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女王の宿業

 僕も人間だから、閻魔大王の前に引き出されて浄玻璃の鏡の前に立たされれば、自分でも気付かなかったり忘れたりしている悪事のひとつやふたつは暴露されるだろう。

 だが、佐藤も含めたアルファレイドの連中のほうが、よっぽど罪は深い。

 クリームヒルトが断罪するなら自らのクリエイターのほうだと思うのだが、そんな言い訳は通用しなかった。

 深紅の大剣が、高々と天に向かって掲げられる。

王殺しの剣落としケーニヒスモーダー・シュヴェルトファル!」

 シラノの羽根帽子の上に、王冠の幻影が浮かぶ。

 不羈独立と絶対権力。

 絶対に相容れないものだ。

 だが、シラノが望むと望まざるに関わらず、重力の倍を倍した勢いで、大剣は王冠の幻影を叩き切る。

 その刃は、シラノの頭上へと落下した。


 ……確かに速いけど。 


 その姿は、すでにない。

 月明かりが、夜闇の色をしたドレスの上に、漆黒の鎧をまとうクリームヒルトの姿を照らし出す。

 女王はその光を追って、厳しく張り詰めた顔を上げた。

 暗い夜空を皓々と照らす月は、大きく満ちている。

 その月へと、シラノはマントを翻して高々と舞い上がっていた。

月からの墜落トンベ・デ・ラ・リュヌ!」

 クリームヒルトの冷たく輝く白い肌が、ふと陰る。

 月の光を遮って、影を落としたものがある。

 降ってくるのは、羽根飾りのついた帽子を片手で押さえた、逆さまのシラノだ。

 帽子の鍔は広いが、その長い鼻までは隠せない。

 その手にあるレイピアはもっと長いなどと言えば、シラノを激怒させることだろう。

 月よりも明るく輝く切っ先は、毅然として立つ女王の身体を頭から貫いて、まっすぐに突き立てられようとしていた。

 串刺しにされて死ぬなど、この誇り高い女王にとっては許しがたい屈辱だろう。

 それでも、クリームヒルトは、怯むことがない。

裏切りの(フェアラート・)刃返しクリンゲ・ゲーゲンシュラーク!」

 ドレスに鎧をまとったクリームヒルトの影が、長く伸びる。

 それは、アンデルセンの『影法師』のように、もう一つの姿を取った。

 すなわち……。


 ……もう一人の、クリームヒルト。


 純白のドレスをまとったクリームヒルトが、月明かりの中でふわりと宙に舞うと、軽やかに降り立った。

 ゲルマンの英雄ジークフリートに求婚された美しい王女であったときの、最も幸せな姿だろう。

 つい見とれていると、その可憐な手が、真っ逆さまに降ってきたシラノのレイピアを刃のまま掴んだ。

 

 ……キャラ違うんですけど?


  シラノの手から引き抜かれたレイピアは、可憐なクリームヒルトの手で垂直に突き出される。

 このまま落下すれば、シラノは頼みにしていた剣に貫かれて、逆さまのまま串刺しにされることになる。


 ……反撃の方法は、ある。


 レバーを左下から右下へ振って真下へ2度入れ、「弱」ボタンを叩くと、シラノの身体がくるりと宙返りを打つ。

 そのまま、ボタンを連打する。

 リズミカルに合計、20回。

 「20の韻律ヴァント・プロソディセ!」

 だが、そのうち1回はレイピアを奪い返すのに使っている。

 20引く1は、19。

 宙に逆立ちしたシラノが、純白のドレスをまとった王女に突きの連撃を放つ。

 もともと影に過ぎなかった美少女の姿は、最初の一撃で消えた。


 ……まさか、自分の剣に串刺しにされそうになるとは。


 それだけ、新しいキャラクターのスペックと、板野さんのテクニックのレベルが高いということだ。

 19引く1は、18。

 残りの18回連続突きを、シラノは空中を自在に跳ね回りながら、鎧をまとった女王に向かって変幻自在に放つ。

 そこでクリームヒルトは、さらに新たな技を見せた。

血涙の花嫁ブラットツェーレン・ブライド!」

 その身体を覆っていた、鋼の鎧が粉々に弾け飛ぶ。

 無数の破片は、そのまま鋭い刃となってシラノに襲い掛かった。

 残りの18連撃が、それをことごとく跳ね返す。


 ……怪我の功名というやつか。


 さっきのボタン20連打にしたところで、いつもはもっとリズミカルにやっていたのだ。

 〈ワールドタイトルマッチ〉でフィービーの「十三妹」を倒したときは、もっと余裕があった。

 確か、リズムは「タンタンタヌキノ……」だった気がする。

 

