第2話 モノクローム
○ 木屋町通りのとある路地裏 (夕)
美砂子 一軒のカフェの前で立ち止まって道路脇の看板を見る
「ノスタルジア nostalgia」
美砂子 「ここかしら・・・」
美砂子のスマホが鳴る
美砂子 「もしもし」
電話の声(早紀 京都弁)
「美砂子? もう着いたー?」
美砂子 「うん 今 ちょうど お店の前」
電話の声 「ごめん 今 仕事終わったとこやねん すぐ行くし ちょっと待ててー」
美砂子 「わかった」
美砂子 電話を切る
○ 同カフェの店内入口
ドアが開き美砂子入って来る
ジャズが流れている
平井リカ テーブルを拭いている
リカ 「いらっしゃいませ お一人様ですか?」
リカ 美砂子を見る
美砂子 「待合わせで 後でもう一人きます」
リカ 「そうですか では こちらの席へどうぞ」
リカ 美砂子を奥の窓際のテーブル席へと案内する
リカ 「ご注文はどうされますか?」
美砂子 「それじゃ・・・温かいコーヒーお願いします」
リカ 「ホットですね」
リカ 奥へと消える
美砂子 店内を眺める
店内 アーリーアメリカン調で古いハリウッド映画のポスターや俳優の写真 オールディーズの
シンガーの写真等が飾ってある
美砂子 窓の外の高瀬川を眺める
美砂子 何気なく席の横に飾ってある一枚のモノクロ写真を見る
○ モノクロ写真
軍服を着た白人と芸者が座敷で並んで座っている
軍人も芸者も無表情である
○ 同店内
美砂子 写真を見つめている
リカ 「ホット お待たせしました」
リカ テーブルにコーヒーを置く
美砂子 びくっとして
美砂子 「あ ありがとう」
○ 同店内
× × ×
美砂子 両手でコーヒーカップを持って写真を見つめている
早紀 「美砂子? やっぱり 美砂子やんなぁー?」
松倉早紀 席の脇に立って美砂子の顔をのぞき込む
美砂子 びくっとして
美砂子 「早紀? 久しぶり!」
早紀 あわただしく美砂子の向いの席に座る
早紀 「ずっと 探しててんで 何回 ここ通り過ぎたか その頭 どないしたん?」
美砂子 「あたま?」
早紀 「あたま あたま えらい バッサリ 切ったなぁー それに茶髪にして ぜんぜん
判らへんかたわぁー」
美砂子 「そうだね」
早紀 「美砂子 ゆうたら 長い黒髪のイメージしかないもん」
美砂子 「実は 昨日まで そうだったんだ」
早紀 「昨日まで?」
美砂子 「昨日 切っちゃった」
早紀 「昨日?そうかぁー 女が髪切る時は 新しい恋を始める時って ゆうやん」
美砂子 「それは まだ早すぎだよ」
早紀 「それにしても 別人やなぁー これは 道でおおても 判らへんわぁー」
美砂子 「その別人になりたかったの それとあの長い黒髪 何か呪わてるような気がして」
早紀 「呪わてるって?」
美砂子 「最近 悪いことばかりだもん ここまで続くと髪のせいにでもしたく なっちゃう
よ」
早紀 美砂子が持っているコーヒーを見て
早紀 「なんやコーヒー飲んでるん 喉 渇いたぁー ビール 飲めへん?」
美砂子 「ここ カフェでしょ」
早紀 「ここ 夜はレストランになんねん 生でええかぁ? お姉さん!」
早紀 リカに手を挙げる
リカ 「はい!」
リカ来る
早紀 「生中二つと・・・後 オムライス 食べる?」
美砂子 「オムライス?」
早紀 「ここの オムライス 美味しいでぇー」
美砂子 「いいけど・・・」
早紀 リカに
早紀 「後 デミグラスオムライス 二つ」
リカ 「あ はい デミグラスオムライスと中ジョキお二ずつですね」
リカ 首をかしげながら奥へと行く
美砂子 「早紀は 変わらないね」
早紀 「変わらへんて?」
美砂子 「そうやって 人の事 おかまいなしに何でも勝手にぽんぽん決めちゃうところ」
早紀 「昔から 美砂子に 聞いてたら あれしょーかな これしょー かなって 迷って
えらい時間かかるし イライラすんねん」
美砂子 「悪かったわね 優柔不断で」
