~ 落ちたかった ~
結局、遅刻した雪哉が教室に着いた頃には一時間目が終わっていた。
移動教室のため、ぞろぞろと教室から出ていくクラスメートと入れ違いに自分の席へ向かい鞄をおく。
「おっはよー上野木くーん!」
「なんだよー遅刻してんなよなー?」
遠慮なく雪哉の肩に腕を回してきたのはクラスメートの青木。雪哉よりも背が高く、自宅で経営しているボクシングジムで幼い頃から鍛えた肉体は、その迫力だけで腰が引けてしまうほど。
腹に軽くパンチを入れているのは澤野。雪哉よりも少し背が低いが大柄で、青木の幼なじみでこちらもボクシングジムの仲間だ。
三人は端から見たら仲の良い友人同士に見える。
しかし…
「もしかして…バックレようとした…なーんてことはねーよなあ?」
肩を組んだ青木が耳元で低くささやく。
「……いや……違います……ごめんなさい」
雪哉はうつ向きながら答える。
「ハハハ!だーよなあ?俺たちオトモダチだもんなあ?」
「アッハッハッ!じゃー例のやつは放課後、いつもんとこで受け取るからよ!ちゃーんと待ってろよな!」
二人は笑いながら教室を出ていった。
「…………」
雪哉は、誰もいなくなった教室で静かに拳を握り締める。
一年の秋頃からだったろうか。
何か理由が合ったわけでもない。
きっかけは些細なこと。
ただ、廊下で目が合った。
そんな何でもないことがきっかけで、雪哉は青木と澤野を含むグループにカツアゲされるようになった。
教師の前では目立つほどではないが、生徒の間では素行の悪さは有名だった。気の弱そうな男子を狙ってお金を巻き上げている。そんな噂は何度か聞いていたが、一年の頃はクラスが違っていたため関心を持たなかった。
乱暴なことを嫌い、ただ平凡に過ごしていただけの雪哉にとっては迷惑この上ない偶然だ。
最初は青木の家のボクシングジムに通わないか?と誘われた。もちろん興味がなかったからやんわりと断った。そしたら腹を殴られた。
ーーーーー
ドッ!
『ッゴフ……っゲホ!ゲホッ!』
『あれ?上野木くーん、冗談だろ?今の軽ーく当てただけだぜ?』
『ゴホッ!ゴホッ!……そんな…ひど…っ』
『いやいや、これはまずいんじゃない?男の子がさー?こんな軽いパンチで大袈裟だよー(笑)なー?澤野?』
『だよなー?もうちょっと鍛えないとさー』
『あ!良かったら俺たちが練習付き合ってやるよ!だから毎月、五万持ってこいよな?』
『ゲホ…な、なんで…』
『え?まさかタダで教えてもらう気?あり得なくね?(笑)』
『いや、そんなことやりたく…』
ドゴッ!今度はもっと強く殴られた。
『っ!!ゴホッ!ゴホッ!…ぅえ…』
『なんか言った?(笑)』
『青木ー上野木くんが、ぜひお願いします!ってさー!』
『あーそっかそっか!じゃー明日から頑張ろーぜ、金は早めに持ってこいよなー?』
ーーーーー
そんなことがあり、もう数ヶ月。
毎月五万なんて小遣いで足りるわけもなく、払えないとひどく殴られた。
仕方なくバイトを始めた。
それでも練習と称して殴られる毎日。
親に心配をかけまいとしてはいるが、体の痛みとバイトの疲労が蓄積して勉強どころではなくなってきている。
入学当初から成績は優秀な方だった雪哉だが、ここ最近はすっかり順位を落としてしまっていた。
そのことで昨夜、ついに親に小言をもらう。
反論する気力も体力もなかった。
もう考えることを放棄してしまいたかった。
そしてついに今朝、あんなことを仕出かしてしまったのだ。
「………やっぱり、今朝落ちてれば良かったな…」
ポツリともらした小さな声は、誰にも届くことはなく。遠くで聞こえる生徒の喧騒にかき消された。