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女王覚醒

 佐藤のコールが、僕をいやおうなしに、現実へ引き戻す。

「さあ、盛り上がってまいりましたところで、〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉エキシビジョンマッチ最終戦!」

 今日はまだ。8月31日。

 夏休みの最後の日だ。

 板野さん……じゃなくて「HILDE」の歌でカンカンに温まったのサポーターたちが、ほとんどやけになったように歓声を上げる。

 この中には、明日から学校生活に戻る中高生もきっといることだろう。

 フィービーはというと、僕に歓声を送ってくれる。

 スマホを見ると、きっちり配信されていた。

 

 「ALRIGHT CHAT, LISTEN UP!! THIS IS IT!! ROUND ONE IS ABOUT TO START!! HASEO’S ON FIRE TODAY, I CAN FEEL IT!!  LET’S SHOW HIM SOME LOVE!!」

 (よし、みんな、聞いて!!  いよいよ始まるよ、第1ラウンド!!  今日のハセオ、絶対キレてるって分かる!! みんなで応援して!!  ハート飛ばして!! いくよおおお!!)


 会場が、興奮の渦に包まれる。


「LET’S GOOOOOO!!」(いけええええ!!)

「いけええ!!」

「PANACHE!!」(パナシュ!)

「HILTY!!」(ヒルティ!)

「VAMOOOOOS!!」(うおおおおお!)


 ちなみに「PANACHE」は、シラノの帽子の羽根飾りのことだ。

 ネットも一気に沸騰する。


 「CHAT, SPAM THE HEARTS!!」(おまえら、ハート連打!)

 「KÖNIGIN!!」(女王様!)

  「힐티 점프!! 힐티 점프!!」(ヒルティジャンプ! ヒルティジャンプ!)

 「哈塞奥!!」(ハセオ!)


 そこで、スクリーンに滑り込んできたものがあった。

 刃を交えるシラノ・ド・ベルジュラックとクリームヒルトが大映しになる。

 さっき、フォーコンプレが採算度外視でネット上にばらまいた絵だ。

 著作権などかなぐり捨てているのをいいことに、イベントに利用する辺りがアルファレイドらしく抜け目ない。

 会場はもう、煮えたぎった鍋というか、国籍も主義主張も関係なく溶け合った坩堝のようになっていた。

 

 「もうたまんねえ!」

 「This place is literally another dimension!」(別時空だわここ!)

 「Oh, blessed Fauconpré!」(ああ、フォーコンプレ様!)

 「Take me into the world of myth!」(神話の世界へ連れてって!)


 フォーコンプレの絵がワイプアウトすると、スクリーンでは、対峙する二人が互いの隙をうかがっていた。

 クリームヒルトは大剣を腰だめに膝を弾ませて、銀色の長い髪を波打たせていた。

 シラノはレイピアをまっすぐに構えて、微かなフットワークで身体を前後させる。

 先に動いたのはクリームヒルトだった。

 気力ゲージ「復讐」が頂点に達したところで、猛然とダッシュをかけて大剣を逆袈裟に振るう。

白衣の斬撃ヴァイスマンテル・ヒープ」!

 僕も気力ゲージ「武勲いさおし」を満たしたところで、指を痛めないよう、慎重に方向レバーを引く。

 インカムで呼びかけた

「……目を覚ませ、星美さん!」

 聞こえたかどうか。

 レバーを一気に押し込んで、「強」ボタンを叩いた。


 ……最初の一撃で、退いてはいけない。


 斬撃をかわしたシラノ・ド・ベルジュラックが、涼しい顔で、画面端から命懸けの突進を見せる。

アラス野の疾走スプラン・シャン・ダ・ラス!」

 大剣を立てて防御の姿勢を取るクリームヒルトを、画面端まで押し返す。

 さらに、僕は板野さんに語りかけた。

「……これが……僕の心意気だ」

 それを受けたかのように、クリームヒルトはカウンター技を放つ。

「|裏切りの刃返し《フェアラート・クリンゲ・ゲーゲンシュラーク》!」

 レイピアをかわして大剣で斬りつけようとしたところに、シラノの姿はない。


 ……引っかかった!


 差し違える覚悟で相手の体力を一気にゼロにする、「伊達男の心意気ル・クール・デュ・ベラトル」は使わない。


 ……そんなハイリスクの最終奥義をいきなり使うものか。


 辺りを青い闇が包んで、月の光が斜めに差し込む。

 それに照らし出されたクリームヒルトは、退こうにも退きようのない画面端で釘付けにされた。

 頭上からは、レイピアを突き出したシラノが真っ逆さまに降ってくる。

「|月からの転落《トンベ・デ・ラ・リュヌ!》」が突き刺さり、ゲルマンの女王はその場に倒れ伏した。

 会場からは歓声が上がったが、あまり後味はよくない。

 騙し討ちもいいところだ。

 インカムからは、ちょっと無理のある嘲笑が聞こえた。

「どこが……」

 怒りをこらえているのだろうが、それは当然だ。

 男の心意気も何もあったものではない。

 〈ワールドタイトルマッチ〉で僕をハメてくれた、フォーコンプレ仕込みの口三味線だった。

 うしろめたさを隠して、僕は努めて冷ややかに言った。

「どんな手でも使うよ……目を覚ましてもらうためなら」

 心底、そう思っているわけではなかった。

 半分が本心で、半分はハッタリだ。

 

