青い靴下の息子
会場中が息を呑む。
だが、突如として立ち上がった連中がいた。
あのオタクっぽいのだ。
リーダーと思しき逞しいのが絶叫すると、他のが唱和する。
そのセリフらしいのが、巨大スクリーンに現れた。
「Wer ist unsere Königin!」(我らの女王は誰だ!)
「Kriemhild!」(クリームヒルト!)
「Wem folgen wir!」(誰に従う!)
「unsere Königin!」(ウンゼレ・ケーニギン!)
「Wie lautet ihr Name!」(その名は何だ!)
「Noch geheim!」(まだ秘密だ!)
コスプレイヤーならまだ分かるが、ゲームのキャラのサポーターというのは珍しい。
これも、アルファレイドの下準備だろうか。
こういう連中も組織しているとは……。
さすがについていけないのか、VIPたちもフィービーもフォロワーも、そして紫衣里までもが黙り込んでいる。
どこまで続くかと少々うんざりしていると、ステージの上に立った佐藤が、片手ひとつで熱狂を制した。
「では、ジークフリートの肩慣らし、もうひと勝負ごらんください……ウォーミングアップをフェアにいかなければ」
僕にちらりと目をくれる。
そらすわけにはいかなかった。
……たぶん、その後にもう一戦ある。
たぶんどころではない。
最終ステージは、クリームヒルトとの対決になる。
フィニッシュブローは、もちろん、まだ発動させたことのない「竜殺しの英雄」になる。
佐藤……というか、アルファレイドとしても、それが希望だ。
応じるのがプロというものだろう。
クリームヒルトのプレイヤーは、それができる。
王女メディアとの第2ラウンドで為す術もなく負けたのには、理由があるのだ。
……相手に、技を出し尽くさせる。
手の内を見極めるというのもあるが、それは何よりも、ショーとして見栄えがある。
それを狙えるのは、最終ラウンドでの勝利を確信できる者だけだ。
紫衣里が顔を上げて見つめてくる。
……棄権するか?
ジークフリートは操ってみせた。
プロ契約を諦めても、なんとかやっていける。
専門学校の学費をアルファレイドから押し頂いて、2人暮らしの寮も面倒見てもらう。
……できるわけがない。
今日の僕の働きに、修学旅行費限定とはいえ、日本中の高校生の期待がかかっている。
いや、それ以上に無視できないものがあった。
……男の意地。
シラノ・ド・ベルジュラックならともかく、僕は生まれてこのかた一度も思い浮かべたことのない言葉だ。
首を横に振ってみせると、紫衣里は、仕方ないといった顔でスクリーンを眺める。
僕も、次の相手を待った。
……ここで弱みを見せれば、向こうの対戦者席に、間違いなく指の痛みを気取られる。
ウォーミングアップとは名ばかりの前哨第2回戦の相手は、狩猟刀を手に、蒼白の肌に黒い狼の影を従えた戦士だった。
氷原を行く、その男の名はクレルヴォ。
二つ名は、「青き靴下の息子」。
フィンランド叙事詩『カレワラ』に登場する、破滅の英雄だ。
そのつぶやきが、吹雪と共にテロップとなって現れる。
「……Viha ei katoa(怒りは消えぬ)」
気力ゲージに「破滅」の文字が灯ると、クレルヴォが踏み込んできた。
「怒りの粉砕撃!」
狩猟刀の一振りで、氷原が裂ける。
下がって防御しても衝撃波が来るやつだ。
……レバー操作は避けたい。
「弱」攻撃ボタンを連打するしかなかった。
懐へ滑り込んだジークフリートが、至近距離からバルムンクを縦横に浴びせる。
「目にも止まらぬ!」
少しでも間合いを取って、体力を削っていくしかない。
クレルヴォの体勢が崩れた瞬間、指が痛まないように気を付けながらレバーを入れて、「弱」ボタンを叩く。
「船には衝角!」
ショルダーアタックを連続で叩き込んで、クレルヴォを画面端に追い込んだ。
このままハメ技をコンボで叩き込めば、ダメージを増やすことができる。
だが、それは気力ゲージ「破滅」を高めることでもある。
追い詰められたクレルヴォが吠えた。
「憤怒の咆哮!」
氷原が震え、衝撃波が広がり、体力ゲージと気力ゲージが下がっていく。
僕は「中」ボタンを何度となく叩いた。
「竜の刃!」
スピードはないが、命中するたびに気力ゲージは上がっていく。
やがて、体力ゲージが危険領域に入ったクレルヴォは、捨て身の反撃に出た。
「怒りの血契!」
体力ゲージが下がるとともに、気力ゲージが上昇する。
赤黒いオーラが立ち上り、振り上げた狩猟刀を這い上っていく。
……させるか!
