2話「狭間に生きるもの」
目を覚ます。
立とうとするが立てない。体に目を落とすと縄で縛られていた。
「お、おい。誰か、誰かいないのか」
「おお、やっと戻ってきたか」
後ろの方から声が聞こえたので顔だけそちらを向けると、そこには俺をここまで連れてきた男が立っていた。
「おい、これはどういうことだ。なんで縄で縛られているんだ」
思わず声を荒げる。
「落ち着け、すぐ縄を解いてやるから」
そういって男は俺を縛っている縄を解いた。
「なんで俺は縄で縛られていたんだ?」
いきなりこの世界に戻ってきたことへの混乱が、縄で縛られていたという事実とマッチして怒りに変わる。
「お、落ち着いてくれよ。兄ちゃん。ちゃんと理由があるから」
そのとき、後ろの方で座っていた男の一人がうめき声をあげだした。
「ぅうううううううううう」
「まずい、また始まった」
男が急に焦りだす。
「お、おい何なんだよ。いったい何がどうなっているんだよ」
俺が男に疑問をぶつけるが、男は気に留めずうめき声をあげている男の方へと走っていった。
「お、おいゲンさん」
止めようと走っていた男に、俺が向こうの世界に行く直前に話しかけてきた髭の男が声をかける。
「チズルさんはもうだめだ。完全にイっちまった」
髭の男の問いにゲンが答える。
「じゃあ、もう」
「ああ、そうだ」
そういうと、うめき声をあげている男をゲンと髭の男が引きずりながらどこかに連れて行った。
ポツンと取り残された。他にも二人ほど男がいるが二人とも意識を失って縄で縛られている。
これからどうするべきか、なぜ俺は縄で縛られていたのか、果たしてここは安全なのだろうか。様々な考えが頭の中で渦巻く。
そして、向こうの世界での最後の記憶。つまりクリスタに刺された瞬間が思い浮かぶ。
髭の男はこの世界は夢だと言っていた。クリスタと魔王はあっちの世界は夢だと言っていた。
どちらが夢で、どちらが現実なのか。もしくはどちらも夢なのか。じゃあ、どちらも夢なら現実はどこにいるのだろうか。
考えれば考えるほど訳が分からなくなっていく。
なぜクリスタは俺を刺したのか、なぜ俺はさゆりを殺したのか。
「おい、兄ちゃん」
するとゲンが戻ってきた。
「ごめんな、兄ちゃん戻ってきて早々あんなことがあって」
「あの人は何があったんですか。あの人はどこに連れて行かれたんですか」
「まあ、落ち着け実はな………」
ゲンが語ってくれた話によると、ここの人たちはみ、なあっちの世界とこっちの世界を行き来している人たちで、さっきの連れていかれた人はどっちが本当の世界か分からなくなって狂ってしまった人だという。
そして、そういう人たちはたくさんいてここの人たちのほとんどが狂ってしまって死んでいくという。
そして縛られていた理由はあっちの世界に行っている間にこっちの世界では何をするのかわからないため縛っていたのだそうだ。
「お、おいちょっと待ってくれ。ならどっちが本当の世界なんだ?」
「それはな、誰も知らないんだ。あっちが本当の世界かもしれないし、こっちが本当の世界なのかもしれない。もしかしたら、兄ちゃんが俺の夢かもしれないし、俺が兄ちゃんの夢なのかもしれない」
「なる、ほど」
なるほどとは言ったものの全く理解はしていない。
たしかに、ここの人達が狂っていく理由もわかるかもしれない。
これならまだ刑務所に入った方がマシだとさえも思う。
「それで、ゲンさん達はなんでここに集まっているんですか?」
「そりゃあ、行くとこがねえからだよ」
「警察に行けばいいんじゃないですか?」
「バカ言うなっ!」
ゲンが突然声を荒らげる。
「刑務所に入って中で無意識状態になって暴れた時、どう説明するんだ!?刑がどんどん重くなって最悪中から一生出れなくなるんだぞ」
言われてみれば、確かにそうだ。このまま刑務所に入っても関係なくあちらの世界に飛ばされるのなら、刑務所で一生暮らすよりも、惨めにここで暮らす方がよっぽどいいのかもしれない。
そう思った途端、とてつもない絶望感が自分の内側から込み上げてきた。
「え、でもそれってどうしたって詰みじゃないですか」
「ああ」
ゲンは冷静に答える。
「あっちの世界に一回行っちまった以上、俺たちに幸せな未来なんてないんだよ。ここで狂って死ぬか、刑務所で狂って死ぬかしかな」
『絶望』その二文字がこれほど身近に感じられたのはその時が初めてだった。
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