デジタルアートが語る後日談
プリンスが護衛と思しき頑丈そうな男たちに囲まれて帰ると、店長が仕事を持ってきた。
「これ、貼ってくれない?」
丸めた紙の、長い筒だった。
アルファレイドの新作ゲームが出るのだろうと思いながら、手に取る。
このゲームセンターも系列なのだからしたかがないが、できれば二度と見聞きしたくない名前だった。
それでも、稼がなければならないのだから仕方がない。
受け取ったポスターを広げてみて、はっとした。
「この絵……」
夜の海とも、高い山頂から見下ろす夜明け前の雲とも、また、無限ともいえる混沌ともつかない、ぼんやりした闇。
そこに立つのは、白いドレスの少女だった。
胸元には、星とも宝石ともつかない煌めき。
……紫衣里?
僕の後ろから絵を覗き込んだ店長が唸った。
「いやあ、似ている人がいるもんだねえ……あ、もしかして本人?」
最後のひと言は余計だった。
もっとも、店長は紫衣里の名前を最後まで知らなかったが。
……いや、違う。
その顔立ちはあまりにエキゾチックだった。
すっきりした鼻筋と輪郭。
なめらかな、きめの細かい肌は白く、ぼんやりと光っている。
くっきりとした目元には、ターコイズブルーの瞳。
風になびく黒髪には、金や赤や銀、白や亜麻色が混じっている。
たぶん、この世の誰でもない。
「いえ……違います」
それでも口ごもってしまったのは、紫衣里と全く無関係な絵ではないからだ。
作者のサインはどこにもない。
それでも、誰の作品かは世界中の誰もが知っている。
……ウジェーヌ・フォーコンプレ。
〈リタレスティック・バウト〉で弁天小僧菊之助を口三味線と共に操った美貌のゲーマーだ。
いろんな意味で強敵だった。
キャラクターを知り尽くしていなけれな、あそこまでの技を放ちながら、あれだけしゃべれるわけがない。
そのうえ。
……やめておこう。
頬に、あまり思い出したくないものが蘇るといけない。
あの唇が触れた辺りをごしごしやりながら、ポスターに目を凝らす。
……絵に集中! 絵に集中! だいたい、あいつの本業は!
デジタルアーティストだから、この絵も芸術活動の一環なのだろう。
エキシビジョンマッチでは、世話になった。
あの世界中に拡散された『銀の鳥籠』は、アルファレイドの軌道エレベーターに耳目を集め、紫衣里や板野さんを守ってくれたのだ。
その直後に発表されたのが、この作品だった。
……確か、題名は。
僕が言いよどんだまま黙っていたのをどう誤解したのか、店長は急に話題を変えた。
「いや、ね、この絵、どこに行っても貼ってあるじゃない……有名なの? これ」
僕もしょっちゅう目にしている。
最初のうちは心の奥を針で一刺しされたような痛みを感じたものだ。
だが、そういうものは、慣れれば何ともなくなるものらしい。
答えるのにまだ、ためらいはあるが、口にするのは何でもない。
「確か……『少女』ですね、題は」
フォーコンプレは紫衣里のイメージを、全世界の少女に託したのかもしれない。
僕は、〈リタレスティック・バウト・ワールドタイトルマッチ〉の古いポスターを剥がした。
……もういいだろう。あの勝利を大々的に宣伝するのは。
その跡が残っているところに『少女』を貼り直す。
白いワンピースの少女の姿は、少し暗いゲームセンターの照明の下で、場違いなまでに映えた。
……天才芸術家の、永遠の偶像ってところか。
店長は、なおも後ろから尋ねてくる。
「いつからこんなに流行っているの?この絵」
ずいぶん昔からのような気もする。
僕もさすがに自分の指を折りながら数えた。
「2ヵ月前くらい前……でしょうか」
「へええ? 知らなかった」」
店長は素っ頓狂な声を挙げて驚いたが、今さらという気はする。
この作品は、一夜で世界中のネットを沸騰させたのだった。
なにしろ、フィービーとフォロワーの手で、白いワンピースの少女がプリンスに啖呵を切ったところが配信された後なのだ。
誰もが紫衣里だと思ったとしても無理はない。
……人相書きの役には立たないけどな。
もともとフォーコンプレは著作権フリーを宣言しているので、二次使用は早かった。
ポスターにアバター、配信画面の背景にグッズ、ファンアート、SNSミーム、Vtuber……。
しまいにはティーカップや文房具に至るまで。
アイコン化したデザインは、おそらく世界中で、日常生活のあちこちにあふれかえった。
おかげで、フィービーやフォロワーたちょのたちがでネット上の紫衣里探しにも拍車がかかったが、結果は現在の通りだ。
……こんな探し方をすればするほど、紫衣里は見つからない。
そう思えばこそ、僕は元の暮らしに戻ったのだった。
逆に言えば、このゲームセンターのシフトに入っているときのほうが気楽だったくらいだ。
アルファレイド系列だから、どうしても「α」のロゴからは逃れられない。
だが、フォーコンプレが描いた僕の偶像は見ないで済む。
……もう、終わったんだ。あの日々は。
店内に目を遣ると、客の着ているTシャツには、顔のない『少女』のアイコンがプリントされている。
このくらいなら、腹も立たない。
……まあ、ご愛敬かな。
自分で自分に皮肉な笑いを浮かべてみる。
だが、ポスターを持ってきた店長に聞かないではいられなかった。
「何で、今なんですか?」
実をいえば、このデザインは一過性のブームにしかならなかったのだ。
確かに、話題になったこともあった。
ひと月前などは、実際、街角にあふれだしたデザインが、夕方のニュースにもなるくらいだったのだ。
店長は首を傾げて、曖昧に笑う。
「いや、人気らしいし、1枚くらいはいいかな、と」
もっとも今では、店長が言うほどではない。
……いつまでも続かないから、流行なんだし。
少女の偶像は、ゲームセンターに入っては出ていく客の姿が移ろうのを見つめているかのようだ。
人々の感動や関心も、同じくらい衰えやすい。
さらに、顔の切り張りで性的あるいは暴力的なコラージュをする不届き者が現れたのは、つい先週のことだ。
ネットニュースの見出しで知った程度だが、聞いた話で済んでよかった。
僕が実際に見ていたら、情報開示請求でも何でもやって、作ったヤツは地の果てまでも追いつめて八つ裂きにしていたことだろう。
……その必要もなかったが。
それを境に、ウジェーヌ・フォーコンプレの『少女』はネット上から消滅した。
『銀の鳥籠』も、考察されると消えてしまったが、同じ仕掛けなのだろう。
とにかく。
紫衣里であって紫衣里ではないデザインが街にあふれている。
もう気に留める人もいない。
せいぜい、こんなうわさ話が聞こえる程度だ。
……なんか、あの絵のモデルがいるらしいよ。
……シエリ、っていうんだって?
……何それ、都市伝説じゃないの?
今になって、この絵を持ってきた店長のセンスが独特なのか、それとも鈍いのか。
う~ん、と再び唸ってから、ピントの外れた返事が遠ざかっていった。
「まあ、なんだ、元気出してよ」




