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二人きりの秘密の笑い

 泣いてる女の子にすがりつかれて、僕はその場に固まった。

「板野さん……」

 こんなの初めてだから、身動きひとつできない。

 たとえば背中を撫でてやるなんていう恋愛ドラマの主人公のような器用なマネは、僕にはできなかった。

 そのうえ、泣きじゃくる板野さんは、ものすごい力で僕の身体を抱きすくめる。

「長谷尾さん……長谷尾さん……アタシ……」

 何か、フォローの言葉をかけてあげればいいんだろうけど、これはギャルゲじゃない。

 それらしい殺し文句が、ウィンドウに2つ3つの選択肢で現れてくれるわけでもなかった。

 こんなことを言うのがせいぜいだ。

「ま……まあ……落ち着いて」

 カッコ悪かった……めちゃくちゃ。

 自分で自分が情けなくなる。

 それでも、なんとか板野さんは落ち着いてくれた。

 深い息をついて、僕を見つめる。

「ごめんなさい……どうしちゃったんですかね、アタシ」

 無理やり笑っているのは、見れば分かった。

 胸にズキっときたのは、可愛かったからとかそういうわけじゃない。

 もっと厳しくて重い、何かだ。

 それがつらくて、僕は愛想笑いをしながら後ずさった。

「じゃあ、そういうことで……」

ばっかじゃなかろうか、僕は。

 心の中で、僕自身が僕を張り倒すのを感じた。

そこで話を聞くのが男じゃないか!

 ……と思ったが、板野さんは板野さんでもう、流しの水でバシャバシャ顔を洗っていた。

 その合間に何度も荒い息を継ぎながら、低い声で、ようやくこれだけ言った。

「言い過ぎました……忘れてください」

 それは、遠回しの拒絶だった。

板野さんはもう、僕に何の理解も期待してはいない。

 仕方ないと諦めればすむことなんだろうけど、放っておけなかった。

 やっぱり、何かしないではいられなかった。

「あの……これ!」

「……はい?」

きょとんとした顔で板野さんが見つめているのは、僕が突き出した1枚のふきんだった。

 自分でもよく覚えていないけど、確か、流しのそばの食器カゴにかかってたような気がする。

 ガビガビに乾いて、そのときの形で真っ二つに折れ曲がっていた。

 自分でも、何のつもりだったのか分からない。

「えーと……」

 恥の上塗りというやつだ。

 たぶん、取り乱して、これで涙をふこうとしたのではないかと思い当たった。

 それをごまかそうとして、手にした使い古しの薄いタオルをまじまじと見つめてみたりする。

 板尾さんはぽかんとして、僕を眺めているばかりだった。 

 店のほうで、ゲーム機の派手なBGMや電子音、爆発音が鳴り響いているのだけが聞こえる。

 それを遮ったのは、ためらいがちに板野さんが僕を気遣う言葉だった。

「……長谷尾さん?」

 チャンスだった。

 板野さんの笑いを取るためだったら、僕は裸踊りでも何でもするつもりだった。

 捕まりさえしなければ。

 だから、こんなくだらないボケもやってみせる。

「……臭っ!」

 わざわざフキン近づけた顔を、思いっきり遠ざけてみせた。

「……え?」 

 そのまま板野さんは絶句する。

 だが、僕はボケにボケを重ねる。

「……臭っ! ……臭っ、臭っ!」

 ふきんをカゴの上に放り出して、僕は喚いた。


 ふざけてみせたとかそういうんじゃなくって、冗談抜きの悪臭が鼻の中いっぱいに広がったのだ。

それが口まで降りてきて、何度となく咳きこむ羽目になる。

 しまいには、息ができなくなった。

 板野さんが駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか、長谷尾さん……!

真っ二つに折れた僕の身体に、しなやかな腕を回してくれた。

 柔らかく、優しい感触が背中を撫でる。

 その手は小さかったけど、温かかった。

 ようやく息ができるようになったが、別の意味で胸がどきどきする。

 慌てて身体を起こして、板野さんの腕をすり抜けた。

「あ……ありがとう、もう、いいよ」

「あ……ごめんなさい、つい……」

 密着しすぎたのに気付いたらしく、板野さんは慌てて身体を引き剥がしす、

いつの間にか、僕たちは目を合わせていた。

 見つめ合っているうちに少しずつ気が軽くなって、腹の底から、笑いがふつふつと湧き出してくる。

 僕たちは、お互いに相手よりも高い声を立てないように、くすくすと笑った。

 本当は、大声で笑いだしたかった。

 そうしなかったのは、店内にまで声が漏れそうだったからだ。

何やら「大事な」話をしているらしい店長と佐藤……そして、紫衣里のところにまで。

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