 ……レバーを1回転以上させる技は、使えない。


 紫衣里が僕に無茶をさせないために嘘をついたのでない限りだが。

 「伊達男の心意気ル・クール・デュ・ベラトル」のコマンドは、こうだ。


 右向きで左・下・ 右・左・下・右+「強」攻撃


 反対方向から攻撃方向へ、レバーを下からぐるりと2回回すためには、どうしてもレバーを1回引かなければならない。

 あの竜殺しの英雄(ドラッヘントーテル)」などはもってのほかだ。

 その、心の裏番組をチェックしていたかのように、板野さんは冷ややかな一言を返しただけだった。

「覚めてあげない」


 ……それなら、パワーで押すしかない。


 気力ゲージ「武勲」が上昇する。

 レバーを下に2回入れて、「強」と「必殺」を押す。

故郷の魂、エスプリ・ド・ガスコン!」

 シラノはガスコーニュの誇りを胸に、レイピアを腰に構えて突き進んだ。

 佐藤の操るダルタニアンには同じ技で相殺されたが、これは本来、捨て身の突撃技だ。

 成功すれば相手を倒して、すれすれの体力で生き残ることができる。

 クリームヒルトは大剣を胸元に立てて、静かに呟く。

「……ジークフリート」

 亡き夫の名前だ。


 ……ついさっきまでは、僕だった。


 胸が痛んだのは、なぜだろうか。

 ドレスの胸から鮮血が噴出したかと思うと、大剣が赤黒い炎に包まれる。

女王の誓血ケーニギン・フェアトラーク!」

 クリームヒルトが一歩踏み出しただけで、その身体はシラノと交差する。

 血の軌跡を描く斬撃の残像の後、お互いの体力ゲージは激減した。

 これが、ダルタニャンのときとは違うところだ。

 同じ技ではないので、痛み分けに終わったのだった。

 

 ……これじゃあ、目を覚まさせる前に。

 

 僕が危ない、と思ったとき、板野さんが囁いた。

「さっき、星美さん……って呼んだ?」

 その声には、どこか悲しげな感触があった。

 聞こえていたんだ、と思ったところで、クリームヒルトが動く。

火葬の儀式(ファゾング・リート)!」

 大剣が届くか届かないかという間合いで、シラノの足元から炎が噴き上がった。


 ……ヒットしたら、画面端まで吹き飛ばされる。


 その前に、下から攻撃方向にレバーを回して「弱」ボタンを叩く。

韻律の七変化セット・ヴァリアシオン・ド・プロソディー!」

 シラノはマントを翻して、宙に舞う。

 追跡してくる炎を巧みにかわしながら、空中からクリームヒルトに7つの刺突斬撃を浴びせた。


 ……やなこと教えちゃったな。


 板野さんに、口三味線は似合わない。

 そう思うだけの余裕が、僕にはまだあった。

 一方で、クリームヒルトの攻撃は止まない。

 炎が止んでも、シラノが着地する瞬間を狙って斬り込んでくる。


 ……だったら、足を止める!


 前後にレバー2回のダッシュをかけて、「中」ボタンを押す。

3つ数えろ(コムテ・トロワ)!」

 スクリーンに、「UN(アン)」「DEUX(ドゥ)」とフランス語の文字が浮かぶ。

 観客も心得たもので、声をそろえて指を突き出し、1つ、2つと数える。

 この間に防御技のコマンドを入れるか、できるだけ下がらないと、パワーを溜めたシラノの剣の一振りで、衝撃波を伴う強烈な斬撃を食らう。

 だが、クリームヒルトはどのどちらでもなかった。

復讐の終焉(エンデ・デア・ラッヘ)」!

 画面端に、炎の王座が出現する。

 その上へと飛びすさって鎮座したクリームヒルトがシラノを指さした。

 移動距離と同じ幅の黒い火柱が、シラノに襲い掛かる。


 ……いきなり最終奥義?


 遅れて放たれたシラノの衝撃波は、火事の前の紙切れのように燃えてなくなった。


 ……ダメージ相殺か。


 ほっとしたのもつかの間、立ち尽くすシラノが巨大な炎柱に変わる。

 あまりのダメージとむごい光景に、観客も3カウント目を振りかぶった姿勢のまま、言葉を失っていた。

 思わず、つぶやきが漏れる。

「いきなり……」

 その声を拾い上げた板野さんが、微かに笑った気がした。

 不機嫌な声が、インカム越しに告げる。

「……どんな手でも使うから」

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