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女神の闖入

 そこへ、店長から声がかかった。

「長谷尾くん、ちょっと、ちょっと」

 サボっていたといえばサボっていたので、小走りに駆け寄る。

 メダルゲームの前で、若い男女が立ち尽くしていた。

 女性を腕に絡みつかせた男性のほうが、困り果てて頭を掻いている。

 店長がカウンターを目で示した。

「コイン詰まっちゃってさ」

 来る前に言ってほしかったが、鍵を取りに戻るしかない。

 急いで駆け戻ると、スマホのアプリがチャイムを鳴らした。


 ……この時間ダメだって言ってあるのに。


 カウンターの上にスマホを置くと、ポップアップがこう告げていた。


「Phoebe has started a meeting.」(フィービーが会議を開始しました)


 たぶん、フォロワーの皆さんも参加している。

 世界中から。

 そうなると、金銭的に余裕のある人もいるので、高額プランのミーティングも可能だ。

 その数、最高1000人。

 フィービーに誘われて参加したときは肝を潰したものだ。

 そんな人数を待たせるわけにもいかないので、すぐに顔を出す。

 スマホの中で、ブロンドの美女が手を振っていた。


  「ハイ、ハセオ、Are You Fine?」


 全然、Fineじゃない。

 カウンターの引き出しを開けて、筐体コインケースのカギを取り出す。

 そんな忙しさには構うことなく、フィービーは要件を告げた。

 会議アプリなので、英文と日本語訳が並んで表示されるのはありがたい。


  「Guess what—another person says they saw your pretty girl, Haseo」

  (また、ハセオのプリティガール見たって人が)


 画面が、眺めの赤毛を背中で縛っているらしい、褐色の肌の青年に切り替わる。

 瞳は青い。

 紫衣里中南米系のスウェーデン人らしい。

 

 「We found a new clip! Someone saw a girl who looks like Shieri!」

 (シエリっぽい子を見たって映像がある!)

 

 フィービーは律儀に約束を守ってくれた。

 世界中のフォロワーを動員して、紫衣里探しを始めたのだ。

 もっとも、名前を出したわけではない。

 フィービーも最初は、「ハセオのプリティガール」としか言っていない。

 ところが、エキシビジョンマッチの後、僕を抱えながら囁いた言葉を、配信中の画面がしっかり拾っていたのだった。

 

 ……Don’t worry — your Shieri is right nearby.(大丈夫、君のシエリはすぐ近くにいるよ)


 あの状況下だから文句も言えないが、この一言は一瞬で世界中を駆け巡ってくれた。

 おかげで、フォロワーたちの合言葉まで決まってしまった。


 ……Find Out our Shieri!(オレたちのシエリを探し出せ!)


 もっとも、発音だけがアイコン化されて、漢字表記はされない。

 それは、僕と紫衣里だけの秘密だ。


 やがて、見つかったという動画が公開された。

 スマホの縦撮り画面を眺めると、映っているのは東京渋谷辺りの交差点らしい。

 人混みのなかに、白いワンピース姿の少女が、髪を揺らして消えていった。

 フォロワーたちがいろんな言語で一斉にツッコむ。


  「これだけかよ!」

  「That’s it? Seriously?」(マジで?)

  「On ne voit rien du tout !」(何も見えないじゃん!)

    「장난해?」(ふざけてる?)


 コメント欄も大荒れで、収拾がつかなくなった。

 もっとも、いちいち見ていられない。

 メダルゲームに駆け寄って、矢継ぎ早に質問する。

「何枚入れました?」

「どのタイミングで止まりました?」

 返答を聞きながら、カギを筐体横の小さな穴に当てて回す。 

 コインが2枚同時に入って詰まっていた。

「うわ……あ、ちょっと待ってください」

 その間にも、容赦なく会議アプリはしゃべり続ける。

 1000人のプレッシャーに負けて、僕は客と店長に言い訳した。 

「すみません、コインややこしいことになってるんで、動画で調べます!」

 スマホを身体で隠しながらケースの蓋を開ける。

 コメントと共に、続けざまに映像が流れた。


 「¡Un video nuevo! Podría ser ella.」

  「새 영상 있어요. 진짜 시에리 같아 보여요.」 

 

