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彼女と僕、それぞれの決断

 チャーハンを蓮華でカチャカチャすくいながら、紫衣里は僕と目も合わせずに言った。

「使うと大事なものを失うって、ずっと言われてきた。でも……」

 それは、僕のために破られた。いや、紫衣里が破ってくれたのだ。

 僕を、あの老人に勝たせるためにスプーンを使ったのだとすれば、僕との出会いが危機を招いたことになる。

 紫衣里に、これ以上言わせるわけにはいかなかった。

 僕の気持ちは決まっている。

「もちろん、受けないよ。この勝負」

 真剣なまなざしで、まっすぐに見つめ返された。

 本気が試されている。

 さらに僕は続けた。

「紫衣里がいれば、何もいらない」

 これが軽い口調なら、人混みの中でも不自然ではない。

 だが、冷静に考えると、真面目にはかなり恥ずかしいセリフだ。

 それを臆面もなく口にしたのだから、僕はよほど熱くなっていたのだろう。

 それでも、低く囁く声が僕を迷わせた。

「戦うというなら、私も一緒に行くけど」

 心の奥底を見透かされていたのを感じて、一瞬、背筋が凍った。

 確かに、佐藤の挑戦には一瞬だが血がたぎった。

 でも、僕はもう、e-スポーツのプロは諦めたのだ。

 何言ってんだ、と流したが、自分でも声が裏返っているのが分かった。

 うろたえないように、必死で頭の中の理屈をこねくり回す。

 

 ……いや、もうe-スポーツそのものに関わるべきじゃないだろう。

 ……勝負に熱くなって、何かの間違いで紫衣里にスプーンを使わせることにでもなったら。


 だが、そのスプーンについても、その声は一転して僕をからかっているかのように聞こえた。

「この力が人の役に立つんなら……」

 こっちは真面目に悩んで話しているのに。

 そう思うと、つい、声が荒くなる。

「本気で言ってんのか?」

 紫衣里は、さらに悪戯っぽく笑ってみせた。 

「さあ、どうでしょう?」

 もちろん、ウソだ。

 たぶん、紫衣里は佐藤の申し出を聞いた僕の興奮を知っている。

 その余韻は身体の奥にまだ残っていた。

 僕の中で、シラノ・ド・ベルジュラックが剣の柄に手をかけている。

 

 ……抜かねば錆がつくでのう。

 ……伊達に下げておるのではないわい。

 ……ああ、鞘の中でアリが歩くわ、むずむずと!


 暴れ出さないよう、熱くたぎる思いを、さっさと拭い去らなくてはいけなかった。

 一言ひと言、区切るように返す。

「さっき思いっきり蹴っただろ、その話」

 無理をさせるつもりはない。紫衣里には紫衣里の考え方があるはずだ。

 だが、たしなめたつもりが、たしなめられたのは僕のほうだった。

「だって、あなたが決めることでしょ? 出るか出ないかは」

 本当の気持ちに従えと言っているのだ、紫衣里は。

 そう言われると、答えに詰まる。

「でも……」

 いったんはe-スポーツを捨てると決めたのだから、それを易々と覆すことはできなかった。

 それでも、紫衣里は僕を真面目な顔で見つめて言う。

「私のために、やりたいことを諦めるなんて嫌だな」

 僕の決意も、つい、揺らいだ。

 このe-スポーツの世界大会で優勝しさえすれば、諦めかけたものも含めて、全てが手に入る。

 僕の将来も、紫衣里との生活も。

 ポロっと、本音が出そうになった。

「そう言われちゃうと……」

 言い淀む気持ちにも、嘘はなかった。

 都合のいい申し出にホイホイ飛びつくようで、どうも抵抗があったのだ。

 だが、結論を言わなければ同じことだ。

 口ごもっていると、紫衣里は更に押してきた。

「じゃ……出ていっちゃおうかな。そんなあなた、イヤだし」

 怒ってはいない。

 怒ってみせているだけだ。

 分かってはいるが、慌てないではいられない。

「おい、それは……」

 そこまでして、紫衣里は戦う僕が見たいのだ。ちょっと考え直してみる。

 たしかに、佐藤に協力すれば世界中で多くの人が救われるのだ。

 あのスプーンに使われている金属を使えば、人間の能力は飛躍的に高められるという。

 オリンピックのスローガンではないけど、より速く、より高く、より強くなれる。

 しかも、秘められた力を開放するのだから、ドーピングではない。

 誰もが幸せになれるのだ。

 金さえ積めば。

 でも、あのスプーンを守ってきた紫衣里のプライドは深く傷つくことだろう。

 その気高さがそのまま表れたような、澄み切った、冷たい声が尋ねる。

「それに……お友達はどうするの?」

 立ち上がって食器のトレイを返しに行こうとしていた紫衣里は、怖い顔で僕を睨んだ。

 そういえば、板野さんが修学旅行費の援助を断ったのを紫衣里は知らない。

 だが、それを告げても、何だか戦わない言い訳にしかならないような気がした。

 僕は無言のまま、その場に立ちすくんだ。

 ふと、フードコートの時計を見れば、休憩時間がそろそろ終わる頃だった。

「あ……そろそろ戻らなくちゃ」

 紫衣里はふくれっ面をする。

「……もう!」

 結局、結論を保留して店に戻った僕を待っていたのは、すっかり困り果てた様子の店長だった。

「星美ちゃん、何か貧血起こしちゃったみたいでさ、帰したとこなんだよ、今」

 一も二もなく僕は答えた。

「あ、いいですよ、夜まで残りますんで」

 そのくらい造作もない。バイト料も増える。

 困ることなんかちっともなかったが、さらに、店長は僕に向かって手を合わせた。

「今日の夜といわず、明日も明後日も1人でシフト入ってくれない? 星美ちゃん無理する性質だからさ、無理に出勤させて事故や怪我なんかあったら、言い訳立たないでしょう?」

 そういえば僕も板野さんも、本当だったら学校の許可が下りないところで無理に働かせてもらっているのだった。何かあったら、店長に迷惑がかかる。

 なんだか恩着せがましいような気がしたが、とりあえず、遠慮がちには答えておいた。

「それじゃあぜひ……」

 背中に刺さる視線を感じて振り向くと、店の入り口には紫衣里が立っていた。

 思わず、目をそらす。

 こっちを二つ返事で引き受けた僕は、さっきの答えを待たされている紫衣里に睨まれても仕方がなかった。

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