第6話 昭和21年 師走 先斗町
○ 高瀬川 (昭和21年12月 朝)
粉雪が舞っている
美砂子(N)「昭和20年8月15日 長かった 太平洋戦争が終わりました こてんぱんに 負
けた日本に すかさずマッカーサー率いる連合軍が日本各地に駐留しました いわ
ゆる進駐軍です 古都京都も その例外では ありませんでした 終戦から約1ヵ
月後の9月25日 早くも多くの連合軍将兵が入洛しました 比較的 戦災の被害
が少なかった京都は多くの建物がそのまま使える状態で残っていました 進駐軍に
とっては駐留するには格好の街だったのです」
○ 先斗町通り (朝)
人通りはなく 粉雪が舞っている
クレジット(右下に小さく) 昭和二十一年 師走 先斗町
美砂子(N)「昭和21年 その頃の京都の人達は占領下の生活にも慣れ 一応の落ち着きを取
り戻していました しかし 街には進駐軍将兵達が肩で風を切って歩き ジープ
が街を我が物顔で走り回っていました そんな師走のある朝の花街 先斗町」
○ 先斗町置屋「松本」の玄関先 (朝)
引戸ががらがらと開く
小西公三 顔をのぞかせて白い息を吐きながら
公三 「あーさぶ おはようさんどす おはようさんどす お母さん おきたはりまっか
おはようさんどす!」
好江(声) 「へー」
好江の声が 廊下の奥から響く
好江 「いやいや こーさん やないの おはようさん おはようさん」
好江 廊下の奥から現れる
信子 「お母さん おはようさんどす」
信子 公三の後から 顔をだす
好江 「また 信ちゃんまで こんな 朝 早ようから 二人揃ろうて何事どす?」
信子 「すんまへん でも 起きたはって よろしおしたわ」
好江 「今日 何か 早よーに めー覚めてなぁー せっかくやし 今 はなれ 掃除し
てたとこどすにゃ」
公三 「早よ めー覚め はったん? それは 虫の知らせ どすわぁ」
好江 「虫の知らせ・・・ それ どうゆうことどす?」
公三 「それが えらい事どすねん」
好江 「えらいこと? また ウチの子が 何か したんどすか?」
公三 「残念ながら 今日は ちゃいます」
好江 「残念ながらって ほんまに ウチの子とちゃうんどっしゃろな?」
公三 「ちゃいます ちゃいます 今日は ちゃいます」
好江 「それ聞いて ほっとしたわぁ 朝から びっくり させんといて おくれやす」
公三 「すんまへん すんまへん」
好江 「それで その えらいことって 何どすの?」
公三 「それが・・・夕んべ 検番に お役人さんが 来はりましてなぁー」
好江 「お役人さんが?」
公三 「へー それが ちょっと いいにくおすけんど 進駐軍の偉いさんのお座敷で
舞妓はんに踊ってもらえんやろかって お願いにきはったんどすわぁ」
好江 「進駐軍のお座敷・・・ どすか?」
公三 「そうどすにゃ 何でも東京から進駐軍のお偉いさんが 京都に来はるみたいで
是非とも日米友好の為に踊ってくれへんやろかって ゆうてきはったんどすわ」
好江 「それはそうどっしゃろけど ウチの子は親兄弟が戦死したり 空襲でやられた子
ばっかり どすしなぁー 仇の目の前で踊れって そんな酷な事よおゆわんわぁ
ー 見世もんや あるまいし」
公三 「そうどすわなぁー わても お役人さんに無理ちゃいますかって ゆうたんどす
にゃ そうしたら お役人さん 花代やったら いくらでも出す 京都 いや
お国の為やと思うて ちょっとだけでええし 踊ってくれへんやろかって 深ぶ
かと頭をさげはりますよってに そやったら ちょっと相談だけでもしますって
ゆうてしもたんですわぁ」
信子 「それで こーさん 松本のお母さんに何とか頼んでもらえんやろかぁって うち
に 来はったんどすにゃ やっぱり あきまへんわなぁー」
好江 「そうどしたんかいな・・・」
好江 考える
公三 「お役人さん 相当 困ったはったみたいで この さぶいのに 汗 いっぱい
かいたはりましたし」
信子 「多分 他のとこ 断われまくらはったんやと思いますわぁ」
好江 「こーさん? ほんまに ちょっとだけで よろしおすねんなぁー?」
公三 「へー お酌も 何にもせんでええらしおす ぱっぱっと 踊って帰ったら ええ
って ゆうたはりました」
好江 「こーさん? ほんまに 花代 いくらでも出すって ゆわはったんやな?」
好江 考えながら