早紀 「でも 男も ぽんぽん決めすぎて おかげで バツ3やけどな」
美砂子 「でも よく 3回も結婚したね」
早紀 「惚れぽいんやな すぐ好きになってしまうねん」
美砂子 「でも よく 3回とも離婚したね」
早紀 「ほっといてくれるかぁー 一回目は旦那の浮気 元カノと続いとってん そいで二
回目の旦那はアル中で 最後も浮気 それも 私の支店の子とやでぇー その時は
マジ 修羅場やったわぁ ほんま 私って 男運 悪いわぁー」
早紀 手を叩いて大声で笑う
美砂子 「やっぱ 京都に来て良かった 昔から落ち込んでる時 早紀に会うと何かほっとす
るもん」
早紀 「ありがとう ありがとう 私って癒し系やろ?」
美砂子 「自分で言うかなぁー」
二人笑う
早紀 「それはそうと あんた 大変やったなぁー」
美砂子 「う うん」
早紀 「やっぱ 離婚するん?」
美砂子 「今日した」
早紀 「何それ!」
美砂子 「新幹線の中で離婚届に 印鑑 押して さっき速達で 彼に 送ったとこ」
早紀 「そうかぁー やるやるとは聞いてたけどあんたもやんなぁー 不倫ってまぁ 最近
めちゃ流行ってるし 珍しいことちゃうけど」
美砂子 「そ そうだね」
リカ ビールを持ってくる
リカ 「おまたせしました 中ジョキでございます」
リカ 美砂子と早紀の前にジョキを置く
泡立つ ジョキ
早紀 「オーケー!ありがとう!」
早紀 笑顔でリカに右手の親指を立てる
早紀 「でも なんで 美砂子まで 不倫したん?」
リカ 妙な顔をして首をかしげ奥へと行く
美砂子 恥ずかしそうに
美砂子 「不倫 不倫って あんまり大きな声で言わないでよ 恥ずかしいよぉー」
早紀 「ゴメン ゴメン それはそうと 先ずは乾杯しょ ドロドロした話は美砂子
酔わしてから ねほりはほり よー聞くし」
美砂子 「ドロドロって して・・・ してるか 酔わないと話せないかもね よーし
今日は飲むよぉー」
美砂子 早紀 ジョキを持ち上げる
早紀 「離婚 おめでとう! カンパーイ!」
早紀 大声で叫ぶ
周りの席の客 二人を変な目で見る
美砂子 「もう!早紀!」
美砂子 恥ずかしそうに早紀をにらむ
早紀 「ゴメーン!」
美砂子 「もう!」
美砂子 微笑み ビールを飲む
美砂子 「冷たぁーい!」
早紀 「かぁー 生き返ったー 胃袋に 染みわたるわぁー」
美砂子 早紀 ジョッキをテーブルに置く
早紀 「それで 旦那はまだ彼女と続いてるん?」
美砂子 「わかんない」
早紀 「美砂子は 別れたん?」
早紀 ビールを飲む
美砂子 「そのつもり」
早紀 「つもりって・・・ 相手に今の家庭 捨てて美砂子と一緒になる気がないんやった
ら早よ別れた方がええでぇ そのうち地獄見るでぇー」
美砂子 「もう見てる」
美砂子 ビールを飲む
早紀 「旦那の浮気が原因で美砂子も不倫したん?」
美砂子 「何か寂しかったの 子供も出来なかったし 彼は家に帰って来ないし 周りに早紀
みたいに何でも話せる友達もいなかったし 彼が不倫してるって判った時 本当に
スカイツリーから飛び降りて死にたかったんだからね そんな時 取材先で 知り
合った彼に優しくされちゃたの」
美砂子 ビールを飲む
早紀 「そうかぁー 辛かってんな・・・」
早紀 ビールを飲む
美砂子 「うん 私も初めは恋愛感情とかなかったんだけどね・・・ ずーと 不倫していま
った事に 自分を 責めてたんだ」
早紀 「美砂子 真面目やもんな」
早紀 ビールを飲む
美砂子 「うん・・・」
美砂子 ビールを飲む
早紀 「美砂子って 中途半端に美人やん」
早紀 ビールを飲む
美砂子 「ねー 中途半端ってなによ!」
早紀 「何か中途半端に ハーフっぽいやん」
早紀 ビールを飲む
美砂子 「ハーフ? やっぱ そう見える?」
早紀 「朝まで 飲んだ時 よう ゆわれてたやん」
美砂子 「朝まで? 何て?」
