第29話 涙のラストダンス
○ とある路地裏 (東山区本町付近 平成 昼)
新しいアパートと木造の古いアパートが混在して立ち並んでいる
美砂子 少女 アパートの前で並んでしゃがみ込んで猫に餌をやっている
猫 餌を食べている
美砂子 「ねえ 名前なんて言うのかな?」
少女 猫の頭を撫でて首を傾げる
美砂子 「あー この子じゃなくて 君のお名前は?」
少女 美砂子の顔を見て微笑む
○ 高瀬川の水面 (昭和34年8月16日 夜)
ネオンの七色の光が水面に揺れている
○ キャバレー ラッキーの正面玄関
数人の男女の客が楽しそうに出て行く
○ キャバレー ラッキーのホール
客 ホステス達 メインステージが終わり歓談している
真由美 リンダ ホールから出ようとする
支配人 「ちょっと 君達!」
真由美 リンダ 振り返る
支配人 リンダに
支配人 「あんた 歌えるか?」
リンダ 「・・・」
支配人 「いやな 今 女の子で歌える子 捜してんねんけどな もし 良かったら
試しに 歌てみいひんか?」
リンダ 驚いて
リンダ 「今?」
支配人 「そうや あかんか?」
リンダ 「・・・」
支配人 「ちょうど お客さん 退屈しかけてるし・・・ そや! 一人で無理やったら
マーボーと どや?」
リンダ 「マーボーと?」
真由美 「リンちゃん ちょうど ええやん! 歌いいいや!」
支配人 「ちょうど ええって?」
真由美 「リンちゃん 将来 歌手になりたいんです」
リンダ うなずく
○ キャバレー ラッキーのホール
客 ホステス達 歓談している
豆千代 初老の男と談笑している
豆千代 席を立つ
○ キャバレー ラッキーのトイレ前
豆千代 トイレから出て来て席へと向かう
雅幸 豆千代に後から
雅幸 「あー チヨさん?」
豆千代 無視して歩いて行く
雅幸 駆け寄る
雅幸 「き 来てくれて ありがとう・・・」
豆千代 驚いて振り返る
雅幸 赤いリボンが付いた小さな箱と手紙を差し出し
雅幸 「こ これ・・・」
豆千代 「なんどすか?」
雅幸 「こ こないだのお礼・・・」
豆千代 「こないだ・・・ なんどしたかいなぁー?」
雅幸 「もう いじめんといてよー こないだ 楽しかった また おおてくれる?」
豆千代 「またって? あんたはんとは 今 初めてお会いしたと思いますけど・・・」
雅幸 「・・・」
豆千代 冷たい目で
豆千代 「人違いとちゃいまっしゃろか?」
雅幸 「・・・」
豆千代 「うち どなたはんからのご紹介がないとお会いでけへんのんどすけど・・・」
雅幸 「・・・」
豆千代 「いちげんさん お断りなんどすねんわぁー すんまへん」
豆千代 歩いて行く
雅幸 「・・・」
豆千代 振り返り
豆千代 「それに うちの花代 たこおまっせー 坊っちゃん 立派な歌い手はんになって
お金 稼いだら お座敷にでも呼んでおくれやす」
雅幸 「・・・」
豆千代 冷たい目で
豆千代 「ほな お客さん お待ちどっさかいに・・・」
豆千代 会釈して 席へと歩いて行く
雅幸 呆然と立ち尽くす
ジャズが流れる
○ キャバレー ラッキーの廊下
雅幸 真由美 リンダ 泰史 和夫の前を呆然と歩いて行く
泰史 「マ マボー お疲れ・・・って あいつ どないしてん?」
真由美 リンダ 泰史 和夫 首を傾げ雅幸を見送る
○ キャバレー ラッキーの裏口(外)
雅幸 飛び出して来る
○ 高瀬川に架かる小橋の上
雅幸 うな垂れて橋の欄干に座り 赤いリボンのついた小さな箱を見つめている
真由美(声)「お疲れさん!」
雅幸 顔を上げる
真由美 微笑んで立っている
雅幸 「う うん・・・」
真由美 雅幸の隣に座る
雅幸 「・・・」
真由美 「上手やったよ」
雅幸 「えっ?」
真由美 「歌やん! お客さん みーんな喜んだはったやん!」
雅幸 「そ そやった?」
真由美 「そやったって? なんや 覚えてへんの?」
雅幸 うなずいて
雅幸 「う うん・・・ 緊張し過ぎて 覚えてへん・・・」
真由美 「デビュー おめでとう!」
雅幸 小声で
雅幸 「あ ありがとう・・・」
真由美 「何や 元気ないなぁー 疲れきったん?」
雅幸 「そ そんな事ないけど・・・」
真由美 雅幸が持った赤いリボンのついた小さな箱を見て
真由美 「それ何?」
雅幸 「えっ?」
