再戦の約束
一緒にゲームセンターへ戻ると、店長が困ったような顔で僕を待っていた。
「これ……」
縦長の、大きな包みだった。
プリンスが戻ったというのに、もう、誰も気にしてはいない。
客はみな、自分のゲームに没頭している。
ただ、オレンジ色のツナギを来たの若いお兄さんだけが、同じオレンジの制帽を取って頭を下げた。
「ちわー、オモナガ急便です! お荷物、代わりに受け取っていただきました!」
車椅子のプリンスに、改めて一礼して出ていく。
給湯室へ消える店長から受け取った包みを開けてみて、唖然とした。
「これ……」
いわゆる優勝カップというやつに、こう書いてある。
The True Champion of the Ritallistic Bout
だが、僕は英語が読めない。
プリンスに聞いてみる。
「……どういう意味?」
忌々しげな声が返ってきた。
「〈リタレスティック・バウトの真の勝者〉……9月1日に、アルファレイドから私のところへ届いた」
なんとなく、事情が呑み込めてきたが、黙っていた。
下手なことを言えば、この貴公子の逆鱗に触れる。
プリンスは声を落として、淡々と続けた。
「あのエキシビジョンマッチの後、壇上の君に授与する段取りだったんだろう。ところが、当の勝者が威風堂々と退場してしまったために……」
そこで、エセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世は手近な筐体に1枚の紙きれを叩きつけた。
「私に回ってきたというわけだ。これと共にな」
手を除けたところを見やると、そこには3のあとにいくつかの0が並んでいた。
「いち、じゅう、ひゃく、せん……さんぜんまん?」
3000万円の小切手だった。
あの<リタレスティック・バウト>のプロ賞金と同額の……。
「本来なら、君のものだ」
「いや、優勝は辞退……」
そういえば、その後のことはよく知らない。
次の日、バイト先で分かったのは、このエセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世が繰り上げで優勝扱いになったということだけだ。
あの日のことはすっぱり忘れてしまおうと、がむしゃらに勉強したり、バイトしていたりしたのだ。
「……バカにしないでくれ!」
「あの……」
やっぱり、逆鱗に触れた。
……佐藤め、余計なことを!
僕の弁解など、この名前の長い貴公子は聞きもしない。
「憐れみなら、結構だ」
もどかしげに、白い手袋が剥がされる。
まるで双剣を携えて立ち向かってくるような勢いで、両の手が突き出された。
そこには、ミイラ化と思えるほどにやせ細った、骨と皮ばかりの手がある。
ワールドタイトルマッチから2ヵ月程たっているが、素人目にも病状は進んでいた。
重い病気に冒されて、身体が衰弱しきっているのだ。
「確かに、こんな身体ではゲーム機の前に座っているのがやっとだ。だが、君に勝ちを恵んでもらういわれはない!」
「そんなつもりじゃ……」
場をわきまえて小声で話してはいるが、その分、爆発力は凄まじい。
僕を睨み据える目は、もはや正気ではなかった。
「これを賭けて、勝負だ」
だが、僕も言い分がある。
「……バカにしないでください」
「何?」
手袋を叩きつけてきてもおかしくない剣幕だった。
だが、そこは実際の対戦並みに、呼吸を読んで切り返す。
「このお金の持つ意味が、違いすぎます」
プリンスが、口元を歪めて笑った。
「……私にとっては、はした金だということか?」
喧嘩はしたくない。
僕は、できる限り丁重に答えた。
「それをひっこめてくれたら、ここで」
他の客に混じって、<リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド>を楽しみたい。
だが、プリンスの口から出たのは意外な一言だった。
「我がスウィンナートン家は莫大な負債を抱えている」
「……え?」
さっきまで、アルファレイドの疑似スプーンを封印する話をしていたはずだ。
話の脈絡が分からずに呆然としている僕に、プリンスはまくしたてた。
「いかに基盤部だけとはいえ、軌道エレベーターは軌道エレベーターだ。開発したアルファレイドは、国家予算並みの先行投資をしている。数兆円から数十兆円規模のプロジェクトだから、基盤部だけでも、数千億円から1兆円にはなる」
「……話が、見えないんですが」
金の話だということは分かっているが、だから何だという気がする。
金額が大きすぎて、頭が理解を拒んでいるのだ。
だが、そんなことはプリンスの知ったことではないらしい。
「それを買収するのに、スウィンナートン家の名前を使って世界中から融資を受けた。不渡りを出さないために、この身体で地球を何周もしている」
よく分からないが、大変なことになっているということだけは分かった。
理解の範囲内で、気になったことを聞いてみる。
「あの……返せるんですか? それ」
もちろん、とプリンスは言い切った。
「技術特許や素材は、今の最先端だ。大学も研究機関も、どの国家プロジェクトも、喉から手が出るほど欲しいはずだ。貸しても売っても、この20年、30年で数千億円の利益が見込める。その先は……」
自身たっぷりに聞こえるが、これは一種のチキンランだ。
また怒られるかとは思ったが、つい口を挟んでしまった。
「余計に無理じゃないですか?」
不思議な笑みを浮かべて、プリンスは答える。
「無理が利くうちに戦いたい」
レイアーティーズの双剣にえぐられたかのように、胸が痛んだ。
……難病が勝つか、プリンスが逃げ切るか。
無理はしてほしくなかった。
僕も、精いっぱいの笑顔で答える。
「僕はまだ……アマチュアですから。その賞金は、プロが受け取るべきです。そのうえで……友人として、今」
後悔のないようにしておきたい。
金なんか賭けなくたって、僕たちは真剣に戦えるはずだ。
それでも、プリンスは聞かなかった。
「ならば、プロの世界で待っている。その上で、君にもう一度挑戦しよう。それまで、この賞金は預かっておく」
取り付く島もない。
その頑固さには半ば呆れたが、なんだかおかしくもあった。
何千億円という額を動かせるのに、思いのほか子供っぽいところもある。
吹き出しそうになったところで、プリンスに睨まれた。
「何がおかしい?」
笑いをこらえているうちに、僕も気が変わってきた。
……永遠に伸びてもいいんじゃないか?このリベンジマッチ。
ただ、根負けしたとプリンスに思われるのも癪に障る。
どう答えてやろうかと考えあぐねていたところで、頭の中に閃いたことがあった。
……3000万という大金を、勝った方が手に入れる。
つまり。
僕は皮肉たっぷりに笑ってみせた。
「……それって、賭博にあたりませんか?」
言うか言い終わらないかのうちに、白い手袋をはめた指先で突き付けられたものがある。
筐体から拾い上げた小切手だった。
エセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世は不敵に笑う。
「君が勝ったらな」