公三 「へー 確かに」
好江 「よっしゃ わかった!」
信子 「お母さん・・・」
公三 「引き受け はるんどすかぁー?」
好江 「まだ 考えるだけどすけど 京都の為 お国の為 それにお金の為やしなぁー」
信子 「お母さん いっつも お金の話になったら ころっと 変わらはるんやから」
好江 「この ご時世 お金が 神さん どっさかいなぁー」
信子 「よーゆわんわ それで誰に行かそうとおもたはるんどす?」
好江 「舞妓はん だけやったら 心もとないし 誰か芸妓はん 付けたげんとなぁー」
信子 「そうどすなぁー 舞妓はん だけやったら 可哀そおすわぁ」
好江 「その 舞妓はんは まだ子供どっさかい わてが 言いきかしたら 何ともなり
まっけど 問題は付いて行く芸妓はんの方どすなぁー 敵陣に乗り込むんやさか
いに度胸のある子やないとなぁー それに さっきも ゆうたけど芸妓はんは
戦災で苦労した子ばっかりでアメリカはんに恨み持ってる子ばっかりやしなぁ」
信子 「ほんまどすなぁー」
公三 「まぁー 一番 適任とゆうたら やっぱり もみじはん どっしゃろ 京都の色
街広しと言えども あの品のある色気の右に出るもんはおまへんよってに わて
は 日本代表に ふさわしい お方やと思いまっけどなぁー」
信子 「そら うちも そう思います もみやん どしたら 一番 しっかりとしてはり
ますし どんな 難しいお座敷でも波風立てんとちゃんとやらはりますしなぁー
それに舞妓ちゃん みんな もみやんのこと慕とうてるし適任やと思いますわ」
好江 「それは そうと 肝心の その お座敷 いつどす?」
公三 「それが いいにくおすけど 25日 どんにゃ」
好江 「25日? それまた 急な お話 どすなぁー」
信子 「そうどんにゃわぁー それで話の判る お母さんにお頼みに来たんどすわぁー」
好江 「そうかぁー もみやん どすな? ちょっと 日めくり 見てくるわぁー」
好江 奥へと小走りで行く
信子 「そやっ! こーさん? その お座敷 25日どしたな?」
公三 「そうどすけど」
信子 「お母さーん! その日 あの日 どっせー!」
信子 廊下の奥へ 叫ぶ
好江 「そうどした そうどした こーさん もみやん その日 大事なお座敷が入って
るんどすわぁー」
好江 奥から小走りで来る
公三 「大事なお座敷って 何どすかぁ?」
信子 「お母さん こーさんに 言ゆうてよろしおすかぁ?」
好江 「そうどすなぁー まだ ちょっと 早いけど どうせ判ることやし まぁ こー
さんにも いずれ お世話にならんとあかんし よろしおすやろ」
信子 「こーさん これ まだ絶対 誰にもゆうたらあきまへんえ お約束出来まっか」
公三 「約束しま 約束しま」
信子 「ほんまどすかぁー?」
公三 「ほんまどすって 信用してくれなはれなぁ こないだも鈴屋の市福はんが お座
敷で おいどめくらはったこと 誰にも言ゆうてまへんし」
信子 「うち そんな事 初耳どっせ なぁーお母さん」
好江 「ほんま ほんま」
公三 「あっ そう どしたかいなぁー しもたー 言ゆうてもたぁー」
公三 頭を掻く
好江 信子笑う
好江 「こーさん ゆうとくけど これは まだ 決まったことと違いますしな」
公三 「・・・」
好江 「その お座敷のお相手は・・・」
公三 「その お相手は?」
と公三 唾を飲み込む
好江 「そのお方て言ゆうのは 山岡はんどす」
公三 「山岡はん・・・山岡はんって まさか あの!」
好江 「そうどす」
公三 「あの 山岡宗太郎はんどすか?」
好江 「そうどんにぁ」
公三 「へー あの 山岡宗太郎はん どすかぁー 最近 ちょこちょこ お忍びで京都
に 来たはるとは お聞ききしてましたけんども もみじはんのお座敷どしたん
かいな まさか 姉さんとこの?」
信子 「そうどしたんや こーさん くれぐれも どなたにも ゆうたらあきまへんえ
まぁ もみやんも 山岡はんのこと 気に入ったはる みたいやし おめでたい
話どすわ」
好江 「でも まだ 大本営発表 どっさかいな」
公三 「大本営発表・・・ それって まだ どうなるか判らへんちゅうことどすかぁ」
好江 「こんどの お座敷 次第どすなぁー」
公三 「お座敷 次第? それ どゆうことどす?」
好江 「今度のお座敷は 宗太郎はんやのうて 宗太郎はんの奥方となんどす」