真由美 「判った! ファンからのプレゼントやろ!」
雅幸 慌てて箱を後ろに隠す
雅幸 「そ そんなんちゃうよ!」
真由美 「うちも 何かお礼せんと・・・」
雅幸 「お礼?」
真由美 「うん 今日 入れてくれた お礼・・・」
雅幸 「そ そんなんええよ・・・」
○ キャバレー ラッキーの裏口(外)
ドアが開いて 支配人が顔を出し叫ぶ
支配人 「なんや こんなとこにおったんかいな!」
○ 高瀬川に架かる小橋の上
雅幸 真由美 欄干に座っている
雅幸 立ち上がり
雅幸 「な 何ですかぁー?」
○ キャバレー ラッキーの裏口(外)
支配人 ドアから顔をでして
支配人 「お疲れのとこすまんけどなぁー もう一曲 歌てくれへんかぁー」
雅幸 真由美 来る
雅幸 「ど どうしたんですか?」
支配人 「いやな チークタイム始まったら お客さんが どうしても マーボーの歌で
踊りたいって言わはってな」
雅幸 「ぼ 僕の歌でですか?」
支配人 「そやねん リンちゃんと デュエットどや?」
雅幸 驚いて
雅幸 「リンちゃんと?」
真由美 「マーボー 歌いーさー! うち 聞きたいわぁー」
雅幸 「う うん・・・」
○ キャバレー ラッキーのステージの袖
雅幸 支配人 立っている
支配人 「あの芸妓はんや」
雅幸 「えっ?」
○ キャバレー ラッキーのホール
豆千代 初老の男と談笑している
○ キャバレー ラッキーのステージの袖
雅幸 支配人 立っている
支配人 「あの芸妓はんが マーボーの歌で踊りたいって言わはったんや」
雅幸 豆千代を見つめる
雅幸 「・・・」
○ キャバレー ラッキーのホール
客 ホステス達 メインステージが終わり歓談している
豆千代 初老の男と談笑している
暗くなり テネシーワルツ イントロ(アコースティックギター)が流れミラーボールが回る
○ キャバレー ラッキーのステージ
雅幸 リンダ マイクスタンドの前に立っている
○ キャバレー ラッキーのホール
客 ホステス達 立ち上がりダンスホールへと移動する
初老の男 豆千代の手を取り ダンスホールへと移動する
○ キャバレー ラッキーのステージ
雅幸 リンダ マイクスタンドの前に立っている
雅幸 豆千代を目で追って歌い出す
テネシーワルツ
I was waltzing with my darlin'
To the Tennessee waltz
When an old friend I happened to see
I introduced her to my loved one
And while they were waltzing
My friend stole my sweetheart from me
○ キャバレー ラッキーのダンスホール
ミラーボールの光が回る
客 ホステス達 チークダンスを踊っている
初老の男 豆千代を抱き締めてチークダンスを踊り出す
さりにし夢
あのテネシー・ワルツ
なつかし愛の唄
面影しのんで 今宵もうたう
うるわし テネシー・ワルツ
○ キャバレー ラッキーのステージ
雅幸 豆千代を見つめて歌う
思い出 なつかし あの テネシー・ワルツ
今宵も ながれくる
別れた あの娘よ いまはいずこ
呼べど 帰らない
○ キャバレー ラッキーのダンスホール
ミラーボールの光が回る
○ 回想 白川沿いの道 (知恩院門前)
青々とした 柳並木
豆千代 雅幸 自転車に乗っている(二人乗り)
雅幸 こいでいる
二人 風を受けている
○ キャバレー ラッキーのステージ
雅幸 豆千代を見る
○ キャバレー ラッキーのダンスホール
豆千代 初老の男の胸に顔を埋めてチークダンスを踊っている
I remember the night and the Tennessee waltz
Now I know just how much I have lost
Yes, I lost my little darlin'
The night they were playing
The beautiful Tennessee waltz
○ 回想 東大谷 石畳の参道
流れるテネシーワルツ
雅幸(自転車を押している) 豆千代 ラムネを飲みながら歩いている
○ キャバレー ラッキーのステージ
雅幸 哀しそうな顔をして リンダと見つめ合い歌う
