかったかのように、紫衣里の前に腰かける。
さらに、これもずるいとは思ったが、話をそらした。
「ガセとか偽物とか多かったからね」
思えば、ネット上にはひどいのが出回っていたものだった。
生活を投げ出してでも紫衣里を探さなかった後ろめたさをごまかそうと、僕は知っている限りをまくし立てた。
まず、服装だけ似せたコスプレ。
黒のロングのウィッグをかぶって、ワンピースさえ着ていればいいという安易なものだ。
銀のスプーンは、ある者も、ない者もいた。
濃い化粧。
白塗りの顔に、長いつけまつげや、やたら原色の赤やピンクの口紅。
輪郭を似せようというのか、目や頬に敢えて陰のパーツを作っている者もいたが、ほとんど妖怪だった。
そして、これは言ってはいけないことだから腹の内に収めておいたが……。
どいつもこいつも、ルックスは似ても似つかない。
僕の話を聞いているのかいないのか、紫衣里は、パフェの底上げに使われているコーンフレークまできれいに食べ終わった。
スプーンとフォーク、ストローの入った容器を前に、ごちそうさまと手を合わせる。
やがて、おもむろに僕を見つめると、そんなの何でもないという顔で答えた。
「あれ、私。全部じゃないけど」
目をぱちぱちさせてしまったのが、自分でも分かった。
唖然としたのち、ようやく口にできたのは、たったの一音だ。
「……は?」
あまりのことに、言葉が出なかった。
お節介とはいえ、フィービーを始めとした何百人、いや、何千人という人が紫衣里を探し回ったのだ。
それでいて、誰ひとり本物だと思わなかったのが、実は紫衣里本人だったなんて。
偽物とガセネタの張本人は、してやったりという顔で真相を語った。
「世界中のあちこちで、いろんな人に動画撮ってもらってニセ情報流したり……あ、私のことなんだから本物?」
ちょっと首を捻って考え込んだが、まあいいか、と話を続ける。
「みんな、面白がって協力してくれたよ。まさか、世界中のネットユーザーが探してる張本人が、自分から撮ってなんて言うはずないし」
まだアルファレイドが血眼で探しているときに、なんという大胆不敵さだろうか。
驚き呆れてものも言えないでいる僕の前で、紫衣里は言ってはいけないことまで口にした。
「自分でブスに変装したり、ね」
そう言いながら指で鼻を押し上げたり、ふくれっ面をしてみせたりする。
その百面相だけではなく、世界中がすっかり騙されていたことがおかしくて、僕は笑った。
ホンモノまでがニセモノのふりをしていたのでは、この世にホンモノがいなくなっても仕方がない。
紫衣里も笑った。
それは道徳的にまずいと思ったので、聞いてみた。
「もしかして……可愛いって、自覚してた?」
紫衣里は大真面目な顔をして答えた。
「当然」
そこで僕たちは、また大笑いした。
テーブルのそばを通り過ぎていく客がうるさげに顔をしかめても、全く気にならなかった。




