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弁天小僧の影

 上役の結論は早かった。

 佐藤が呆然とした顔で、指示されたことを煩わしいまでの白々しさで復唱する。

「え……まず2人一緒に入れてやれ?」

 どうやら、勝手に段取りを変えられたらしい。

 お気の毒に、としか言いようがない。

 紫衣里のほうはというと、やれやれ、という顔で僕を見つめ返す。

 考えていることは、たぶん同じだ。

 まず、リムジンの迎えは、名古屋港までの身柄確保が目的と見ていい。

 そこで軌道エレベーターの基盤まで、僕たちを艀に載せていく。

 どちらが先に降りようと、艀はさっさと離れていく。

 紫衣里を誘拐されて、ひとり地団駄踏む自分を想像すると、つい、失笑してしまった。

「……巌流島かよ」

 紫衣里が海風になびく髪を押さえながら、首をかしげる。

「決闘……?」

 落語のほうだ。

 宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘ではない。

 講談にはなっているので、〈リタレスティック・バウト〉のキャラクターでも登場するが。

 取り残されたのが〈ザ・ビヨンド〉のお披露目会場なら、紫衣里を失った僕は惨憺たる醜態をさらすだろう。

 紫衣里を先に降ろしても、お披露目をすっぽかしたという言いがかりで、不戦敗にされるだろう。

 いずれにしても、プロ契約はできず、〈ワールド・タイトルマッチ〉の副賞として、専門学校だけ無償で通うことになる。

 その経費など、アルファレイドとっては、はした金に過ぎまい。

 

 ……まずは、第一関門突破。


 慣れない英語で、フィービーに感謝した。

「サンキュー!」

 「十三妹」を操る世界的インフルエンサーは、伸びやかな身体と金色の髪を海風に晒して微笑む。

「ドウイタシマシテ」

 片言の日本語はゲームのキャラよりずっと扱いにくかったろうが、紫衣里に背中からぎゅっと抱きしめられて、フィービーは照れくさそうに立ち尽くした。

 佐藤はというと、例の営業スマイルは崩さないものの、憔悴しきっているのは言葉の端々で分かった。

「ああ、皆様を中にご案内願えますか?」

 警備員が道を開けると、イヤホン付けたSPっぽい人たちに誘導されて、恰幅のいい人たちとオタクっぽい人たちはコロッセオの中に入っていく。

 張り出しはかなり広々としていたが、僕たちはまだ、艀から上がれなかった。

 さっきまで渡されていた、あの運命の橋は落ちて流れてしまっている。

 コロッセオは円形なので、揺れる艀の舷を着けても、それがただ一点では、足元が危なすぎる。


 ……なぜ、佐藤は何もしない?


 あの板は罠だったのだから、あのVIPたちが上がるときは、他の方法があったはずだ。

 そこで、フィービーが口笛を吹いた。

 紫衣里にスマホを見せながら言った言葉のうち、聞き取れたのは、これだけだった。

「ウジェーヌ・フォーコンプレ……」

 どこかで聞いたような気がする。

 復唱しながら自分のスマホで検索してみると、何だかよく分からないCG画像がいくつも現れた。

 ひとつひとつタップして確認してみたが、拡大しても、何が言いたいのか、さっぱり理解できない。

 ゲーマーに、芸術はいらないのだと開き直ってみたところで、紫衣里が耳元で囁いた。

「コスプレ……」

 語呂が似ているので、記憶がようやく言葉とつながった。

 〈リタレスティック・バウト〉のキャラクター、「弁天小僧菊之助」だ。

 フィービーが、その決め台詞を口にする。

「シラザアイッテキカセヤショウ(知らざあ言って聞かせやしょう)……」

 着流し姿のコスプレ男を思い出す。 

 ついでに、その唇が触れた頬も、指先で何となく拭った。


 スマホに映っているのは、その作品だった。

 題は、『銀の鳥籠(La Cage d’Argent)』と書いてある。

 それは、現実には存在しないものの巨大さを印象付ける、いわゆるインスタレーション作品だった。

 フォーコンプレの作品群は、仮想空間のギャラリーに展示されている。

 その中央に、人間の背丈ほどの“銀色の鳥籠”が置かれていた。

 拡大してみると、その鳥籠の中には、また別の形をした銀の鳥籠がある。

 その籠の中には、また違う銀の鳥籠があって……。

 どの籠をどの角度から見ても、また拡大しても、その弾みで、ひとつひとつが各々の方向にそれぞれの速度で回転するようになっている。

 そのときの籠の振動音が、ひとつの音楽を奏でるのだった。

 ユーザーのコメントが一気に4桁、5桁に達する。

 それを自分のスマホで見ていたフィービーが、佐藤を急かした。

「Hey, how about you hurry up and escort them?」

(さっさとエスコートしてあげたら?)

 僕のスマホの中では、最近流行りの「考察」の嵐が吹き荒れていた。

 10000人が考えれば、だいたいの察しはつくものだ。

 日本語がネイティブのユーザー発言だけ拾ってみても、こんな感じだった。


「これ……フィービーが撮ってるアレ?」

「アルファレイドの軌道エレベーター?」

「何で中に入れてくれないんだ?」

「絶対なんかヤバいことやってるよ」


 僕も、同じ思いだった。

 だが、今はそれを口にするわけにはいかない。

 そういえば、〈リタレスティック・バウト〉にはシェイクスピアの「マクベス」も登場するが、原作のセリフにこんなのがあった気がする。

 

 ……心を偽っているのを隠すには、顔つきも偽らねばならない。

 

 逆に言えば、顔には本心が表れるということだ。

 それなら、本心を見せてやればいい。

 口にできない思いの代わりに。

 僕はスマホの画面を見せて、正直な気持ちを口にした。

「意味……分からないんですが、コレ」

 スマホの中には、更なる考察の嵐が吹き荒れていた。

 

 

「何か、文字になってないか? このオブジェの影」

「lueur en cage……」

「あ、オブジェも消えた」

「さすが……考察されると消えるようになってるとは」


 仮想空間のギャラリーからは、無限の入れ子構造になっている『銀の鳥籠』は消えていた。

 それも含めて、考察は続く。


「これがない空間って、なんか寂しいね」

「でも、それはあるのが当たり前だと思ってるからじゃない?」

「この寂しさが存在の本質ってこと?」


 ただ、紫衣里だけが気付いていたことがある。

 あのオブジェの影には、続きがあったのだ。


 ……amour se met à rêver.


 前半とつなぎ合わせると、こうなる。


 lueur en cage amour se met à rêver.

(囚われた光が、愛の夢を呼び覚ます)


 もっとも、その意味を紫衣里が教えてくれたのは、ずっと後のことだ。

 フォーコンプレのインスタレーションをめぐる考察は、佐藤の一言でネット空間の彼方へ消えた。

「分かる人にはわかるということで……どうぞ、こちらへ」

 手を差し出した辺りの張り出しが、左右に開く。

 そこに現れた下りの階段に、僕は紫衣里と並んで一緒に足を踏み入れる。

 コロッセオの深奥へと向かう後から、佐藤は足音もなくついてきた。

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