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決着への序章

 世界的コングロマリットであるアルファレイド傘下のゲームセンター、「フェニックスゲート」。

 岐阜県本巣市の片隅にあるショッピングモールの端の一支店は、客の歓声にどっと沸いた。

 店内のスクリーンに映し出されているのは、新製品〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉の第3ラウンドが始まるところだ。

 エドモン・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』の一場面である、アラスの要塞の内部が映し出されている。

 赤レンガの壁や床は、風化と戦闘ですっかり傷み、ところどころ崩れてさえいる。

 その中で、対峙する男たちがいた。


 羽根帽子の伊達男で、大きな鼻を気にしている剣豪詩人、シラノ・ド・ベルジュラック。

 華奢な美男子だが、逆上すると手に負えない熱血漢、クリスチャン・ド・ヌーヴィレット。


 ゲームが「FIGHT」を告げるまでの僅かな間、シラノを操る僕は、クリスチャンのプレイヤーである佐藤に、ふと尋ねてみた。

「これ、原作で言ったらどの辺ですか?」

 シラノとクリスチャンの体力ゲージが上がっていく。

 佐藤は、画面を見つめたまま即答した。

「第4幕第9場」

 何度も読んだ、その場面を思い出してみる。

「どちらが先に打って出るか揉めている、といったところですか」

 実際には、そんな場面はない。

 スペイン軍の猛攻が始まると、クリスチャンはシラノを置いて最前線へと飛び出すのだ。

 だが、何の障害もなければ、シラノはきっと、それを止めるに違いない。

 佐藤はそこまで考えてか、あるいはそうでないのか、いずれとも取れる答えを返した。

「そう、共に、愛する美女ロクサアヌのために」

 彼女は今、この要塞にいる。

 スペイン軍の囲みを破って、フランスのパリから山のような食料を荷馬車に積んでやってきたのだ。

 詩人シラノが、文才のないクリスチャンの代わりに書いた恋文に心を動かされて。

 気力ゲージが上がっていく。


 シラノは「武勲いさおし」。

 クリスチャンは「純愛」。


 その間に、佐藤の言う辺りを何とか思い出すことができた。

「クリスチャンは、シラノにロクサアヌへの思いを告げろと言い残す」

 ゆっくりとした頷きと共に、その続きが返ってきた。

「そう。そして、シラノがぐずぐずしている間に……」

 

 紡がれてきた短い物語は、そこで途切れた。

 最終ラウンドが始まったのだ。

 無駄口を叩いていたのが災いして、僕は一手、出遅れた。

 クリスチャンの技が、先に放たれる。


「鼻先の紙一重クープ・ネ・フィーヌ


 横に払ったレイピアの切っ先が、シラノの鼻をかすめるように光った。

 どうにか受け止めたが、クリスチャンが斬り抜けた後には、いくばくかのダメージが残された。

 だが、まだ致命傷ではない。

 

 ……チャンスは、まだある!

 

 だが、クリスチャンが巻き起こした風が、それを奪った。

 風圧がシラノの鼻を押し上げて、仰向けに倒したのだ。

 投げ技を食らったのと同じダメージが上乗せされる。

 体力は一気に、半分近くにまで下がった。

 急いで、スティックを振り回す。


 ……立て! 立て! シラノ!


 立ち上がったときには、クリスチャンはもう振り向いている。

 シラノもまた、次のコマンドを入力する前に走りだしていた。


 ……何で?


 見れば、気力ゲージは最高潮に達している。

 再び、クリスチャンの挑発に引っかかったのだ。

 急いでスティックを攻撃撃方向から下回りに、反対側へと振る。

 ようやく「強」ボタンを叩きはしたが、クリスチャンのカウンター技がすでに発動した後だった。


反射の剣(レフレ・ド・クール)


 クリスチャンが一瞬だけ剣を胸元に引き寄せて受け止めたのは、一瞬遅れてきたシラノのレイピアだった。


「果たし合いのバラード《バラッ・デュ・マッチ》!」


 最初の一撃が、守る刃の上で白い火花を散らす。

 そのダメージは、クリスチャンの放つ突きに上乗せされて返ってきた。

 だが、それほど長続きするカウンター技ではない。


 ……バラッドとはまず、八行詩の三連。


 次の6連撃が刺突・斬撃を問わず、クリスチャンに叩き込まれる。

 最後の一撃と共に、今度はシラノが斬り抜けた。

 だが、これでは終わらない。


 ……続いて、四行詩の返し歌を一篇。


 クリスチャンの背後に回ると、続く4連撃のクリティカルヒットが炸裂する。

 その体力ゲージも一気に下がって、だいたい半分くらいになった。


 ……これで、互角。


 思わず深い息をついたとき、佐藤もまた、ため息をついたのが分かった。

 たぶん、同じことを考えていたのだろう。

 僕が不利な状況を回復できた分、アドバンテージを失ったのだから。

 

 ……プレイヤーとしては、分かる。


 確かに、紫衣里や板野さんを追いつめてきたことを考えると、この男は許せない。

 だが、今だけは別だという気がしてならなかった。

 〈リタレスティック・バウト〉で戦っている今だけは。


 ……怒りとか恨みとか、そんなものは関係ない!

 ……だから、容赦はしない! 


 最終ラウンドを取るために、僕は勝負に出た。

 シラノのマントがクリスチャンに向かって飛ぶ。


「|長いマントをかなぐり捨てて《ジェテ・モン・マント》……」


 これが全身に絡みつけば、クリスチャンの剣の自在な動きは封じられる。

 黒く大きな影がマントよりも先に、足さばきの軽やかな美男子に覆いかぶさった。

 だが、相手は佐藤だ。

 〈リタレスティック・バウト〉の開発者相手に、そう簡単に事が進むはずもない。

 マントの影の下で、クリスチャンの声が高々と響き渡った。 


勇気の告白(クール・アヴー)!」

 

 どこまでも広がる巨大な影は、一瞬にして霧散した。

 残されたのは、冷たく光るレイピアを差し上げたクリスチャンの姿だった。

 相手の攻撃に一度だけ耐えて、クリティカルヒットするまで終わらない反撃突きを食らわす。

 それが、この技だ。


 ……来る! 

 ……確実なカウンターが!


 これをかわす方法は、ひとつしかない。


20の韻律(ヴァント・プロディセ)!」


 クリスチャンは、あらゆる剣技を繰り出す。

 上段・中段・下段突き、低い姿勢から真上に向けての斬り払い。

 跳躍しての突き下ろしから、交差しての横薙ぎ。

 振り向きざまの正面斬り。

 だが、クリティカルを求める反撃効果が続く限り、シラノもまた、それを変幻自在の剣で受け流す。

 その結果は、火を見るより明らかだ。


 ……先に発動した技の効果が、先に尽きる!


 やがて、袈裟懸けの一振りが命中する。

 クリスチャンが、がっくりと膝をついた。


 ……競り勝ったか。


 シラノの技は、その名の通り、20連撃の剣だ。

 ひとつひとつのダメージは大きくないが、どんなキャラクターの連撃技よりも攻撃回数が多い。

 「後出しじゃんけん」なら、最低でも一撃は保証されるのだ。

 読みが当たって、ようやく一息つくことができた。

 だが、クリスチャンの体力ゲージは充分に残っている。


 ……気を抜けば、逆転される。


 呼吸を整えて、画面をじっと見つめる。

 クリスチャンの、どんな変化も逃してはならなかった。

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