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再び海風の中へ

 その後のことは、よく覚えていない。

 思い出そうとすれば、世界中に配信された動画をスマホで確認するしかない。


 フィービーが撮ったと思しき映像では、観客の反応も様々だったが、やがてぱらぱらという拍手が、次第に大きなうねりに変わっていった。

 スタンディングオベーションが、〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉エキシビジョンマッチの会場を揺るがす。

 健闘を称える声が、あちこちから聞こえているらしかった。

 動画をよく見ると、一応、僕の声を拾ってはいる。


 「下ろせ! 下ろせ!」


 クレーンが客席へと下りたのは、佐藤の指示だろう。

 安全な高さまで下りられるまでがもどかしく、インカムをかなぐり捨てた僕は、客席を前後に分ける通路へと飛び降りた。


 ……痛っ!

 

 前の晩に挫いた足で着地してしまったのだ。

 せっかく、紫衣里が中国4000年とマヤ文明2000年の叡知に支えられた整体術で治してくれたのに。

 興奮してハグを求めてくる、アルファレイドのVIPからHILDEのサポーターにまでもみくちゃにされている姿がズームインされる。

 そこで急に自撮りに入ったらしく、画面にフィービーの顔が現れた。

 

 「Hey hey heyyyy!! Can you guys hear me!? This is your girl, Phoebe Michaels!! And OMG, today’s Ritalistic Bout was absolutely insane!!」

(ヘイ、ヘイ、ヘーイ! みんな見てる? キミの可愛い、フィービー・マイケルスだよ!  今日の〈リタレスティック・バウト〉、マジでヤバかったでしょ!?」


 再び、画面には人の群れを抜け出そうとしてあがく僕が映し出された。

 足を引きずりながら虚ろな目をして、ただ、シエリ、シエリとだけ繰り返している。

 フィービーも、僕に駆け寄ってアップで映すまでは、何と言っているか分からなかっただろう。


 「Look! Haseo is totally gone right now… you okay, boy? Huh? Shieri? My Pretty Girl? Where is she?」

 (見て! ハセオ、完全にイっちゃってる……大丈夫? え? 紫衣里? あたしのプリティガール? どこ?)


 そこで、コメント欄は暴発した。


 「By the way, who’s Shieri?」(ところでシエリって誰?)

 「Guys, check out this video! https://v.exmpl/s/4kH2pA」(おまいらこの動画見ろや)


 暗い天井を見据えてプリンス……軌道エレベーターのオーナーとなったエセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世に啖呵を切る様子がアップロードされている。

 あとお願い(Take it from here)とセルフスティックをフォロワーに預けたらしいフィービーは、僕に肩を貸そうとしていた。


 「He’s heavy…! Somebody help me! Help me out and I’ll give you a shoutout later!」

(重い……誰か手伝って! 手伝ってくれたら後で名前呼んであげる!)


 こういうのは早い者勝ちで、山のように背負ったガジェットを別のフォロワーに任せたひとりが、一方の肩を支える。

 フィービーは僕の身体が半分の重さになっても支えきれないらしく、その豊かな胸を密着させて抱え起こした。

 フォロワーたちからブーイングが上がるのにも構わず囁きかける。


 「Your ankle’s twisted… and you still fought like that? I’m impressed. Don’t worry — your Shieri is right nearby.」

 (挫いてるじゃない……そんな足で、よく戦ったね。尊敬するよ……大丈夫、君のシエリはすぐ近くにいるよ)


 会場を出ると、斜めに降ってくる光が、上り階段を微かに照らしている。

 フィービーのセルフスティックを預かっているらしいフォロワーが、階段を上って行く僕たちの後ろ姿を映している。

 励ましの声が、動画から字幕付きで聞こえてくる。

 

 「There’s no way she could leave this place. Not unless she turned into sea foam and vanished… like the Little Mermaid.」

 (ここから出られるわけがないんだから。海の泡になって消えない限り……人魚姫みたいに)


 いったんはフィービーたちを締め出した張り出しへの入り口は、開放されたままだった。

 スマホが光量を調整できなかったのか、画面が一瞬だけホワイトアウトする。

 それがじんわりと収まった後には、そろそろ日の傾き始めた夏の空が映し出された。

 画面が左右にパンするが、コロッセオの外壁と、日の光の陰った海があるだけで、人影は見えない。

 そこで初めて、僕の声が聞こえた。


 「ありがとう、もう、いいよ……ああ、と、Thank you、でいいかな」


 フォロワーはすぐに離れたが、僕はフィービーをかなり強引にふりほどいたらしい。

 あまり邪険に扱われたことがないらしく、美しい配信者はきょとんとしていた。

 やがてセルフスティックを回収したのか、 コロッセオの反対側へとびっこを引いて去っていく、僕の背中に語りかける。


 「Even if she doesn’t show up, we’ll find her for you……Everyone’s been watching Shieri, after all.」

 (もし、見つからなくても、私たちが探してあげる……みんな、シエリを見てたんだから)

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