○ 豆千代の顔
流れるテネシーワルツ
初老の男の胸に顔を埋めて泣いている
○ 回想 八坂神社 本殿
流れるテネシーワルツ
雅幸 豆千代 人混みの中 八坂神社の本殿で鈴を鳴らして手を合わせる
豆千代 雅幸が祈ってる顔を覗き込む
○ キャバレー ラッキーのステージ
雅幸 リンダ 見つめ合い歌う
○ 豆千代の顔
流れるテネシーワルツ
初老の男の胸に顔を埋めて泣いている
○ キャバレー ラッキーのステージ
雅幸 リンダ 見つめ合い歌う
○ 回想 八坂神社境内
流れるテネシーワルツ
雅幸 スマートボールをしている
豆千代 横で応援している
○ 回想 八坂神社境内
流れるテネシーワルツ
雅幸 豆千代 射的をしている
雅幸 的の人形をはずす
豆千代 的の人形を落とす
豆千代 飛び跳ねて喜ぶ
○ 豆千代の顔
流れるテネシーワルツ
初老の男の胸に顔を埋めて泣いている
○ 回想 八坂神社境内
流れるテネシーワルツ
雅幸 豆千代 小鳥占いをしている
小鳥が小さな参道をちょんちょんと進んでいき 鈴を鳴らして階段を上ってお宮の扉を開けて
中からおみくじを取りだして持ち帰って来る
雅幸 渡された おみくじを開ける
雅幸 うな垂れる
豆千代 雅幸を慰める
○ 回想 八坂神社境内
流れるテネシーワルツ
雅幸 桜の枝に おみくじを結ぶ
豆千代 手を叩き 拝む
○ キャバレー ラッキーのステージ
雅幸 リンダ 見つめ合い歌う
○ 回想 鴨川の土手
流れるテネシーワルツ
雅幸(自転車を押している) 豆千代 楽しそうに鴨川の土手を歩いている
前から 芸伎が歩いて来て 豆千代 雅幸にしがみ付き雅幸の後ろに隠れる
○ 豆千代の顔
流れるテネシーワルツ
初老の男の胸に顔を埋めて泣いている
○ 回想 四条通り
流れるテネシーワルツ
大勢の人が 楽しそうに行き交っている
雅幸(自転車を押している) 豆千代 歩いている
豆千代 質屋のショーウインドウの前に立ち止まってショーウインドウを覗き込む
雅幸 立ち止まり ショーウインドウをのぞき込む
○ キャバレー ラッキーのステージ
雅幸 リンダ 見つめ合い歌う
○ 回想 質屋のショーウインドウの中
流れるテネシーワルツ
真珠のネックレス
○ 豆千代の顔
流れるテネシーワルツ
初老の男の胸に顔を埋めて泣いている
○ 回想 木屋町通り
流れるテネシーワルツ
雅幸(自転車を押している) 豆千代 歩いている
夕日が2人を染めている
○ キャバレー ラッキーのステージ
雅幸 リンダ 見つめ合い歌う
○ 回想 木屋町通り
流れるテネシーワルツ
雅幸(自転車を押している) 豆千代 歩いている
夕日が2人を染めている
○ 豆千代の顔
流れるテネシーワルツ
初老の男の胸に顔を埋めて泣いている
○ 回想 木屋町通り
流れるテネシーワルツ
豆千代 目に涙を溜め にっこりと微笑み 背を向けて歩いて行く
豆千代 白いハンカチを振る
○ キャバレー ラッキーのステージ
雅幸 リンダ 見つめ合い歌う
I remember the night and the Tennessee waltz
Now I know just how much I have lost
Yes, I lost my little darlin'
The night they were playing
The beautiful Tennessee waltz
○ 高瀬川の水面
流れるテネシーワルツ
ネオンの七色の光が水面に揺れている
○ 病室の窓 (平成 春 朝)
流れるテネシーワルツ
窓の外 桜の花びらが散っている
ピッピッピッ・・・(ベッドサイドモニタの音)
○ 四条烏丸 GHQ司令部前(昭和26年 春 昼)
流れるテネシーワルツ
マシュー(軍服) 玄関から出て来て衛兵に敬礼して車に乗り込む
○ 車内
流れるテネシーワルツ
マシュー 車窓を見つめている
○ 木屋町通り
流れるテネシーワルツ
桜並木の道路をマシューを乗せた車が走る
○ 車内
流れるテネシーワルツ
マシュー 車窓を見つめている
○ 高瀬川
流れるテネシーワルツ
キラキラ光る水面に桜の花びらが落ちて行く
○ 車内
流れるテネシーワルツ
マシュー 小鶴からもらったお守りを握り締める
○ 車窓
流れるテネシーワルツ
桜並木が遠ざかって行く




