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美しき巨人

 勝てば、アルファレイドとのスポンサー契約が待っている。

 専門学校に行くまでもなく、プロだ。

 籠の鳥といえば籠の鳥だが、紫衣里との現実的な生活を考えれば、受けざるを得なかった。

 まずは、勝つことだ。

 勝てば、対等の立場で、紫衣里に手を出すなと言える。

 アルファレイドがどんなキャラを準備してくるのかは分からない。

 だが、与えられた条件通り、ジークフリートの持つすべての力を出し尽くせば、僕にできないわけがない。

 今までだって、やってきたことだ。

 シラノ・ド・ベルジュラックを知り尽くして、その技を思い通りに操るだけだ。

 

 ……この俺を見ろ! 言葉の綾を思い通りに自由自在、どこのどいつが及ぶものか!


 エドモン・ロスタンの書いたセリフを、〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉の筐体に向かって口にする。

 すると、紫衣里がそれをフランス語の原典らしき言葉で繰り返した。


 Je me les sers moi-même, avec assez de verve……


 ひとり、またひとりと観客が増えていく。

 お目当てはジークフリートか、それとも紫衣里か。

 さっきのセリフが、フランス語らしき言葉で続けられる。


 Mais je ne permets pas qu’un autre me les serve.


 紫衣里にしてはちょっと低めの、ハスキーな声だった。

 意外に、芝居っ気もある。

 やれやれ、と思いながら、未来の伴侶にちらりと目をやったところで、一気に気持ちが萎えた。

「誰だと思ったんです?」

 その慇懃無礼な物言いは、誰あろう、平凡な名前の佐藤一郎だった。

 紫衣里はというと、店の隅で知らん顔をしている。

 よほど佐藤と関わりたくないのだろう。

 店の客はというと、まだゲームが始まっていないので、それとなく紫衣里に目を遣っている。

 少し薄暗い店内でも、長い黒髪と胸を突き上げるサマーセーターに、僕のお古のジーンズはいやでも人目を引く。

 今までは何とも思わなかったが、僕たちのこういう関係を意識するようになると、かなりムッと来る。

 同棲を通り越して……なんて言えばいいのか。

 内縁関係……なんだか生臭い。

 紫衣里に言わせれば、フランスでは珍しくもなんともないらしいが。

 確か……。

Union(ユニオン) Libre・リーブル

 いないことにしたくて目をそらしたのに、横から佐藤一郎が流暢な発音で口を挟んだ。

 行き場のなくなった視線を、筐体に向ける。

「すみません、練習始めるんで、黙っててもらえますか?」

 ジークフリートが動き出せば、店の客も佐藤も、そっちに集中せざるを得なくなるだろう。

 僕は再び、筐体に向かった。

 キャラクター選択でジークフリートにカーソルを合わせる。

 ふと、使い慣れたシラノの大きな鼻も目に留まるが、アルファレイドと契約する以上は、オーダーに従わなければならない。

 一瞬、僕の心に生じた迷いに気づいたのか、佐藤が苦笑するのが分かった。

 面白くない。

 この苛立ちは、自動選択される対戦相手にぶつけるしかなかった。

 

 イリヤ・ムーロメツ。

 生まれてから30年もの間、動けなかったロシア正教の勇者だ。

 巨人スヴャトゴル(これもプレイヤーキャラクターになる)の力を受け継ぎ、怪物や外敵を倒す。

 息子ボドソコリニク(これもプレイヤーキャラクター)の裏切りにあうところはアーサー王と同じだが、イリヤは返り討ちにしてしまう。

 勝てなかった相手は、天からの軍勢だけだ。

 

