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フードコートファイト!

「じゃあ、お断りします」

 きっぱりと言い切った紫衣里に、佐藤は肩をすくめた。

「おやおや……意外に冷たいんですね」

 何やらスケールの大きそうな話と、その張り詰めた空気のせいで僕がなかなか反論しづらかった話を、紫衣里は短い言葉で冷ややかにひっくり返した。

「そう、世界中にいます……あなたの言った不幸をもたらす人たちも」

 穏やかな言い方だったが、これは明らかな挑発だった。

 アルファレイドはあくまでも複合企業体であって、慈善団体ではないのだ。

 もっとも、そこは佐藤も営業屋である。

 動じることなく笑顔で切り返した。

「できないことより、まず、できることからとりかかりませんか?」

 一歩も引けないところを、やんわりと押し返してみせる。

 ところが紫衣里の目つきは、急に険しくなった。

 見つめる先は僕だ。

 身体が凍りついたところで、佐藤をちらりと一瞥する。

「で……この人に目をつけたんですね」

 いつになく低い、凄みのある声だった。

 手を出したら許さないという勢いで放つ一言は、嬉しくも恐ろしかった。

 それでも、佐藤は怯んだ様子もない。

「そう思われるんでしたら、別に言い訳はいたしません」

 とはいえ、僕に関係する話を、本人を脇に置いて険悪な雰囲気の中で交わされてもリアクションに困る。

 会話が途切れた一瞬の隙を突いて、僕は口を挟んだ。

「で……何の話?」

 そこでようやく、佐藤は僕に水を向けた。

「<リタレスティック・バウト・ワールドタイトルマッチ>に出ていただけませんか?」

 やっと僕にもわかる単語が出てきたが、いきなり真顔で言われても返事に困る。

「……え? ……え?」

 ますますわけが分からない。それと紫衣里と、どういう関係があるのか?

 僕がその申し出の真意を掴みかねているのを見て取ったのか、佐藤はあの慇懃な口調で告げた。

「いかがでしょう、この大会で優勝したら、私どもが奨学金という形で、プロを目指すための諸経費を負担するというのは?」

 残念だが、その申し出はちょっと遅かった。

 僕にもう、その気はない。

 紫衣里と共に生きる。

 高卒でも構わない。

 親の反対も勘当も覚悟のうえだ。

 だが、どうしたわけか、即答でNOの返事をすることはできなかった。

「紫衣里……」

 情けない話だったが、僕は紫衣里がきっぱり協力を断ってくれるのを期待していた。

 ところが、ちらりと見やった先では、紫衣里があさっての方向を眺めている。

 その先には、さっき佐藤がワンタンメンを注文した中華料理の店があった。

 すかさず、絶妙の間で合いの手が入る。

「宜しければ、私の奢りで……」

 察しのいいことだ。 

 思わずツッコまないではいられない。

「おい……」

 呆れるほど分かり易い買収だった。

 さっき佐藤が申し出た取引と比べたら、問題にならないくらいに稚拙なやり方だ。

 まともに考えたら、バカにするなと一蹴するところなのだが……。

 ほとんど条件反射的に、紫衣里は即答していた。

「チャーシューメン大盛りで。チャーハンつけて」

 セレブに仕える執事のごとく、佐藤は背筋を伸ばして静かに立ち上がる。

「では、ただいま」

 その切り替えの早さにはもう、笑うしかない。

「……おい!」

 僕のツッコミを後にして、佐藤はそそくさと食券を買いに行った。

 残された紫衣里は、今度は黙ったまま、隣の席からじっと僕を見つめている。

「ねえ、どうしたい……? 克衛は」

 自分のことなのに、すぐには答えられないのがもどかしくも腹立たしかった。

 食事時が過ぎて客が減ってきたせいか、そんなに待たされることも呼び出しもなく、佐藤がチャーハンと大盛りのチャーシューメンをトレイに乗せて戻ってくる。

「どうぞ。ささやかな賄賂です」

 下心をあけすけに言う男だ。

 それだけに、紫衣里も軽口を叩く余裕ができたのだろう。

「苦しゅうない」

 偉そうにふんぞり返ると、紫衣里はものすごい勢いで大盛りのラーメンをすすりはじめた。

 さっきの質問に、僕はまだ返事できないでいるのに。

 いや、それさえも必要ないということなのだろう。

 自分で決めることなのだから。

(……任せる、ということか)

 見つめる僕が考えていることに気付いているのかいないのか、それは分からない。

 チャーハンに取り掛かった紫衣里は置いておいて、先に口を開いたのは佐藤だった。

「さて、と……」

 席に着こうともしないで僕を見つめているのは、返事を急かしているのだろう。

 考えるまでもないことだった。

 銭金の問題じゃない。

 僕の身体の中で、熱いものが駆けめぐっている。

 最初から、答えは決まっていたのだ。

 もとより、佐藤と取引なんかする気はない。そうなれば、これは挑戦だった。

 世界のプレイヤー相手に勝ち抜いてみせろという……。

 大きく息を吸い込んで、気持ちを落ち着ける。

 客が少なくなったとはいえ、大きな声でできる返事ではない。

 当たり障りのない、月並みな言葉を、僕はなるべく静かな声で告げた。

「少し、時間をくださいませんか」

 答える僕を、紫衣里はチャーハンをレンゲで口に運びながら横目で見る。

 その横顔を見つめ返すと、もの食う手を止めて向き直るガラスの瞳は、やっぱり澄み渡っていた。

 僕たちの沈黙を、バカ丁寧にも素っ気ない一言が破った。

「では、1週間後に」

 連絡先はこちらだと言わんばかりに名刺を置いて席を立つと、佐藤はショッピングモールの人混みの中へ消えた。

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