表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/91

シラノの顔の真ん中を

 どうするもこうするも。

 次の2本を取るだけのことだ。

 もっとも、佐藤が易々と許すはずがない、

 第2ラウンドが始まるや否や、クリスチャンの必殺技コンボが来た。


勇気の踏み込み(エラン・デュ・クール)


 足元に淡い光の輪が広がると、その剣先が震えるように輝く。

 そのパワーを全身に波打たせて、クリスチャンは大股に踏み込む。

 中距離から真っすぐ繰り出す奇襲突きに、シラノはいきなりダメージを食らった。

 のけぞったところで、紙片のような光が周囲に舞い散る。

 やがて、その全てがクリスチャンの身体を取り巻き、くるくると回りながらレイピアへと吸い込まれる。


恋文の一閃(レトル・ダムール)


 淡い薔薇色に染まった刃が、斬撃の軌道を描く。

 その残像は、筆記体のような曲線を描いていた。

 

 Sincérité


 まごころ、という意味らしい。

 クリスチャン自身は照れ隠しのように髪をかき上げる。

 だが、その効果は絶大だった。

 再びのダメージに加えて、技の幻惑にシラノはよろめく。

 そこでさらに、衝撃波を伴う突きが繰り出された。


槍兵崩し(ブリーズ・ランス)


 床のレンガを砕いて、無形の刃が走る。

 だが、黙って倒されるシラノではない。


亡霊(マルグレ・)なんか(レ・)こわくない(ファントメ)!」


 その姿が消え、衝撃波は空振りに終わる。

 シラノのいた辺りに、レンガの深い裂け目を残したばかりだ。

 代わりに、クリスチャンは正面からの不意打ちを受けて倒れた。

 地蔵倒れに伏した身体を足元に見降ろしているのは、もちろんシラノだ。

 ふらふらと立ち上がるクリスチャンをめった切りにしようと思えばできるが、敢えて画面端まで跳びすさる。

 別に、情けをかけたわけではない。

 追撃をかけるクリスチャンは間合いを詰めてくるが、それも計算のうちだ。


3つ数えろ(コムテ・トロワ)!」


 シラノの叫びに応じるように、いつのまにか増えていた人だかりの中から、カウントを取る声が挙がる。


 ひとつ!

 ふたつ!


 シラノの足元から全身へと、溜めこまれた力がみなぎっていく。

 その声が、観客の声とひとつになった。


「みっつ!」


 気力ゲージ「武勲いさおし」が最高潮に達する。

 クリスチャンもまた、あと一歩の踏み込みを残すばかりとなった。

 普通なら、ここで防御の姿勢を取るところだ。

 なぜなら、シラノが全身に満たした気力を解き放ち、それが衝撃波となって襲ってくるのは分かりきったことだからだ。


 ……お返しだ!


 シラノのレイピアが横薙ぎに一閃すると、アラスの要塞が崩れんばかりに震撼する。

 風がしなやかで強い刃となって、どこまでも広がってゆく。

 だが、クリスチャンの身体が画面端まで吹き飛ばされることはなかった。

 ただ、その姿があった足元で、砂煙が渦を巻いているばかりだ。

 衝撃波で体力ゲージを削られはしたが、身体を大きく捻ってかわした反動で、レイピアが強烈な斬り下ろしを放つ。


逆転の踏み込み(ル・タン・ド・クール)


 捨て身の反撃だった。


 ……かわしきれない!