 どれも、「シエリっぽい子を見たって映像がある!」という意味だ。


  地中海あたりかと思われる、青空の下の海岸で佇む黒髪の少女。

  イギリスの荒野で、白いワンピースの少女が荒れ狂う風の中で長い髪をなびかせている。


 その間にも、僕の指は詰まったコインを掻き出していた。

 中のホコリを払って、コイン通路を確認する。

 裏側のサービスクレジットのカウンターを1回増やして、筐体を閉じる。

 ゲーム機が動き出して、二人連れの男女と、店長までもが「おお」と感嘆の声を上げる。

 スマホをポケットに収めて、客に振り向いた。

「さっきの分、サービスで入れておきますね」

 鍵を戻しに、急いでカウンターに戻る。

 その上でスマホを開くと、コメント欄にいくつもリンクが並んでいる。

 フィービーが口を尖らせて文句を言った。

 

  「Haseo! What took you so long? We’ve been waiting!」

  (ハセオ! 何でそんなに遅いの? みんな待ってたんだけど!)


 片言の英語で謝りながら、リンクを確認する。

 たぶん、どの紫衣里も、紫衣里ではない。

 だが、僕は感謝していた。


 ……これだけの人の心の中に、紫衣里がいる。


 ありがとう、と日本語で言って(たぶん、いろんな国語に翻訳されているから)、最後に付け加えた。

「もういいってば」


 エキシビジョンマッチの後、フィービーの行動は速かった。

 紫衣里を映した動画が、翌日の9月1日から僕のもとへ届きはじめたのだ。

 しかも、時と場所を構わず、ミーティングが要求される。

 それが、ほぼ毎日続いた。

 僕の通う高校は、敷地内ではスマホの電源を切らなければならないので、ごまかすのが大変だった。

 因みに2回見つかって、朝7:00からのバツ掃除をやらされている。

 そこまで思い出して、スマホに映る顔に出ないように内心でぼやいた。


 ……いままで品行方正で通ってきたのに。

 

 もっとも、今では会議の呼び出しも下火になっている。

 最初のうちは期待した。

 報告される動画も、食い入るように見た。

 だが、今では少し諦めかかっている。

 どうでもよくなったわけではない。

 あの、鬼の目をした鬼の目をした老人の言葉が、改めて身にしみるようになったのだ。


 ……紫衣里は、紫衣里自身のものでしかない。


 見つからないのが、いちばんいいのだ。

 そうは思っても、フィービーは納得しない。


  「I was even ready to put prize money on it, remember?But you stopped me」

   「そんなこと言って……賞金まで懸けるつもりだっだのに」


 世界中のフォロワーを動員しても、紫衣里は見つからなかった。

 業を煮やしたフィービーは、とうとう懸賞金をかけると言い出したのだ。

 もちろん、僕は止めた。

 紫衣里が晒しものになるのはイヤだったし、アルファレイドが手を引いたとしても、誰がスプーンに目をつけるか分からない。

 だいたい、そんなことをするのは、紫衣里を金で売るようなものだ。

 あの、ふたりで過ごした極貧生活は、かけがえのない夏の思い出にしておきたかった。

 だから。


 もう一度、丁寧にお礼を言う。

「それでも、みんな真剣に探してくれてありがとう」

 フィービーの呼びかけでフォロワーたちは血眼になってネット上の紫衣里探しを始めたものだ。

 だが、そうすると、真似をする人たちや、事情を知らない人たちによる悪ふざけも起こってくる。

 思い出しただけでも苛立ちで頭が重くなってくる。

 画面の向こうのフィービーも、ため息ひとつを置いたかと思うと、凄まじい勢いで悪態を並べ立てた。


  「What the hell, seriously?

   We’re busting our asses for Haseo’s pure little love story, and all these people do is pile on with useless noise.

   What’s so funny about that? We’re not sitting around with nothing to do, you know. 