 バックグラウンドだけ聞くと、岩のようにいかつい大男が連想される。

 だが、〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉では真逆だった。

 紙も肌も雪のように白い、アルビノの美青年が杖を手に、悠然とした足取りで現れる。

 佐藤が軽口を叩いた。

「どうです? この意外性」

 自分で言っていれば世話はない。

 僕は勝負に集中した。

 まずは、第1ラウンド。

 魔剣バルムンクを手にしたゲルマンの逞しい英雄が、杖を構えたスラヴの端整な勇者と対峙する。

 剛剣が棒切れを圧倒するかと思えば、杖は鉄塊を鮮やかにかわす。

 戦いは互角に見えたが、イリヤのほうが華奢な分、動作は素早かった。

雷神の一撃(ウダール・ペルーナ)!」

 背後に雷神の幻影が現れ、稲妻が大地を裂く。

 気迫ゲージ「信仰」が限界まで達すると、天空から呼び寄せられた雷を宿した杖は、稲光をまとった大剣に変わった。

 閃光と共に襲い来る切っ先を、ジークフリートは「竜の逆鱗(ドラッヘンツォルン)』でかわして反撃する。

 竜の幻影が吐く炎を真っ向から浴びて、イリヤはその場で消滅した。

 まずは1勝だ。

 観客の歓声の中、佐藤は楽しそうに手を叩いてみせる。

 そのバカ丁寧さが鬱陶しくて、僕は紫衣里に目を遣った。 

 男たちが〈リタレスティック・バウト・ザ・ビヨンド〉に夢中になったおかげで、その視線から解放された美少女は、励ましのウインクを贈ってくれた。

 俄然、やる気が出る。

 第2ラウンドが始まったところで、「竜殺しの一閃ドラッヘン・シュラーク」を放った。

 竜の咆哮と共にジークフリートが斬り込むと、イリヤは杖を地面に突き立てる。

不屈の守護ニソクルシマーヤ・ザシータ!」

 真っ白な光が全身を包んで、バルムンクを受け止めた。

 体力ゲージを削られながら、イリヤは画面端まで追い込まれる。

 だが、そこからの反撃が凄まじかった。

 杖は槍と化して、どこまでも伸びる。

 今度は、ジークフリートが防御と一体のカウンター技をもろに食らった。

 背後に現れた竜の幻影が吐く炎に包まれながら、静かに崩れ落ちる。

 ジークフリートを飲み込んだかに見えた竜もまた、幻となって消えた。

 これで、お互いに1勝1敗だ。

 見物客も、勝負の行方を固唾を呑んで見守っている。

 佐藤はというと、にやにや笑っているだけだった。


 面白くない。

 紫衣里の様子をうかがってみると、こちらも楽しそうにスクリーンを見つめていた。

 僕を信じてくれているんだと思いたい。

 いいところを見せようと、ついムキになって第3ラウンドを迎えた。

「バルムンク連舞ライゲン

 僕としたことが、さっき痛い目にあったのも忘れて先制攻撃に出た。

 イリヤ・ムーロメツは、見かけこそ華奢だが、放つ必殺技はパワー押しだ。

 ジークフリートと同じ、一撃必殺タイプの重戦士キャラクターと言えるだろう。

 それだけに、間合いを測り、牽制繰り返して技を読みあうのがプレイヤーとしてのセオリーだ。

 何事も、基本を見失った者への報いは厳しい。

 大技が放たれた後は、大きな隙が生じるものだ。

 ジークフリートが縦横無尽に振り回す魔剣バルムンクをものともせず、イリヤは高々と跳躍した。

 身のこなしは軽やかだったが、着地の瞬間に踏みしめた足元からは凄まじい衝撃波が放たれた。

巨人の遺力シーラ・スヴャトゴーラ!」

 砕け散った大地は無数の礫となって、ジークフリートの全身を容赦なく打ちのめす。

 体力は一気に低下したが、倒れるほどではない。

 お返しをしてやるくらいの余裕は、充分にある。

大地も砕けよ(エアトブルッフ)!」

 衝撃波なら、ジークフリートも負けてはいない。

 バルムンクを地面に叩きつければ、眩いばかりの閃光が疾走する。

 いかに巨人の力を引き継いだとはいえ、決して重くはないだろうと思われる小柄な身体は、画面の端へと弾け飛んだ。

 佐藤が手と一緒に、耳元で軽口を叩く。

「いやあ、やるもんですねえ、新キャラ相手に」

 僕を誰だと思ってるんだ、と言い返す余裕もない。

 追いつめられたイリヤが反撃に出る。

 杖を脇に構えて、転がるような速さで突進してくる。

 そこでふわりと画面を揺らめかせるものがあった。

 杖の間合いに近づいたとき、それがはっきりとした形を取る。

 竜だ。

 巨大な竜の幻影だった。

 それは、イリヤが冒険の旅で倒してきた怪物たちの怨念そのものでもあっただろうか。

「竜殺し《ドラコノボイ》!」

 白いオーラの刃をまとった杖が、骨をも砕かんばかりの斬撃を叩きつけてくる。

 ここは……。

 そこで佐藤が口を挟んできた。

「カウンター技が当然でしょうね」

 ……うるさい!

 そう思っても、間違ってはいないのだからも文句も言えない。

竜の逆鱗(ドラッヘンツォルン)!」

 ジークフリートの身体から金色の光があふれ出る。

 それが倒した竜の流した血であるなら、現れたのは主が生きていたときの姿だといえるだろう。

 竜の幻影が光り輝きながら眩ゆい炎を吐くと、イリヤの背負った竜のオーラは消滅した。

 杖と剣とが交差して、勇者と英雄はその位置を入れ替えた。

 互いに、体力ゲージはわずかしか残っていない。

 イリヤが天に向かって杖を高々と掲げると、イリヤの周りに無数の群衆が集まってきた。

 勇者が外敵から守ってきた、名もない人々が一斉に声を上げる。

 ……万歳ウラー

 それに励まされたかのように、イリヤは杖の連撃を放つ。

帝都の守護者ストラージ・キーエヴァ」だ。

 木の棒は剣となり、また槍となって襲い掛かる。

 ジークフリートは剣を立てて防御の姿勢を取る。

 佐藤が聞こえるように独り言をつぶやいた。

「さあ、お目に掛かれますかね……」

 見せてやろうじゃないか。

 もう、必殺技は3つ決まっている。

 あとは、「竜の血」ゲージがMAXになるのを待つだけだ。

 イリヤが杖を大上段に振りかぶったとき、その時は来た。

竜殺しの英雄(ドラッヘントーテル)!」

 だが、その必殺技が発動したかどうかを確かめる術はなかった。

 時間切れ(タイムアップ)だ。

 イリヤががっくりと膝をつき、ジークフリートは胸に手を当て、自らの血を剣に滴らせる。

 赤く輝くバルムンクを観客に向けて掲げると、不死身の象徴を見せつけるように、堂々と立ち尽くした。

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