公三 「えっ? それどうゆうことどす?」
好江 「奥方と二人っきりでお食事して もみやんが奥方に認めてもうて 杯を酌み交わ
す ことが出来たら めでたく 交渉 成立って こととどすにゃ」
公三 「へー これも びっくり どすなぁー」
信子 「さすが 山岡宗太郎の奥方やろ」
公三 「へー 肝の据わった お方どすなぁー そおどしたら それに合格したら もみ
じはんは 晴れて奥方公認のお妾はんに ならはるんどすかぁー」
好江 「そうどすなぁー まぁ もみやん 色んな ご贔屓はん 持ってるし それで
奥方 もみやんに めーつけはったんどっしゃろ」
信子 「そうどすなぁー まるで 山之内一豊の妻みたいどすなぁー まぁ もみやんも
奥方に認めてもうたら 胸張って暮らしていけるし おめでたいことどすなぁー
もみやんやったら 甲種合格 間違いなしどすわぁー」
好江 「と言う訳で もみやんは あきまへんのや」
信子 「他に 言ゆうたら 市梅はんはどないどす」
好江 「あの子 田舎のお父さんがぐわい悪るうて 明日から丹波に 帰しまんにゃ」
信子 「そうどすかぁー 後ゆうたら・・・豆佳はんはどないどす」
好江 「あの子も こないだからえらい風邪ひいてしもうて 熱だして寝てはるんどす」
公三 「後 言ゆうたら? 春ちゃんは・・・」
好江 「春ちゃんは まだ 若いし こころもとないわぁー」
信子 「後 無難に 踊れる子ゆうたら・・・」
公三 「ゆうたら?」
信子 「あの子しかおまへんなぁー」
公三 「えっ! あの子ってまさか 頭に こが付くお人どすかぁー?」
信子 「そうどすなぁー」
好江 「にわか仕込みの 芸伎はんどすけど あの子 感がええんか ちょっと お稽古
したぐらいで なんとのーやけど すぐ踊れるんどす」
公三 「それは そうどすけんども あきまへん あきまへん あの お人だけはあきま
へん!」
信子 「うちも そう思いまっけど 他にいいひんしなぁー まぁ 度胸だけやったら
あり過ぎるほど ありまんもんなぁー」
公三 「あのお人は もみじはんとは正反対で物事がまるー収まるもんでも しかくー
しはる 特殊能力を持ったお人どっせ もし 行かはったら日米友好どころか
又 真珠湾どっせ いくら度胸あるか知りまへんけど わては絶対に反対どす」
好江 「そやかて うちとこ他にいいひんしなぁー あの子 あかんかったら このお話
は お断りせんとあきまへんなぁー」
公三 「そうどっかぁー困ったなぁー そや! 姉さん 行って もらえまへんか?」
公三 信子を見る
信子 「う うちかいな? 公さん てんご ゆわんといておくれやす!」
平八 「顔 真っ白けに塗ったら 遠目やったら判りまへんって それに年の功で度胸も
お持ちやし」
信子 「アホ! なにが 年の功どす! 失礼な!」
信子 公三の肩を叩く
好江 「しゃーないなぁー・・・ そやっなぁー 付き添いに春ちゃん出すわぁ あの子
春ちゃんと だけとは何か気が合うんか 仲ええし あんまり無茶な事せんよう
に 春ちゃんに よー頼んどくし」
信子 「そーどすなぁ あの子 見た目だけどしたら もみやんに負けず劣らず ほんま
べっぴんさん どすもんなぁー」
公三 「喋っべったらあきまへん 喋ったら 京都色街 広と言えども 口が悪いのは
天下一品どすし 怒ったら すぐ 河内弁で ワレ いてもうたろかぁー!
どっしゃろ 当日は 一言も しやべらん様に 口に洗濯ばさみ 挟んどいてお
くなはれ」
好江 「とにかく あの子には うちから よー言うとくし あの子に決めまひょ」
信子 「まぁ 踊るだけやし 第一 あの子が喋ってもアメリカはん 何ゆうてるか判り
まへんやろ 春ちゃんが 着いててくれはるんどしたら大丈夫どっしゃろ そう
しときまひょ」
公三 「そうしときまひょって 姉さん・・・ そうどっかぁー 仕方がおまへんなぁー
それから お役人さん この事は 絶対 誰にも ゆわないようにと 念 押さ
はりましたし」
好江 「お忍びのお座敷どすかいな?」
信子 「こーさん あんたはんが一番 危ないどす 口に洗濯バサミ挟んどきなはれや」
公三 照れ笑いして頭を掻く
好江 「それはそうと 後は あの子を 説得するのが 一苦労どすわぁー」
○ 高瀬川 (朝から夜へ)
水面の粉雪が落ちている 次第に暗くなりネオンの灯りが水面に揺れている