男と男の静かな闘い
世界に幅を利かせる巨大コングロマリット「アルファレイド」の一社員、佐藤一郎は会うたびに慇懃無礼な物言いをする。
僕も、努めてバカ丁寧に訪ねてみせた。
「……ご用件は?」
大した理由はない。
こいつと紫衣里が直に口を利くなんて、我慢がならない。
ただ、それだけだ。
だが、佐藤はわざとらしく手を叩いておどけてみせた。
「おっと、麺がのびちゃいますね」
麺をすすり始めるのを見たら、もう、返事をする気もなくなった。
そこへ、フードコートのアナウンスが入る。
「8番札をお持ちのお客様……」
佐藤がラーメンを食べる手を止めた。
麺を呑み込んだまだ怒りで固く握りしめられた僕の拳を箸で差す。
「呼んでますよ」
手を開いてみれば、僕の手の中にある楕円形のプラスチック札には、マジックインキの手書きで「8」と書いてある。
そこで、子どもみたいな口調で愚図る声が聞こえた。
「……おなかすいた」
紫衣里もそろそろ「エネルギー切れ」のようだった。
すぐにでも店のカウンターに向かわなければならないのだが、正直、少しの間であっても佐藤と2人きりにはしたくない。
だが、ここで倒れられるのも面倒だ。
席をはずすしかない。
「……黙ってろよ」
そう言い残して、僕はカウンターへ向かった。
もっとも、どっちにそう言ったのかは自分でも分からない。
とにかく、出来上がったハンバーガーと大盛りの中華丼を受け取らなければならなかった。
だが、慌てて戻ってきたときにはもう遅かった。
歯の浮くような殺し文句を、佐藤は囁いていた。
「このスプーンとあなたを必要としている人が、世界中にいるんです」
しかも、再び紫衣里を落としにかかる合間に、ワンタンメンを器用にすすり込む。
呆れるほどの余裕を見せつけられて、僕は焦った。
だが、幸か不幸か、銀のスプーンの守護者はテーブルにべったりと突っ伏している。
気遣ってやらなくちゃならないのに、苛立っているせいか、つい突慳貪な言い方をしてしまった。
「ほら、食えよ」
テーブルに大盛りの中華丼を置いてやると、紫衣里の手はのろのろと動いた。
丼を引き寄せると、震える手でレンゲを掴む。超スローモーションの映像でも見せられているかのような鈍さで、紫衣里は餡のかかった飯をゆっくりと口に運んだ。
そして。
佐藤は目を見張った。
「……え?」
その喉がごくりと動いたのは、麺と息のどちらを呑み込んだせいだろうか。
どっちにせよ、知らない人が見たらすくみ上ってしまうほど、紫衣里の食いっぷりは凄まじかった。
唖然としている佐藤の前に、僕はゆったりと腰掛ける。
「どうぞ、お話しください……たぶん、聞いちゃいませんが」
皮肉たっぷりに言ってやると、僕はハンバーガーをかじった。
これで財布の中は完全に空になっている。給料日はまだ先だから、貯めた12万円に手をつけるときがそろそろ来たようだった。
佐藤はというと、気持ちと方針を切り替えたらしい。
丼の中のスープを一気に飲み干すと、僕に向かって用件を口にした。
「もうご存知かとは思いますが、あのスプーンを持つ女の子と、賭け事や勝負事の場で行動を共にする老人は世界中に何組もいます。その目撃情報を頼りに、私たちはその行方を追ってきました」
いつもの慇懃無礼な口調とはうって変わって、まっすぐに語りかけてくる。
これが別の用件だったら、僕は何の疑いもなく、話に耳を傾けていただろう。
だが、それだけに、聞きもしないで突っぱねなければならなかった。
「……じゃあ、他を当たってください」
佐藤たちの事情なんかどうでもいい。当てがあるなら、そっちへ行ってほしかった。
もっとも、冷たくあしらわれても折れるような男ではない。
再び慇懃無礼な物言いが返ってくる。
「簡単にできるんなら、そうしています。それぞれの女の子が何と呼ばれているかも、リストアップされてますから」
怒りを通り越して、反吐が出そうになった。
なんて変態どもだ。女の子の名前を調べ上げて、こそこそ世界中に追いかけ回しているなんて。
こんな連中の助けを借りてe-スポーツのプロになろうとしていたのが、たまらなく恥ずかしくなった。




