悪役の懺悔
といっても、画面上の機体が失われることはない。
ゲームの邪魔になっていないと分かったおかげで、僕も気軽に話すことができた。
「いえ、板野さんが無事でよかった……ああ、僕はいいんです、閉会式も表彰式も」
恐ろしい計画を隠して行われた大会とはいえ、最低限の体裁を取るのがマナーというものだ。
取り仕切っていたのは佐藤なのだから、直接話せるのはまたとない機会だっだ。
海中から現れた怪獣の急所に連射を浴びせながら、佐藤は申し訳なさそうに答える。
「それにつきましては」
弁明は、4面のラスボスを倒す前に終わっていた。
僕が紫衣里を探して会場を出る前に、板野さんは意識を失ってしまったらしい。
すぐに佐藤がアルファレイド系列の病院への搬送を手配したが、そうなるともう、閉会式だの表彰式だの言っていられない。
板野さんをゲーマー系アイドルに仕立て上げるために、表でも裏でも多大なる犠牲を払ってきたのだ。
その上、関係者だけが入場できるはずのエキシビジョンマッチにはフィービーたちが乱入し、下手なごまかしがアルファレイド自体の命取りになりかねない事態になった。
早い話、僕が紫衣里を探し求めて鬼の目をした老人と対峙していた舞台裏は、大人たちの隠蔽騒ぎでしっちゃかめっちゃかになっていたのだ。
5面の惑星空洞で十字砲火をかわしながら、佐藤は平身低頭、詫びの言葉を並べ立てる。
「私どもの責任ですので、そこは誠心誠意」
板野さんの意識を回復するために、アルファレイドの医療関係者はが全ての労力を注いだという。
なにしろ、全てをなかったことにしなければならないのだ。
その結果、心の奥底まで踏みにじった疑似スプーンの反動という、部外者にとっては荒唐無稽極まりない不祥事の露見は回避された。
残ったのは、過密スケジュールによる特訓による心身の消耗という、社会的常識からすれば許しがたい被害だけだった。
それもまた、アルファレイドの最先端技術によって回復した。
板野さんが、9月1日にフェニックスゲートで退院の報告ができたのは、こういういきさつがあったからなのだった。
……いろいろと腹立たしいことはあるけど。
それは言葉と共に腹の中へと呑み込んで、佐藤には慇懃無礼なまでのお礼を言う。
「すみません、公式アンバサダー辞退したのに、板野さんの修学旅行奨学金までちゃんと出してもらって」
そのくらいは当然だと思うが、おそらくはもう関わることもない相手には、それなりの態度というものがある。
6面の古代文明の遺跡から出現する、翼の生えた蛇の猛攻をかわしながら、佐藤は弾の連射と共に返事をする。
「そこはもう、誠心誠意」
ゲームの売り上げは見込めるので、僕がいようがいまいが、どうでもいいらしい。
さらに佐藤は、事情がよく呑み込めていない板野さんや、その母親の前で土下座を付き、多額の示談金(150万円ほど)を払ったという。
その結果、板野さんがアイドル契約を解消するまでの労働基準法違反はもみ消された。
……これでアルファレイドと関わってたら、完全に僕が訴えてるぞ。
そう思いながらも、皮肉たっぷりに佐藤をねぎらってやる。
「そうそう……よかったですね、HILDEが見つかって」
1週間でファンクラブまで立ち上げたうえ、ゲリラライブを世界中に配信しておいて、本人が引退ではアルファレイドも大損害だ。
「HILDE」の替え玉を探し求める血眼ぶりは、容易に想像がつく。
だが、地下神殿を壊滅させた佐藤は、7面が始まる前に、さらりと答えた。
「売れることは間違いないんです、方々で声を掛ければ、整形してでも名乗り出る者はいますよ」
冷たく光る月面から現れる人型機械あが、次々に撃ち落とされていく。
もはや、呆れてものも言えなかった。
怒る気も失せて、年長者をたしなめるような格好になった。
「女神さまが黙ってませんよ、そんなことしてると……」
フィービーに流されたら、それこそ世界規模のスキャンダルになる。
だが、そこで佐藤は、とんでもないことを口にした。
「変だと思いませんか? あのタイミングでフィービー・マイケルスが現れたのを」
水平線の彼方から、まるで太平洋を越えてきたかのようなクルーザーの甲板に立つ、ヴィーナスのような姿が脳裏に浮かんだ。
……あ。
そこで初めて気付いたことがある。
まず、プリンスとフォーコンプレに、アルファレイドの計画を流したのはフィービーだ。
では、フィービーは誰から聞いたのか?
このフェニックスゲートで佐藤が僕にしゃべらなかったら、誰にも漏れることはなかったはずだ。
シューティングゲームの画面が荒れ始めた。
月面に現れた巨大な石板を前に、ストックの宇宙艇が次々に破壊されていく。
佐藤らしくないゲームの展開だった。
それに目を奪われていると、佐藤がもったいぶった口調で尋ねた。
「その前に……なぜ、板野さんだったと思いますか? 私があなたにぶつけたのが」
言われてみればそうだ。
もっと上手いプレイヤーはいくらでもいる。
……必殺技を使わない僕とようやく互角の板野さんを、なぜ選んだ?
佐藤の答えは単純だった。
「あなたの本気が見たかったんです……友達を救うために、死に物狂いで戦うあなたが」
それは、さすがに聞き捨てならなかった。
いったんは捨てた怒りを、再び拾い上げる。
「そんなことのために……!」
板野さんをあんな目に遭わせたのか、と怒鳴りつけそうになるのをこらえる。
名前を出してしまったら、かえって晒しものにすることになるからだ。
画面上に、「GAME OVER」の文字が浮かぶ。
佐藤はゲームを放棄して、静かに語った。
「板野さんとあなたの関係は、ここの客が流した動画で知りました……顔までは分かりませんでしたが」
僕の目の前に、スマホが突きつけられる。
映っているのは、シラノ・ド。ベルジュラックと戦う「長靴を履いた猫」だ。
佐藤の口元に、今までに見たこともなかった柔らかい笑みが浮かんだ。
「敢えて必殺技抜きで戦う姿には、愛がありました……全力でぶつかってくる相手への態度としてはどうかと思いますが」
その顔で、ほめるのとけなすのと、両方やらないでほしかった。
だが、佐藤が言いたかったのは、そこではない。
意外な話が、この後に続いた。
「そして、この動画にも愛がありました……これを撮った人の〈リタレスティック・バウト〉への愛が。それが汚されれば、黙ってはいないはずです」
それはともかく、これで話がつながった。
どこの誰とも分からないオタク少年が流した怒りのメッセージが、回り回ってフィービーに伝わったわけだ。
……風が吹けば桶屋が儲かるというが。
もう、怒っていいのか、笑っていいのか、何とも言えない気持ちで僕は尋ねた。
「いいんですか? 誰が聞いてるか分かりませんよ、この話も」
佐藤は平然と答えたものだった。
「ガセを流すアンチはどこにでもいます。それに……」
思わせぶりに、僕の顔を眺める。
つい、つられて聞き返してしまった。
「……それに?」