早紀 「髭 生えて 来たでって!」
美砂子 「そっちの方のハーフ? ひどーい!」
美砂子 ふくれて ビールを飲む
早紀 「でも 美砂子が寂しい顔してたら 男は ほっとかへんと思うわ」
美砂子 「アフターフォロー ありがとう」
美砂子 ビールを飲む
早紀 「で これからどないすんのん?」
早紀 ビールを飲む
美砂子 「わかんない」
美砂子 ビールを飲む
早紀 「そらそやな 今日 離婚したてのほやほややもんな」
美砂子 「そだね」
美砂子 ビールを飲む
早紀 「仕事はどないするつもりなん?」
美砂子 「それも わかんない」
早紀 「あー そうそう あれ もう あれ諦めたん?」
美砂子 「あれって?」
美砂子 ビールを飲む
早紀 「シナリオ・ライターやん それになりとおて会社 辞めてんやろ?」
美砂子 「そうだったね」
早紀 「美砂子 同期の中でも いっちゃん期待されてたやん 辞めるって聞いた時は
みんな 目が 点やったで」
美砂子 「そうだね あの時 我慢 出来なくなったの」
早紀 「我慢できひんかったて?」
早紀 ビールを飲む
美砂子 「あの頃 見た 映画で こんなセリフがあったの 人って やってしまったことは
後悔しないけど やらなかったことには 後悔してしまうって それ聞いて よし
今だと思って思い切って辞めたんだ」
早紀 「で もう その映画 諦めたん?」
早紀 ビールを飲む
美砂子 「どうだろ わかんない 決して 今の仕事に満足してる訳じゃないけど もう年だ
し いまさらって感じかな それに 才能もないしね」
リカ オムライスを持ってくる
リカ 「デミグラスオムライスでございます」
リカ 美砂子と早紀の前にオムライスを置く
美砂子 「わぁー 美味しそう」
早紀 「ビール おかわりする? それか チュウハイか なんかにする?」
美砂子 「うううん まだ ビールでいいよ 今日は 飲むぞー!」
早紀 リカに
早紀 「ビール おかわり お願いしまーす!」
リカ 「はい 中ジョキ お二つでよろしいですか?」
と早紀 美砂子に
早紀 「大にする?」
美砂子 「まだ 早いよ」
早紀 「マジ 飲む気やな 今日は離婚記念日やもんな ヨッシャー 飲むぞー 今日は
乱れよ 乱れよ!」
早紀 リカに
早紀 「取りあえず 生中 二つ」
リカ 「取りあえず 中ジョッキお二つですね」
リカ 空いたジョッキをトレーに乗せる
早紀 「そうそう 取りあえず え?」
リカ にっこりと微笑み 奥へと行く
美砂子 「あー いい匂い 食欲なくって 新幹線の中でパンかじっただけだったんだ」
早紀 「何や お昼 食べてないん?」
美砂子 「う うん 何か 急に食欲出てきた お腹へったぁー 涙腺 やばいよー 涙が出
ちゃう 頂きまーす!」
美砂子 スプーンでオムライスを口に入れて
美砂子 「うーん 美味しいー 玉子 ふわぁふわぁ こんな美味しいオムライス初めてだよ
ー」
早紀 「そやろ そやろ めちゃ 美味しいやろ」
早紀 スプーンでオムライスを口に入れて
早紀 「このデミグラスソース ここのオーナーさんの特製なんやて」
美砂子 「そうなんだ」
美砂子 スプーンでオムライスを口に入れる
早紀 「何でも ここのオーナーさん イタリアで修業したはったんやて」
早紀 スプーンでオムライスを口に入れる
美砂子 「へー どうりで 本場の味だね」
早紀 「本場の味って 美砂子 本場の味 知ってるん?」
美砂子 口を動かしながら
美砂子 「うううん 知らなぁーい」
早紀 「美砂子も その タカラズカ見たいな あたま以外 ぜんぜん 変わらへんな」
早紀 スプーンでオムライスを口に入れる
美砂子 「何が?」
と美砂子 スプーンでオムライスを口に入れ 夢中に食べる
早紀 「もうええわぁ」
早紀 ビールを飲む
早紀 「ここのオーナーさんな 初め京都の老舗ホテルにいはったんやて」
美砂子 「へー」
