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平凡な名前の男が語る熱い想い

僕は佐藤を問い詰める。

「紫衣里でなくちゃいけない理由でもあるんですか?」

 すこしでも言い淀んだら、どんなにみっともない揚げ足取りでもするつもりだった。

 返事は素直なものだった。

「いいえ……この日本で確認されたのが、彼女だったってだけのことです」

 悪びれもしないで、さらりと答えたのにはイラっときた。人をバカにするにもほどがある。

 僕には紫衣里しかいないのに、こいつは日本にいれば誰でもよかったと平気で言ってのけたのだ。

 それでいて、捕まえる言葉尻もない。

 殴りかかりたいくらいの腹立たしさを堪えて、僕は努めて冷静に告げた。

「帰ってくれませんか? たぶん、お話しできることは何もないと思います」

その皮肉に、佐藤は動じた様子がない。

 むしろ、声を低めてきっぱりと言い切った。

「私はこの計画に人生を賭けています」

 大きく出られて、返す言葉に詰まった。

「人生……」

 紫衣里と会ってから、その一言は僕にとっても身近なものになっていた。

この夏は、彼女のために人生を選択する時だという気になっていたのだった。

 佐藤の話はといえば、さらに熱を帯びてきた。

「アルファレイドの医療技術部門全体が、あのスプーンと彼女たちを追っているんです。なぜだか分かりますか?」

 何となく、分かった。

澄んだ音で頭の中の火花がスパークした、あの時の感覚はよく覚えている。

 僕は医療関係のことなど全然知らない。だが、あれが錯覚でないなら人のために使わない法はないということだけは見当がついた。

 だが、ここで頷くわけにはいかない。

「お手柄が欲しいだけじゃないんですか?」

 そう言わないと、突っぱねる理由がなかった。ひどい侮辱だとは思ったが、これで佐藤が機嫌を損ねて帰ってくれればもうけものだ。

 だが、帰ってきたのは平然とした一言だった。

「はっきり言ってしまえば、そうです」

「え……」

  怒らせようとしているのに、こうあっさりと開き直られては、噛みつこうにも噛みつけない。

 あまりにはっきりと本音を告げられて、唖然とするしかなかった。その隙を突くかのように、佐藤はしゃあしゃあとまくし立てる。

「紫衣里さんが力を貸してくだされば、『アルファレイド』全グループを挙げた新たな技術開発が始められます。医療だけじゃありません。教育、スポーツ……あらゆる分野で、人間の能力を限りなく引き出すことができるんですよ。僕は、そのきっかけを作ることができる。こんな嬉しいことはありません」

 言っていることは割と真っ当なのだが、だからといって「はいそうですか」と応じる気にはなれなかった。佐藤は、さらに熱く語りはじめる。

「このスプーンと紫衣里さんを必要としている人が、世界中にいます。飢餓に貧困、戦争の中で生き抜かなくちゃいけない人たちが……」

 正論過ぎる。

 正論過ぎて、返す言葉がない。

 これで腹に一物あるのだとしたら、やはりこいつは食えない。

 口を閉ざすしかない僕の代わりに、佐藤の御高説を遮る声があった。

「じゃあ、まずそっちじゃない? なんとかするの」

いつのまにか、紫衣里は大盛りの中華丼を食べ終わっていた。

 澄んだ瞳で、佐藤をまっすぐ見つめている。

 だが、返ってきたのは、声音こそ柔らかいが愛想のない一言だった。

「残念ながら、それは私と『アルファレイド』の能力を超えていますので……」

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