~ 落ちるときは ~
パタパタ…と、服についた土埃の汚れを落とす。
何が起こったのか、理解が追い付かない。
たった今、目の前で次々と男子高校生がボコボコにされて気絶させられた。
一人の、若い女性によって…。
「あーあ、学生服汚して…、母ちゃんに怒られんじゃね?」
「………ぁ、あの……」
「ん?」
「…お姉さんって……」
「あぁ、名前言ってなかった?アイだよ」
アイと名乗った女性は、ほとんど怪我らしい怪我をしていなかった。
格闘技なんて興味もないけれど、それでもその身のこなしが只者じゃないことくらいわかる。
帰り道、なぜか二人並んで歩いているときに聞いてみた。
「…アイさんは、格闘技とかやってたんですか?」
「ん~?いや、別に特に何もやってねーよ?まぁ、自分で鍛えたりはしたけどさ」
「じゃあ、なんであんなに強いんですか?」
「…強さが必要だったから」
普通に生きていくのに、こんな女性が強さを必要とするってどんな人生だったのだろう。
底抜けに明るい雰囲気の女性が、一瞬だけ見せた表情。聞いてはいけないような気がして聞くのをやめた。
「私さ~男運悪くてね(笑)結婚した男も同棲した途端に暴力すごくて。そんときもう腹ん中に子どもいたからさ~産んで別れるまでに相当応戦してたわけよ(笑)」
あ、自分で言っちゃうんですね…。
雪哉の気遣いが無駄になったことに拍子抜けしたが、内容は重いものだった。
「それは…ひどいですね…」
「フフ…お前はやさしい男に育ったな~。弱いくせに、あの瞬間私を庇うなんて思わなかった」
アイは雪哉の左頬をなでる。思い切り殴られたので、大きな痣になってしまっていた。
いつもはパッと見でわからないような腹とか背中とか太ももばかり狙われていたので、さすがにこの痣は親にどう説明しようか…。
それに、アイさんにボコられたあいつらが明日からどんな仕返しをしてくるのか…考えるだけで憂鬱だ。
「まだ、落ちたいと思うか?」
アイの言葉に、落ち込んでいた思考が浮上する。
気がつけば初めてアイと出会ったいつもの歩道橋の上にいた。
「………やっぱり、気付いてたんですね。僕がここから落ちようとしてたこと」
「すげー顔してたからなー」
アイは歩道橋の手すりに寄りかかる。
もう薄暗く、一番星が遠くで輝くのが見えた。
「…落ちたくなったらここで落ちろよ」
「……え?」
とんでもないことを言う人だ。
「他んところでは落ちんなよ。わかったか?」
「……は、はい…」
言ってる内容とは裏腹に、満面の笑みを浮かべる。
でも、もっともらしい説教をされると思っていた雪哉はその言葉がなんだかむず痒く、少しうれしかった。