 ……それだけ、余裕がなくなっているということか。


 そうでもなかった。

 鎧の破片が高速の剣で叩き落されたかと思うと、クリームヒルトのドレスが変わる。

 赤紫色の婚礼衣装だ。

 ハートカットの胸元に、半透明の赤紫色をしたレースの袖。

 スカートは、長い裾に向かうほど赤が濃くなり、血が滲んだようなグラデーションを見せる。

 黒紫の霧をまとった長いベールのかかった背中には、鎧が弾けた跡が黒い霧の翼のような装飾が見える。

 紫色のチョーカーの中央には赤黒い宝石が輝く。

 耳元には涙型の黒宝石が揺れ、動くたびに赤い光が反射する。

 ジークフリートから贈られたはずの指輪は、ザクロのような色をしている。

 シラノに近づいてくるその姿はまるで、復讐の女王となるまでの人生をたどっているかのようだった。 


 ……純白の少女だったときが、ジークフリートと結ばれたときの、いちばん幸せな姿だったのかもしれない。


 そんなことを考えてしまったのも、僕の気が緩んでいたからだ。

 板野さんとの軽口、無駄口、そしてあの微かな笑い声に期待を寄せていたのが甘かった。


 ……このままじゃ、負ける。


 負けたら、誰も救えない。

 何も知らない世界中の人たちも、板野さんと同じ境遇の高校生たちも、板野さん本人も。


 ……紫衣里も。


 スプーンも鳴らさせないし、負けもしない。

 勝つ。

 今日勝って、明日を迎えるのだ。

 夏休みの終わった、9月1日を。


 だが、そんなことを考えている時点で、負けの底なし沼に足を一歩突っ込んでいるのと同じだった。

 クリームヒルトが、大剣の先を腰から低く垂らして構えながら、シラノにつかつかと歩み寄る。

 逆袈裟から来る三角切りを警戒して、居合抜きのような低い構えを取る。

 そこで、足元から赤黒い霧を舞い上がらせていた引き裾(トレーン)がふわりと舞い上がった。


 ……しまった!


 空中で長く伸びてきた裾が、シラノを頭から包み込んでくる。

 「血涙の花嫁ブラットツェーレン・ブライド」は、まだ終わっていなかった。

 クリームヒルトが歩く、追憶の中の血塗られたヴァージンロードは、シラノに向かって真っすぐ続いていたのだった。

 とっさに、カウンター技を放つ。 

亡霊なんかこわくないマルグレ・レ・ファントメ!」

 血の色をした引き裾(トレーン)は、地面にふわりと広がった。

 クリームヒルトは、裾を引いてスカートをさっと引き寄せる。

 動きを止めて大剣を叩きつけようにも、シラノの姿は既にない。

 相手の前から姿を消して、死角を突くのがこの技だ。


 ……この技は、板野さんも一度見ている。


 そういえば、プリンスも同じようなことを言ったことがあった。

 板野さんは疑似スプーンで動体視力や反射速度が超人的に上がっている。

 今なら、プリンスとも互角に勝負できるだろう。

 だから、どこから突いてくるか分からないシラノを待つような愚かな真似はするまい。

 クリームヒルトはダッシュで画面端まで下がると、牽制の大剣を横薙ぎにする。

 シラノはいない。

 振り向きざまに、地面から吹き上がった火柱が走る。

火葬の儀式(フアゾング・リート)!」

 その炎を追うようにして、誰もいない空間をクリームヒルトが突進する。

 直線上のどこかに、シラノは出現するはずだ。

 果たして、その声だけが響き渡った。

「|長いマントを投げ捨てて《ジェテ・モン・ロン・マント》……!」

 燃え広がる火柱に覆いかぶさったマントは、炎を飲み込んだかと思うと焼けてなくなってしまった。

 その後から斬り込んできたクリームヒルトの大剣は、スクリーンの中央で空を切る。

 いつのまにか姿を現していたシラノは、画面端に佇んでいた。

 カウンターを入れようにも、遠すぎる。

 下手に攻撃を仕掛ければ、こちらが反撃される。

 ここは、敢えて動く必要はない。

 

 ……たぶん、板野さんも同じことを考えてる。


 クリームヒルトが、その読みを証明した。

 舞台中央に立った大女優のように、断罪の女王は大剣を胸元に当てる。

 静かにつぶやくのは、亡き夫の名前だ。

「ジークフリート……」

 僕の背中に、寒いものが走った。

 


 ……来る! あの技が!


 クリームヒルトが自らの胸を貫いた大剣が、赤黒い炎に包まれる。

女王の誓血ケーニギン・フェアトラーク!」

 体力ゲージを自ら下げた身体から、クリームヒルトが胸の血に染まった大剣を引き抜いた。

 一歩踏み出すと、「誓血の炎」が刃を柄から切っ先まで舐める。

 払った犠牲が大きい技は、それだけの命中率とダメージが保証される。

 見る間に、常識外れの距離を一気に詰めてきた。

 確実にシラノを仕留めるには、それしかない。


 ……だが、そう思い通りにやられるわけには!


 大きく振りかぶった斬撃が、血の軌跡を描く。

 だが、これは狙い通りだった。

 近づけば、カウンターを入れられるのだ。

 だが、そのリスクまで見越して、クリームヒルトはリターンの大きい賭けに出ている。

 こちらも同じ危険を冒さなければ、負けは必定だ。

 命の危機が迫ると、気力ゲージ「武勲いさおし」も最高潮に達する。

故郷の魂エスプリ・ド・ガスコン!」

 ガスコーニュの男が、意地と見栄と誇りを背負って突進する。

 正面から切り裂かれながらクリームヒルトの懐に飛び込むと、レイピアがその血染めのドレスを貫いた。


 ……終わったか? 


 まだ、どちらも倒れない。

 体力ゲージを見ると、ダメージは、共に危険領域に達していた。

 それは、次の一撃を食らったほうが倒れることを意味している。

 僕は、身体の底から深い満足の息をついた。


 ……いい勝負じゃないか。


 将来や世界を背負っていなかったら。どんなに清々しい気持ちになれるだろうか。

 息はすっかり上がっている。

 だが、僕は板野さんにインカムで語りかけた。

「こんなの、ダメだよ……もう1回、ちゃんと勝負しよう! あの、フェニックスゲートで!」

 返事はなかった。

 息遣いも聞こえないのは、疑似スプーンの力でベストの力加減ができているからだろうか。

 完全に、アルファレイドの人形になったものと諦めるしかないのかもしれなかった。

 こうなれば、一切の情けはいらない。

 僕はクリームヒルトの放つ技を読もうと、スクリーンに注目した。

 気力ゲージは、最高潮に達している。

 来るなら、未だ。


 ……え?


 クリームヒルトの「断罪」が、「浄化」に変わった。

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