   If they were at least wearing wigs or showing just the back of some girl in a white dress, fine—but come on…」

  (だいたい何? こっちが長谷雄の純愛のために真剣にやってんのに、よってたかって雑音入れて、何が面白いわけ? 

   私たちもヒマじゃないってのよ。

   かつらかぶったり、白いワンピースの後ろ姿だけ見せたりするならまだしもさ……)



 目を覆うような加工画像も流れ始めたのだ。

 だが、フィービーたちはそれを許さなかった。

 紫衣里の尊厳を侵す画像は、次々と削除されていった。


  プラットフォームへの通報に、サポート窓口への正式削除依頼。

  検索エンジンへの削除申請。

  フォロワーたちからリンクを集めて、フィービーがとりまとめた。

  さらに、フォロワー同士で「見ない・広めない」ルールと、フェイクを見抜くためのガイドラインも作られた。


 長い長いフィービーの演説の間に、ちょっと「シエリ」で検索してみる。

 フィービーとフォロワーたちの合言葉が、画面いっぱいに並んだ。


   「Phoebe: They’re disgusting. We protect her. No matter what.」

   (フィービー:最低だよ、あいつら。私たちが守るんだよ、何があっても)

   「On la protège.”」(彼女を守ろう)

   「シエリちゃんは絶対に守る」


 感謝はしている。でも、もう、そこまでしてもらわなくていい。

 僕は会議アプリに戻ると、まだ続いているフィービーの不満を遮った。

「まあまあ」

 店の中を眺め渡してみると、店長がこっちを見ている。

 勤務中なのだ。

 フォロワーも見ているが、優先順位はこっちだ。

 フィービーの不満は、僕に向けられる。


 「But Haseo… are you really okay with this? Just fake after fake?)

 (でも、そんなガセばっかりでいいの? ハセオ)

 

 目を閉じて、ゆっくり頷いてみせる。

「だって、紫衣里はまちがいなくいるんだから」


 瞼の裏には、夏の光のなかで微笑む紫衣里がいる。

 青空の下の、白いワンピース。

 ゲームセンターでの、僕のTシャツとジーンズ。

 フードコートでは、ハンバーガーを貪り食う。

 部屋の中での、眠たげな顔とパジャマ姿。


 ……それから。

 

 嵐の夜の抱擁の記憶は、素肌の感触が蘇る前に、フィービーの声で遮られた。

 目を開くと、スマホの画面には、怪訝そうに眉根を寄せる女神の顔がある。


  「Then tell me. Where?」

  (どこ?)

 

 ふと、鬼の目をした老人の言葉を思い出した。

「そこさ」

 フィービーはきょろきょろする。


  「…Where?」

  (どこよ?)


 答えられるものではない。

 あの老人の言葉は、そういう類のものだ。

「そこだよ」

 ちょっと考え込んで、フィービーは納得したようだった。

「……Okay. I get it. ‘There.’」

(……分かった。『そこ』ね)


 フォロワーはフォロワーで、勝手な考察を始める。


  「‘There’? Cosa significa?」(“そこ”ってどういう意味?)

  「精神世界ってこと?」

  「僕たちの心の中に? 昔のアニメみたい」

  「He’s being poetic again.」(ほらまたポエム始まった)


 きりがないので、僕は店内を見渡した。

 客は多くもないし、少なくもない。

 電子音が飛び交い、クレーンゲームもメダルゲームも順調に動いている。

 〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉では、王女メディアが「蛇車の降臨(アルマ・ドラコントス)」で怪力サムソンを炎に巻いて撥ね飛ばしている。

 僕は大げさに喚いた。

「ああ、店長から呼び出しが!」

 そんなものはありはしない。


 ……紫衣里がどこにいるか分かってしまったら、どこにもいなくなるか、誰でもなくなる。


 1000人のフォロワーの退室が始まると、それを告げるコメント欄のスクロールの速さは尋常ではない。

 それが尽きる前に、フィービーは僕に意味深な言葉を残して消えた。


  「Oh, right—Haseo.You’ll have a special visitor today.Be nice!」

  (そうそう、ハセオに今日、素敵なお客さんがあるはずだから。楽しみにしていて!)

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