美砂子 口を動かしながら うなずく
早紀 「でもな そのホテルが外資に買収されて そこのやりかたが肌に合わんかった何か
で辞めはったんやて」
美砂子 「ふーん」
美砂子 口を動かしながら うなずく
早紀 「ちょうど その時 ここで 洋食屋さん やったはった お父さんが 癌で倒れは
って 後継いで ここオープンしはったんやって」
美砂子 「へー」
美砂子 口を動かしながら 店内を見渡す
大勢の客で賑わっている
美砂子 「イタリアンのわりにはアメリカンだけど 雰囲気いいね」
美砂子 ビールを飲み モノクロ写真に目を移す
美砂子 「ねえねえ、早紀? この写真なんだろう? 古い映画のスチールかな こんな映画
あったかなぁー」
早紀 「どれー」
早紀 テーブルから乗り出し写真を見る
○ モノクロ写真
座敷で芸妓と外国の軍人が並んで写っている
2人とも無表情である
○ 同店内
早紀 「古そうな 写真やなぁー 芸者と金髪の軍人? さぁー・・・ 美砂子 この写真
気に何のん?」
美砂子 「ちょっとね 後で ネットで調べてみる 写メ 撮っとこ」
美砂子 スマホでモノクロ写真を撮る
美砂子 「それにしても 早紀 そんな事 良く知ってるね」
美砂子 スプーンでオムライスを口に入れる
早紀 「そんな事って?」
早紀 スプーンでオムライスを口に入れる
美砂子 「オーナーさんのことよ」
早紀 「まぁな 実は 私 ここの オーナーさんのファンやねん」
美砂子 「ファン?」
早紀 「男前やでー それに乙女心に染みわたるような渋い声なんよぉー」
リカ ビールを持って 早紀の横に 立っている
リカ 「おまたせしました 中ジョキでございます」
早紀 驚いて
早紀 「あ ありがとう・・・」
リカ 美砂子と早紀の前にジョキを置く
泡立つ ジョキ
リカ 奥へ行く
早紀 「聞かれたかなぁー」
美砂子 「聞かれたんじゃない」
早紀 「あの子 立ち聞きは ないよなぁー 立ち聞きは あぁー 恥ずかし!」
早紀 リカの後ろ姿を にらんでビールを飲む
美砂子 「ところで そのオーナーさんって お幾つぐらいなの?」
美砂子 ビールを飲む
早紀 「あぁ 歳? ぱっと見 落ち着いて見えるけど たぶんアラサー ちゃうかな」
早紀 ビールを飲む
美砂子 「そう 若いのね それで 独身?」
早紀 「そうみたいやけど・・・」
美砂子 「そう 本当にいい男だったら パクッて喰っちゃおうかなー 私って中途半端でも
美人だしねぇー 影 出しちゃおかっなぁー」
美砂子 微笑み ぺろっと舌を出す
早紀 美砂子の顔をのぞき込む
美砂子 「何? 何よ!」
早紀 「今日 離婚したばっかりで不倫相手とも まだグレーやのに よおゆうわ」
美砂子 ビールを飲み
美砂子 「成長したのよ 人生 一度っきりなんだし いろんな人と恋愛しないとね 愛せな
くなった人と スライムみたいに だらだら 一緒にいるより いい男がいたら
さっさと乗り換えた方がポジティブだと思わない? 今度の事で つくずく そう
思ったの」
美砂子 スプーンでオムライスを口に入れる
早紀 「そやな 私も そう思うわぁー でもスライムみたいにって うまいことゆうなぁ
ー」
早紀 ビールを飲む
美砂子 口を動かしながら
早紀 「お お姉さん!」
早紀 手を挙て小声で リカを呼ぶ
リカ 弾んだ声で
リカ 「はーい!」
リカ来る
早紀 恥ずかしそうに
早紀 「生大 二つとフライドポテトとタコとトマトと胡瓜のイタリアンサラダ お願いしまー
す」
リカ 「取りあえず 大ジョッキ お二つとフライドポテトとタコとトマトと胡瓜のイタリアン
サラダですね」
リカ にっこりと微笑んで奥へと行く
早紀 「そうそう と 取りあえずって ゆうてへんやろー あの顔は絶対 聞いとったな」
早紀 ビールを飲む
美砂子 「またまた 勝手に決めてくれて ありがとう」
美砂子 微笑む
早紀 微笑む