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戦いへの決断

 いくら夜間のシフトを入れたからといって、そんなに遅くまで働かされるわけではない。

 午後10時には帰れるように、店長はアルバイトの勤務をさっさと終了させていた。

 暗い田舎道を、僕は紫衣里にぴったり寄り添って帰った。

 無言のままでいるのも気まずい思いがして、つい名前を呼んだ。

「紫衣里……」

 闇の中にぽつんと浮かぶ街灯の下で、微かな笑みを浮かべた紫衣里は、僕と目も合わせずに言った。

「結論出るまで話しかけるの禁止」

 これでも一応、男としてエスコートしているつもりだ。

 そういう言い方はない気がする。

 面白くないので、ちょっとムッとしてみせた。

「じゃあ、そちらもご自由に」

 だいたい、紫衣里は部屋でシャワーを浴びるのも僕の服を着るのも、好きなようにやっている。

 白状すれば、それは確かに気にはなるのだった。

 だが、今日ばかりは邪念を払って、独りでじっと考えるつもりでいた。

 紫衣里はというと。

「ふ~っ、暑かった……」

 部屋に戻ると、そう言うなり洗面所に消えた。

 もともと1人用のアパートだから、居間との仕切りは半透明の扉しかない。下着はそこらに脱ぎ捨ててあるはずだ。

 そっちから目を背けて横になった僕は、今までのことに思いを巡らせた。


 紫衣里との出会いは、あの胸に掛かる銀のスプーンだ。

 一糸まとわぬ姿でシャワーを浴びている彼女が守るスプーン。

 それは僕を守ってくれたけど、彼女を危機に陥れてもいる。

 紫衣里と暮らそうとすれば、e-スポーツは諦めなくちゃならない。

 それが当たり前の考え方だ。

 仮に両立できたとしても、いつかはあの銀のスプーンの力をを当てにしなくちゃいけないときが来る。

 そのとき、紫衣里はアルファレイドの餌食になる。

 e-スポーツを捨てて生きていくとなると、どうしても、金が必要になる。

 手っ取り早いのは、進学のために貯めた12万円だ。

 板野さんの修学旅行に使ってもらおうとしたら断られた、あの金だ。

 僕の金なんだから、当面の生活資金に充てたところで誰に恥じることもない。

 いや……それでも。

 自分で出した結論に自分で納得できないでいると、後ろから紫衣里が口を挟んだ。

「見ちゃダメだからね」

 僕の服を物色しているらしい。

 というか、僕から口を利くのはダメだけど、紫衣里からはOKというのは随分と勝手な言い草だ。

 服を着替えているのを微かに揺れ動く空気で感じながら(それは長い髪や豊かな胸が揺れているということでもある)、僕は再び考えを巡らせた。


 でも、この大会でもし、優勝できれば……。

 <リタレスティック・バウト・ワールドタイトルマッチ>。

 店内に貼られたポスターには、今までネット上で見かけた顔がいくつもあった。

 世界的に活躍するプロのeースポーツプレイヤーたちも招待されていた。

 名前と顔写真、得意とするキャラクターを思うだけで、全身の血がたぎる。

 

 フィービー・マイケルス。アメリカから。

 美貌の女声プレイヤーとして、雑誌のグラビアを飾ることもある。

 操るのは、清朝中国の『児女英雄伝』で語られる女傑、「十三妹しいさんめい」。


 ウジェーヌ・フォーコンプレ。フランスから。

 これも女性的な美貌の持ち主で、男女ともにファンも多い。

 操るのは、歌舞伎『白波五人男』で活躍する女装の美少年盗賊「弁天小僧菊之助」。


 エセルバート・ウィルフレッド=ヒュー・スウィンナートン4世。イギリスから。

 名前が長いので「プリンス」の二つ名で通っているが、いろいろと謎の多いプレイヤーでもある。

 操るのは、シェイクスピア『ハムレット』で主人公との死闘を見せる双剣の貴公子、レイアーティーズだ。


 こんな人たちを相手にして勝ち続けるなんて不可能だ。

 でも、勝たなければ紫衣里とは生きていけない……。

 そこで、お許しの声が再び、僕の考え事を引っ掻き回した。

「もういいよ、こっち向いても」

 シャワーを浴びた紫衣里は僕のパジャマを着て、澄んだ瞳を決断を促すかのように向けていた。

 紫衣里が望んでいるのは、戦う僕なのだ。

 たぶん……。

 まっすぐに見つめ返すと、紫衣里は小首をかしげた。

「どうしたの? そんな目で見て……」

 その誘惑とも挑発ともつかない口調に、頭の中は余計に混乱する。

 洗った髪の匂いと露わな胸元と、風呂上がりのふんわりとした熱い空気に心がとろかされそうになる。

 だが、そこで鳴り響いたスマホのコール音に、僕は我に返った。

 画面を眺めてみると、店長からのメールだった。

 

  星美ちゃん入院! ((( ;゜ Д ゜)))

  8月いっぱいバイト入って!m(._.)m


 バイト先のグループチャットではないのは、板野さんに見られて気を遣わせることがないようにという配慮だろう。

 板野さんの修学旅行がいつかは知らないが、これで、自分で費用を稼ぐことは絶対に無理と決まった。

 だが、そこで僕の頭の中に閃くものがあった。


 ……決めた!


 僕は起き上がって財布から佐藤の名刺を取ると、印刷された連絡先に電話を掛けた。

 あの慇懃無礼な口調で、皮肉交じりの声が聞こえてくる。

「……どうしました、こんな時間にエントリーですか?」

 足下を見透かされて屈服したかのような惨めさを感じながら、それを押し隠して用件を告げる。

「条件があります」

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