 自ら退いた画面端では、逃げ道はない。

 いや、これこそ背水の陣と言うべきだろう。

 こういうときこそ、前へ出るのがガスコーニュの男だ。


故郷の魂エスプリ・ド・ガスコン!」


 捨て身の攻撃には、捨て身で応じる。

 かつて佐藤がダルタニャンで挑んできたときに、相討ち狙いで使った技だ。

 シラノの体力ゲージは危険領域にまで落ち込んだが、それはクリスチャンも同じことだった。


 ……次に食らう前に。


 互いに、命懸けで最後の一撃を狙うことになる。

 相手に考えさせる間を与えれば、自分がより不利になる。

 佐藤の目つき顔つきをうかがっている余裕などなかった。

 クリスチャンは深手を負いながら、さっきの一撃の勢いを失うことはない。

 それどころか、再び半回転して踏み込んでくる。


勢い任せの斬り上げクープ・ア・ラ・ヴォルテ

 

 前傾姿勢で剣を斬り上げたのは、中段より高い攻撃を読んでのことだったろうか。

 その予測の速さ、鋭さには、僕も肝を冷やした。

 レイピアの軌跡が白い弧を描き、風圧が天井へと舞い上がる。

 だが、それより高く跳んだシラノには届かなかった。


月からの墜落トンベ・デ・ラ・リュヌ!」

 

 跳躍の後を追うように、長いマントが翻る。

 シラノが軽やかな宙返りを打った。

 長い鼻と剣がちょうど一直線になって、クリスチャンの脳天へと急降下する。

 こんなことはもちろん、絶対に現実ではありえない。

 画面の中のゲームだからこそできることだ。

 それなのに、シラノはまるで、本当に生きているかのように空中を舞っていた。

 言い換えれば……。


 ……それができるくらい、高すぎた!


 それは、佐藤に次のコマンドを入力させる隙を与えたことになる。

 だが、僕の焦りとは裏腹に、シラノは悠然と着地した。

 その瞬間を狙ったかのように、クリスチャンが横薙ぎのレイピアを振るう。


情熱の連撃(ラム・ド・パシオン)


 だが、その先にシラノの姿はない。  

 斬ったのは、その残像だった。


韻律の七変化 セット・ヴァリアシオン・ド・プロソディー!」


 残った6人のシラノが、次々にクリスチャンへと刃を浴びせる。

 それに対する剣先はといえば、くるくると自在に宙を駆ける。

 手紙でもつづるかのような軌跡が、浮かんでは消えた。

 放たれた最後の一突きが、ピリオドを狙う。

 その眩いばかりの閃光を受け止めたのは、実体のシラノが構えた剣だった。

 自分で戦っていたかのように、僕の身体の奥から重い吐息が漏れる。


 ……次の手は?


 一瞬、そう考えたのが甘かった。

 次のコマンドを入力する前に、クリスチャンが自分の鼻を指差してみせる。


 ……しまった。


 原作の『シラノ・ド。ベルジュラック』の、「鼻尽くし」のシーンだ。

 ガスコーニュの男たちが集う近衛兵団「ガスコン青年隊」に、クリスチャンは例外として参加を許される。

 折しも、シラノが友人の代わりに背負い込んだ、百人斬りの果し合いの夜が明けた日のことだ。 

 勿体をつけて、しかし得意顔に語られる武勇伝に、クリスチャンは茶々を入れる。

 あらかじめ、青年隊の男たちに戒められていた一言をわざわざ使って。


 ……鼻!


 怒りに我を忘れたシラノが、思わず前に出る。

 僕のコントロールとは関係なしだ。


 ……やられた!


 挑発に乗せられたシラノが突進する勢いに合わせて、クリスチャンは渾身の一撃を叩き込む。


鼻心一閃ネ・クール・フィナーレ


 ガードがガラ空きのところへ、とどめの一撃を見舞ったつもりだっただろう。

 だが、コントロールが利かないということは、代わりにコマンドを入力する余裕ができたということだ。

 それに気づかなかった相手を嘲笑うかのように、3つの文字が宙に浮かぶ。


「ま」

「ぬ」

「け」


 そのたびに閃いたのは、シラノの剣の軌跡だ。


まぬけの三文字トロワ・レトレ・ニエス……」


 羽根帽子の下の顔の真ん中を笑う者は、たとえ親友でも容赦はない。

 その身体は、三枚に下ろされる。

 十三妹やクリームヒルトを丸裸にしたセクハラ技は、本来、こうやって使うのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