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奔放な対戦者

 僕の対戦相手となったのは、アメリカからの招待選手だった。

そう、あの、フィービー・マイケルスだ。

 ステージに上がると、そのダイナマイトボディは男たちの目を引く。

 いや、そうでなくても、彼女はその奔放なキャラで世界中にフォロワーを持つインフルエンサーなのだ。

 そのルックスやスタイルの良さ、ファッションセンスなどにあこがれる女性は多い。

 大歓声の中で紹介されるなり、彼女は伸びやかな身体を乗り出して、観客席に投げキッスを贈った。

 かと思うと、夏の太陽みたいな笑顔で僕にウインクする。

「ヨロシク、ハセオ!」

 わけもなく圧倒されて、僕は苦笑いするしかない。

「はは、は……どうも」

 見方によっては、「女にツイている夏」ということになるのだろう。

 その終わりをハーレム状態で締めくくるのは、男冥利に尽きるといえばいえなくもなかった。

 もっとも、僕はそういう性質じゃない。

 望むことは、ただひとつ。

 紫衣里さえいれば、それでいい。で、板野さんが幸せなら、言うことはない。

 ……ひとつじゃないか。

 それでも、ささやかな願いといってもいいんじゃないだろうか。

 だが、そんなひそやかな思いは、試合開始と共に打ち砕かれた。

 フィービーの顔が、自信たっぷりな笑みを浮かべる。

「ゴー! シイサンメイ!」

 中国の『児女英雄伝』の女傑、十三妹しいさんめいが、ひらりと舞い降りてくる。

 しなやかな身体で画面中を自在に飛び回る、厄介な忍術使いだ。

 もっとも、恐れることはない。

 僕はスタート画面のキャラクター選択で、シラノ・ド・ベルジュラックを呼び出す。

「お前の腕の見せ所だ、シラノ!」

 羽根帽子を胸に当てた大鼻の剣士が恭しく一礼して、拱手して黙礼する十三妹に相対する。

 第1ラウンドが高らかに宣言される。

 ゲームスタートだ。

 十三妹と共に、フィービーが叫ぶ。

イェマーテャオユェン(野馬跳淵)!」

 いきなり来た。

 しかも速い。

 長い黒髪をなびかせた少女が、身体をすくめて跳んでくる。

 野生の馬が、川を飛び越えてくるかのように。

 間合いが、一瞬で詰められた。 

 ……かと思うといきなり全身を伸ばして剣を突き刺してくる!

 そうは問屋が卸さない。

 原作で歌うシラノのように、節をつけて応じる。

長いマントを(ジェテ・モン・)投げ捨てて(ロン・マント)……!」

 シラノがひらりと投げたマントは、十三妹の全身に絡みついた。

 軽やかな動きを封じられては、いかに変幻自在の技を繰り出す女傑といえども手も足も出ない。

 これで一刺し……と思ったときだった。

ホワイチョンパォユェ(懐中抱月)!」

 着地した十三妹が月を抱え込むかのように、一歩退いて剣を引き寄せる。

 空を切るどころか相手に奪い取られたシラノのマントは、微塵に切り裂かれた。

 思わず息を呑んだが、すぐに落ち着きを取り戻す。

 必殺技を使った後、隙が出来るのはお互い様だ。

 慌てることはない。

 あとは、判断力と反射能力の問題なのだが……。

 それは、相手のほうが一瞬だけ早かった。 

「しまった……」

 つい、つぶやいてしまったのは、逃げられないとわかっていたからだ。

 流星が月を追うが如く、十三妹の剣が一閃する。 

リュウシンガンユェ(流星赶月)!」

 シラノの首は、羽根帽子をかぶったまま宙に舞った。

 悔しいと思うよりも先に、称賛の声が口から自然に漏れて出た。

「やるじゃないか……」

 予定通り2本先取とはいかず、一敗地に塗れたわけだ。

 炎天下の僕の身体は、内側から熱くなった。

 一方で頭の中は、冷たく冴えわたる。

 勝負は、これからだ。

 観客の歓声の中、2ラウンド目が始まった。

 十三妹は、さらに猛攻を加えてくる。

ホァンフンルードン(黄蜂入洞)!」

 神速の突きが一閃する。

 確かに、洞穴の中に飛び込んできたスズメバチのようなものだ。

 だが、いったん負けて腹が据わってしまえば、そんな奇襲は何でもない。

 ゆったりと構えて、技を返してみせる。

まぬけの3文字トロワ・レトレ・ニエス」……。

 動きもしないシラノと、剣を突き出した十三妹が交差した瞬間、画面上に3つの文字が浮かぶ。


 「ま」と「ぬ」と「け」……。


 十三妹の服は3枚に切り裂かれ、華奢な少女は露わになった身体を、腕で覆ってしゃがみ込む。

 観客席では、男性陣の歓声と、それに対する女性陣のブーイングが飛び交った。

 フィービーはといえば、自分が同じ目に遭わされたかのように恥じらってみせる。

「ノー、ハセオ……」

 そんなことを言われても困る。

 これは制作者側の男性プレイヤー向けサービスであって、僕のセクハラじゃない。

 もし、相手のキャラクターが男だったら、シラノの剣で3枚に下ろされているところだ。

 だが、紫衣里の反応はというと……。

 ちらりと顔色をうかがってみると、無言でそっぽを向いている。

 明らかに、機嫌を損ねていた。

 とりあえず、謝っておくことにする。

 紫衣里とフィービーの、どっちに対してかはよく分からなかったが……。

「ごめん……」


 そして、最終ラウンドがやってきた。

 僕は深く息をついた。

 1本目を取られている。

 夕方になる前に勝利を収めるには、時間のロスは避けなくてはならなかった。

 方法は1つだけだった。

 瞬殺、あるのみ。

 それは、フィービーも同じことだった。

 一気呵成に勝負に出る。、

ダーポンヅァンチーン(大鵬展翅)!」

 十三妹は両腕を広げて悠々と舞い上がった。

 大地を覆い隠すほど大きな翼を持つ伝説の「大鵬」のように……。

 そこで落下の勢いに乗ると、空中から斬り込んできた。

 まともに食らえば、体力ゲージは一気に0になる。

 もちろん、思いのままにされる僕ではない。

20の韻律ヴァント・プロソディセ!」

 シラノの剣が変幻自在に閃くと、空中を自由自在に飛び回りながら繰り出される高速の剣が、次々に受け流されていく。

 それがそのまま、十三妹に20段階のダメージを与えていった。

 やがて、少女忍者の身体が地面に墜落する。

 僕の勝ちがコールされた。

「シラノ・ド・ベルジュラック……長谷尾英輔!」

 そのときにはもう、フィービーが僕に駆け寄り、顔を豊かな胸に抱え込むなりキスの雨を降らせていた。

「ステキ! サイコー、ハセオ!」

 観客席から冷やかしの声とブーイングが同時に上がるのを聞きながら、紫衣里の顔色をうかがう。

 思った通り、物凄い目で僕を睨みつけていた。

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