ライバルたちの競演
はっとして聞き返した。
「板野さん? 僕だ……何で? 何でこんなこと?」
もっと何か話したかったが、そうはいかなかった。
紫衣里が見つめているのに、気が付いたからだ。
そこには、嫉妬も非難もない。
むしろ、笑みさえ感じられる。
理由は、すぐに分かった。
……ハセオ?
……シラノ?
その声は、会場のあちこちから、微かに聞こえてきた。
次第に、それは一つの輪となってつながる。
やがて、その輪は拍手と共に、軌道エレベーターの基盤部をも揺るがすような渦に変わった。「ハセオ!」
「シラノ!」
フィービーも、僕に向かって何か叫んでいる。
スマホを取り出して、眺めてみた。
「YES!! THAT’S IT, HASEO!! You finally picked HIM!!」
(そう、それよ、ハセオ! 最後はあ・い・つよね!)
「I KNEW IT!! You’re the kind of player who doesn’t hide behind meta picks!! You fight with HEART!!」
(分かってた! 『強キャラに隠れる』タイプじゃないって!! 『心』で戦うプレイヤーだって!!」
だが、僕だけを推しているわけではなかった。
「CHAT!! LOOK AT THIS!! THIS IS CRAZY!! HILTY IS A GODDESS!!」
(みんな!これ見て! ヤバいってこれ!! ヒルティ本物の女神!!)
「GUYS!! SHARE THIS!! THIS IS HISTORY!! HILTY JUMP INCOMING!!」
(みんな!! 拡散して!! これは歴史的瞬間だよ!! ヒルティジャンプ来るよ!!)
つい、苦笑してしまった。
「どっちの味方だよ……」
コメントも炎上する。
「CYRANO PICK LET’S GOOOOO」(シラノ選んだ!! よっしゃあああ!!)
「HILTY IS AN ACTUAL GODDESS WTF」(ヒルティって本物の女神じゃん、マジで)
「英輔シラノきたああああ!!」
「クリームヒルトの衣装やばすぎ」
「これ世界大会より盛り上がってる」
「Cyrano vs Kriemhild… HISTORIQUE!!」(シラノ vs クリームヒルト…歴史的瞬間!!)
「Ich zittere. Das ist episch」(震えてる。これは壮絶だ。)
「힐티 점프 준비!!」(ヒルティジャンプ準備!!)
「这不是游戏,是艺术!!」(これはゲームじゃない、芸術だ!!)
さらにフィービーは煽り立てる。
「CHAT!! WE JUST HIT ONE HUNDRED THOUSAND!! YOU GUYS ARE INSANE!!」
(みんな!! 今ちょうど10万アクセス!! あんたらマジでイカれてる!!」
その「イカれた」人たちが次々とフォローに回る。
「HASEO!!」
「CYRANO!!」
「HILTY!!」
さらに、割り込んできたものがあった。
一枚の絵だ。
送り主は……。
@FourComplet
Cyrano vs Kriemhild — Le Duel du Destin / Der Kampf des Schicksals
Art for the moment.
#CyranoVsKriemhild #舞台の神話 #演劇と伝説
ウジェーヌ・フォーコンプレ。
「弁天小僧菊之助」のプレイヤーだった。
添付の画像ファイルを開いてみる。
シラノの誇張された鼻とレイピア、クリームヒルトのゲルマン風の甲冑と大剣が激突している。
交差しているのは、双方の刃だけではない。
劇場の赤いベルベットのカーテン、散らばる紙片、舞台照明の円。
神話の戦場の、雲を裂く稲光、倒れた竜の影、吹き荒れる銀の砂。
パリの無頼漢とゲルマンの復讐の女王の在処が何度となく、「運命の決闘」を象徴する背景の曇天と入れ替わりに映し出される。
さらに、フランスとドイツの伝統的劇場や舞台関係者、俳優が公式コメントを出してきた。
「Cyrano n’a jamais été aussi vivant.Merci pour cette fusion sublime entre théâtre et mythe.」
(シラノがこれほど生き生きと描かれたことはない。演劇と神話の見事な融合に感謝。)
「Kriemhild steht hier nicht als Opfer, sondern als Kämpferin.Eine neue Interpretation, die wir feiern.」
(クリームヒルトはここで犠牲者ではなく戦士として描かれている。祝福すべき新解釈だ。)
「J’ai joué Cyrano trois fois, mais jamais je n’ai senti son courage comme aujourd’hui. Ce duel est une déclaration d’amour au théâtre.」
(私は三度シラノを演じたが、今日ほど彼の勇気を感じたことはない。 この決闘は、演劇への愛の告白だ。)
「Als Sängerin, die Kriemhild auf der Bühne verkörpert hat, kann ich sagen: Diese Darstellung trägt die ganze Wucht des deutschen Musikdramas.Ihre Präsenz ist fast wagnerisch.」
(クリームヒルトを舞台で演じた歌手として断言できる。この描写には、ドイツ楽劇の重厚さがすべて宿っている。 彼女の存在感は、ほとんど“ワーグナー的”だ。)
フィービーがSNSのリンクを貼った。
「CHAT!! LISTEN UP!! I’m dropping the link RIGHT NOW!! GO CHECK THIS OUT!!」
「みんな!! 聞いて!! 今リンク貼るから!! 絶対見て!!」
フォーコンプレの絵はあちこちに拡散され、コメントの殺到を招いていた。
「これ、舞台化してくれ」「
「On dirait une affiche pour l’Opéra Garnier. Bravo !」(ガルニエ宮のポスターみたいだ。ブラボー!)
「Ich brauche das in meinem Büro.」 「オフィスに飾りたい。」
「ESTO ES UNA LOCURA!!」(これは狂気だ!!)
「Cyrano è un eroe!!」(シラノは英雄だ!!)
「HILTY JUMP VAMOOOOOOS!!!」(ヒルティジャンプいくぞおおお!!)
「Это кино? Или игра?」(これ映画?ゲーム?)
「هذا جنون!! أحب هذا!!」(狂ってる!! 大好きだ!!)
会場とネットの喧騒の中、インカムからは、佐藤が板野さんに話しかける声が聞こえる。
「報告。上のほうで臨時会議。そのまま待機で」
まるでAIが合成したかのような、感情も抑揚もない声だった。
事務連絡もここに極まれりという口調だったが、板野さんの声も負けず劣らず冷たい。
女王クリームヒルトなら、やはり臣下にこう告げるだろうと思われた。
「ご心配なく。負けませんから」
そういう問題じゃない、と佐藤はいつにない悪態をついたが、次の瞬間にはうってかわってバカ丁寧な報告が僕の耳に届いた。
「オーナー決済で続行と相成りましたので、お知らせ申し上げます。悪しからずご了承ください」
プリンスなら即決で試合をさせてもおかしくはない。
会場の熱狂と、ネットの炎上を待ったのだ。
フォーコンプレのリアクションまでは期待していなかっただろうが、これが世界中の飛び火を招いたのが最後のひと押しになった。
お前らの負けだ諦めろ、とでも言いたかったのだろう。
回りくどいお膳立てに感謝しながら、客席の紫衣里を眺めやる。
波濤の中の島に凛として佇む聖堂のように、静かに座っていた。
僕のまなざしに気づいたのか、顔を上げて、ぐいと突き上げた拳の親指を立ててみせる。
同じサムアップを返しながら思い描いたのは、共に帰る夏の夜の道だった。
……そして、日が昇れば。
新たな世界が待っているはずだった。




