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思わぬ挑戦者

 店に入るなり、僕の前に現れたのは深刻そうな顔をした店長だった。

「実は……困ったことになっちゃってさ」

 指さしたのは、そこにはないはずの姿だった。

 思いつめたような声が、挑戦の言葉を告げる。

「アタシと……勝負してください、長谷尾さん」

 <リタレスティック・バウト>の大画面を背にして、まっすぐに立った板野さんが僕を見据えていた。

 思わず息を呑んだ。

 返せる言葉がない。

「え……」

 小柄な板野さんだが、今日はなんだか気迫が違った。とても、昨日のバイトで倒れて入院した女の子には見えない。

 触れば火傷しそうなヒリヒリした声で、賭けを挑んでくる。

「<リタレスティック・バウト>でアタシが勝ったら、長谷尾さんの代わりにバイトに入ります」

 求めるものが小さすぎるせいか、その要求は耳に入って来なかった。

 ついつい、関係のないことを口走ってしまう。

「あの……入院したって……」

 そっちの方が問題だった。修学旅行がいつかは知らないが、無理がたたって病気が重くなったせいで行けなくなったとあっては、夕べの交渉が全て徒労に帰する。

 だが、僕がどれだけ心配しようと、板野さんの返事は素っ気なかった。

「ただの過労です。外出許可もらってきました。でも、勝ったら戻りません」

 落ち着きの割にムチャクチャな理屈だった。

 僕はちらっと店長を見やる。もともとモグリのバイトなのだ。この上、過労で病人まで出したらタダでは済まないだろう。このまま平穏無事な人生を送りたかったら、板野さんを追い返すしかない。 

 もちろん、そんなことができる店長ではなかった。

「ごめん、長谷尾くん……ダメだって言ったんだけど、聞かなくってさ」

 思いつめると、いったん言い出したことを引っ込めようとしないのも板野さんだ。

 それを通してしまうのはいつものことだが、これは限度を超えていた。

「だって無茶でしょう、僕とやり合って勝つなんて!」

 結構、真剣に抗議したのだが、そもそも僕が負けるわけがない。

 さっさとゲームオーバーさせて、病院に戻ってもらえば済むことだ。

 心配なのは、勝てない勝負で下手に疲れさせて、入院を長引かせてしまうのではないかということだった。

 もちろん、それが分かっていても返事ができる店長ではない。

 代わりに返事をしたのは、板野さんだった。

「あんまり……見くびらないでください!」

 背筋が凍りつきそうな、冷たく鋭い目つきで睨んでくる。

 だが、どっちかというと、その目は僕よりも、その後ろに立っている紫衣里を見ていたような気がする。

 それはそうとして、場を弁えないほどに切羽詰まった鋭い声に、店内の客たちがぞろぞろと集まってきたのには参った。

「何アレ……?」

「バイト同士の痴話喧嘩……」

 eースポーツのプロに集まるのとは質の違う、好奇の視線にはさすがに腰が引けた。

 だが、そんな僕をたしなめるように、紫衣里が耳元で冷ややかに囁いた。

「……受けてあげたら?」

 板野さんの怒りの形相は、それはもうただ事ではなかった。

 なぜかはよく分からないが、目に涙までが浮かんでいたような気もする。

 店長は店長で、僕へのけしかけ方は温かった。

「あんまり……本気出さないでね。星美ちゃん、折れちゃうといけないから……」

 僕の気持ちなど全く意に介さない紫衣里。

 自分では手を下さないくせに注文だけは多い店長。

 そのどっちにも、僕はイライラきていた。それでもとりあえずは、やるしかない。

 オーダーどおりに。

 ちょっと考えて、板野さんの反応を見ながら提案する。

「じゃあ、ハンデをつけよう。それでいい?」

 やりたくない勝負を受けるための、最大限の妥協だった。

 だが、それでさえも、板野さんの自尊心には少なからぬ傷を与えたらしい。

 目を固く閉じると、一筋の涙がこぼれる。

 怯んだところで、抑えに抑えた声が、震える唇から漏れる。

「バカにしないでください! 私だって……長谷尾さんを見てたんです!」

 どういう意味かは、ちょっと量りかねた。

 だが、とにかく僕の技は、見ただけで盗めるほど安っぽいものではない。

 同じ条件で戦うのは、かえってフェアじゃない気がした。

 そこで、別の条件を付ける。

「じゃあ、こうしよう。僕は必殺技を使わない。逆に、使っちゃったら、僕の負けってことにしよう」

「……その約束、後悔しますよ」

 板野さんは険しい顔つきで言い放ったが、僕の傍らの紫衣里は、ため息交じりに意味不明の一言をつぶやいた。

「……鈍感なんだから」

 誰のことを言っているのか、よく分からない。

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