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悪役の帰還

 再び給湯室に消えようとしていた店長が、あっ、という足取りで立ち止まった。

 その目の前には、ゲームセンターには場違いなスーツ姿がある。

 何か、嫌な感覚が頭の中に帰ってきた。

 知らん顔をしようと思いながらも、つい、目はそっちへと向く。

 出入口から差し込む外の照明のせいで、逆光になった顔はよく見えない。

 やたらへいこらしていた店長は、やがて、その影を伴って戻ってきた。

「覚えてるかな、ほら、あの……」

 忘れようとして苦労しているところだ。

 スーツ姿でゲームセンターにやってくる人は、そんなにいない。

 せいぜい、学校の生徒指導部に県が委嘱する「立入調査員」くらいのものだ。

 そうでなければ、こいつしかいない。

「やっと時間ができましたので、ご挨拶に」

 慇懃無礼な口調でやたらと白い歯を見せる、営業スマイルの男。

 

 ……佐藤一郎。


 紫衣里の守る銀のスプーンを狙って、僕を〈リタレスティック・バウト・ワールドタイトルマッチ〉に誘った、アルファレイドのゲーム開発屋だ。

 佐藤は、目を伏せながら会釈する。

「ご挨拶、ですからね?」

 何が、と思う。

 紫衣里の戦いと、板野さんの苦しみは、全てこいつの「ご挨拶」から始まったのだ。


 ……何しに来た。


 僕が佐藤を睨み据えているのが分かったのか、店長はあたふたして、目をこっちにやったりあっちにやったりする。

「ああ、いえ、これはご丁寧に……長谷尾君、お茶!」

 言われるまま、佐藤に無言で頭を下げて、お茶を淹れに行く。

 茶碗に緑茶の紙バッグを放り込んで、ポットのお湯を注ぐ。

 ついでに、流しの引き出しを開けてみたりもする。

 

 ……入ってないかな、猫いらずかなんか。


 余談だが、そんなものがなくても衛生が保てるくらい、店長はきれい好きだ。

 だから、さっき出したのとは違う模様の茶碗が二つ三つ入っている他には、茶托とお盆くらいしかない。

 その、最後の二つを佐藤のために準備して、僕は店内へと戻った。

 テーブル型の筐体に向かっている佐藤の手元に映し出されているのは、80年代のシューティングゲームを復刻した、幻想的なグラフィックだった。

 佐藤は銀色の宇宙艇を操って、縦横斜めに飛び交う細かい敵キャラを凄まじい速さで撃墜していく。

 その手元へ、茶托に乗せた熱い茶を置く。

 茶をすすりながらやるゲームではない。

 店長から小言のひとつもあるかと思っていたが、その姿は、僕と入れ違いに給湯室へと消えていた。

 今頃は安堵のため息をつきながら、自分のカップでコーヒーでも飲んでいることだろう。

 だが、僕の戦いはこれからだ。

 努めて冷静な口調で、僕は佐藤に話しかけた。

「紫衣里ならいませんよ」

 見つけていたら、僕のところになどは来ないだろう。

 返事も、ゲームに集中しているせいか、いつになく不愛想だった。

「ご心配なく」

 佐藤が頭を傾けてみせるのには、ちょっとイラついた。

 確かに、ゲーム画面を注視している分、どうしても首から上のリアクションは大げさになるだろう。

 それはそれで、仕方がない。


 ……100円払ってる以上、こいつ客だし。


 佐藤はすでに1面のボスキャラを撃破して、次のステージへと進んでいる。

 悪魔の顔をした森林のマップが流れていく。

 スコアはあっという間に10000点に達している。

 画面狭しと駆け巡る宇宙艇は、すでに1機追加されていた。

 つい、皮肉が口を突いて出る。

「代わりを探そうっていうんじゃないでしょうね」

 画面の隅へ宇宙艇を運んだ佐藤は、敵キャラが目の前に出現するそばから、その群れを被弾なしで裏技っぽく殲滅する。

 ぽつりと、必要最小限の言葉だけで答えた。

「そういう話も出たんですが」

 銀のスプーンの守り手は、紫衣里の他に何人もいるらしい。

 アルファレイドは、その全ての動向を佐藤たちに把握させている。

 紫衣里が見つからなくても、

 僕は、エプロンのポケットからスマホを取り出した。

 さっきの会議アプリを開く。

 いったん入室すれば、フィービーを始めとした1000人がいっぺんに反応してくれる。

 佐藤が顔をしかめた。

「連絡はご勘弁を。もう懲りました、いろんな意味で」

 画面では、2面のボスキャラがマップのほとんどを塞ぎながら、無数の弾をまき散らしていた。

 そのひとつひとつをかいくぐって、佐藤は空飛ぶ巨大要塞の砲塔を破壊していく。

 フィービーと議論するよりは、はるかにマシだろう。

 佐藤の「懲りた」は、たぶん、その程度だ。

 

 ……軌道エレベーターのことまで言ってるんなら、まだ許せるが。


 フィービーやフォーコンプレ、プリンスがいなかったら、あそこは完全な密室だった。

 僕は紫衣里をアルファレイドの人質に取られたまま、操り人形にされた板野さんとの潰しあいをさせられていただろう。

 同じか、もっとひどいことをアルファレイドが始める前に、力を借りた方がいいのかもしれない。

 だが、そんなことをしたくないのが本音でもあった。

 迷惑を掛けたくないというだけではない。


 ……もう、そっとしておいてほしい。


 僕がヒーローになるのは、紫衣里のためだけで充分だった。

 飛行要塞を壊滅した佐藤の宇宙艇はというと、3面へとワープしていた。

 星々の間を越える宇宙戦艦の、迷路のような通路を右へ左へと選びながら、その動力炉へと迫っていく。

 燃え盛る炎のような姿が現れたとき、佐藤は、ぽつりと言った。

「軌道エレベーターもありませんし」

 その振動音を聞く者に超人的な思考と反応の速度を与えるのが、紫衣里が守る銀のスプーンだった。

 アルファレイドはその金属を手に入れて、人類全体の能力を覚醒させようとしていた。

 そのためには、スプーンの金属を、地球を取り巻く風に震える軌道エレベータのケーブルに仕込まなければならない。

 だが、その建設途中の軌道エレベーターは、基盤部をプリンスが買い取って解体している。

 さらに、いくら材質を近づけても、疑似スプーンは疑似スプーンだ。

 これから開発はするかもしれないが、いまのところ、使い道がない。

 動力炉に慎重な攻撃を仕掛けていた佐藤は、ようやくのことで僕の質問に答えた。

「ですから、彼女たちに関心はありません。いろんな意味で」

 知らない人が聞いたら、30過ぎた男が、子どもには興味がないと至極まっとうなことを言っているにすぎない。

 だが、僕にとっては重大な宣言だった。


 ……銀のスプーンを守る女の子たちは、アルファレイドから解放された。


 ひとりで背負い込んでいた肩の荷が、どっと下りたような気持だった。

 だが、納得できないことはまだ残っている。

「板野さんの件なんですが」

 修学旅行のことだ。

 費用は、本当に大丈夫なのだろうか。

 帰ってきてから、今朝の笑顔が夏までの張り詰めた感じに変わるのは見たくない。

 すると、他の惑星の大海原を飛ぶ宇宙艇で島々の基地を破壊していく佐藤は、悲痛な声で答えた。

「例の件につきましては、平に……」

 大きな声では言いたくないのか、いかにも申し訳なさそうなかすれ声と共に頭を下げる。

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