ジークフリートの気力ゲージ「竜の血」が臨界に達する。
それを見極めて、方向レバーを下から攻撃方向に回す。
「竜への一閃!」
巨大な竜の幻影と共に、バルムンクが一撃必殺の斬撃を放って、クレルヴォは膝をついた。
観客席がどよめく中、僕は安堵のため息をついた。
……いっぺん、反対方向にレバーを振らなきゃ大丈夫か。
見下ろすと、紫衣里の心配そうな顔が見えた。
第2ラウンドが始まると、クレルヴォは、さっき不発に終わった強化技に出た。
「怒りの血契!」
体力と引き換えに気力を増幅するから、ゲージの増減はほとんど関係ない。
すぐに、必殺技が来た。
クレルヴォが、逞しい脚で地を蹴って突進してくる。
「憤怒の突き!」
……まずい!
怒りを収束した突きのあまりの速さに、レバーを反対方向に入れて普通のガードを取ることしかできない。
だが、そこにためらいがあった。
……回さなきゃいいんだよ!
そう思いながらも、反応が遅れる。
狩猟刀がガードを貫き、ジークフリートは大きく退くしかなかった。
そこへ、黒い狼が走り込んでくる。
「怒りの狼!」
2頭の狼が食らいつき、ジークフリートの足を止める。
クレルヴォはさらに踏み込んで、高々と跳躍する。
「怒りの蹴撃!」
青い靴下を掃いた足がジークフリートに命中する。
ただでダメージを食らわされるわけにはいかない。
カウンター技を入れる。
「不死身の防御!」
方向ボタンを下から反対方向に逆に入れて「防御」ボタン。
金色の光に包まれたジークフリートが、攻撃を相殺しながら反撃斬りを放つ。
与えるダメージは大きかったが、クレルヴォの怒りは止まらなかった。
「怒りの破滅!!」
地獄を思わせる黒い炎と共に、無数の狼の幻影が揺らめく。
大振りの狩猟刀に応じて、反撃を入れた。
「竜の逆鱗!」
竜の幻影の吐く炎が、狼たちを消滅させる。
だが、狼の本体とクレルヴォの捨て身の連撃に、ジークフリートは地に伏した。
体力ゲージをわずかに残して生き残ったクレルヴォは、膝をつきながら呟く。
「……Kohtalo…(運命よ……)」
またしても、観客席は重い沈黙に抑え込まれた。
……紫衣里は?
どんな顔をしているか見ている余裕などない。
第3ラウンドが始まっていた。
クレルヴォは肩を弾ませて、ジークフリートの様子をうかがっている。
僕は「強」ボタンで先制攻撃に出た。
「魔剣の一撃!」
開始と同時に、黒い狼が走る。
さっきの咬みつきを警戒したが、それはフェイントだった。
「狼牙落とし!」
クレルヴォがジークフリートの首元を掴んで跳躍する。
叩き落したところで、初めて2頭の狼が食らいついた。
地面に叩きつけられたジークフリートはバルムンクを取り落とす。
体力ゲージも激減するが、それはこれでお互いさまになる。
投げ技を使った時点で、クレルヴォも素手なのだ。
着地の瞬間、クレルヴォの方向にレバーを入れて、「投げ」ボタンを押す。
ジークフリートが両腕で抱え上げると、竜の幻影が見るからに禍々しい翼を広げた。
「竜の抱擁!」
画面端まで投げ飛ばすと、クレルヴォが真っ逆さまに落ちる。
双方の体力ゲージが危険領域に入った。
……もう、「怒りの血契」は使えない。
その身体を地獄の黒煙が包むと、2頭の狼が寄り添う。
気力ゲージ「憤怒」が限界にまで達するには、時間がかかる。
それは、ジークフリートの「竜の血」も同じことだ。
激突の瞬間は、同時に来る。
「怒りの破滅!」
クレルヴォと狼たちとが、争うように狩猟刀と牙との連撃を繰り出してくる。
……捨て身で来るなら、それなりの技でないと凌げないな。
「バルムンク返し!」
まだ使っていない返し技だ。
狼の牙を続けざまに跳ね返す。
その後を追って、クレルヴォが狩猟刀を振り上げた。
その瞬間を待って、方向レバーを逆に入れる。
下から前へ。
……痛い!
そして、もう一度。
……構うものか!
「必殺」と「強」のボタンを同時に叩くと、ジークフリートの背後に竜の幻影が立ち上った。
……行け!
「竜殺しの英雄!!」
竜の咆哮が戦場を震わせた。
炎の中、バルムンクが紅蓮の光をまとって突き進む。
英雄の一閃が黒煙を薙ぎ払い、再び襲い来る2頭の狼を斬り捨てた。
魔剣が貫いたクレルヴォの身体が、大きくのけぞる。
その最後の言葉が、画面に大きく浮かび上がった。
「……Viha… loppuu…(怒りも……終わる……)」
竜の幻影が爆散すると、衝撃波がその字幕を吹き飛ばす。
黒い狼の幻影がクレルヴォを包み込み、静かに消えた。
ジークフリートが剣を突き立てと、片膝をついて神に祈る。




