第21話 ローマから来た女 夢が叶った日
○ 病室の窓 (平成 春 朝)
窓の外 桜の花びらが舞っている
ピッピッピッ・・・(ベッドサイドモニタの音)
○ 円山公園 しだれ桜の前 (昭和34年7月16日 祇園祭 宵山 昼)
雅幸 豆千代 楽しそうに自転車(2人乗り)で ぐるぐる回っている
豆千代 「ヤッホー! 目ー 回るー」
○ 駄菓子屋の前 (昼)
雅幸(自転車を押している) 豆千代 立っている
雅幸 「喉渇いたぁー ラムネ 飲む?」
豆千代 「ラムネ?」
雅幸 店を覗いて
雅幸 「おばちゃーん!」
女(中年 駄菓子屋のおばちゃん) 出てくる
女 「あら マーボー 久しぶり!」
雅幸 「う うん・・・ おばちゃん ラムネ ちょうだい」
女 「ラムネやな」
女 店の奥に 行こうとする
雅幸 「おばちゃん? 二つ やで」
女 「二つ? はいはい」
女 店の奥に行き ラムネを 二つ持って来る
豆千代 少し離れて 背を向けて立っている
女 豆千代を見て
女 「マーボー? あの人は?」
雅幸 豆千代を見て
雅幸 「あー あの人? あー・・・ お お姉ちゃん・・・」
女 「えっ? マーボー お姉さんって いはったっけ?」
雅幸 「あー う うん ずーと ロ ローマに 行ったはってん」
女 「ローマ?」
女 棒でラムネ栓を開ける
雅幸 「あ ありがとう」
雅幸 ラムネ 2本 受け取る
雅幸 「いくら?」
女 「ええよ ローマから といとこ 帰って来はったんやし おごったげるわ」
雅幸 「ほんま? ありがとう! 後で 瓶 返しに来るし!」
雅幸 豆千代に 駆けよる
豆千代 振り返り 女に 頭を下げる
雅幸 豆千代 歩いて行く
女 歩いて行く 雅幸 豆千代を見て
女 「ローマ・・・?」
女 首を傾げる
○ 東大谷 石畳の参道 (昼)
セミ うるさく鳴いている
雅幸(自転車を押している) 豆千代 ラムネを飲みながら歩いている
豆千代 「そーかー やっぱり うちは ローマから来た お姉ちゃんかぁー」
豆千代 ふて腐れて ラムネを飲む
雅幸 「聞いてたん? そやかて・・・」
雅幸 ラムネを飲む
豆千代 「うち 地獄耳やし でも・・・ でも 何で 恋人って ゆうてくれへんかった
ん?」
雅幸 むせかえる
豆千代 「冗談 冗談 もう! そんな びっくりでせんでも・・・ 大丈夫かぁー?」
豆千代 雅幸の背中を擦る
○ 八坂神社 本殿 (昼)
雅幸 豆千代 人混みの中 八坂神社の本殿で鈴を鳴らし 手を合わせる
豆千代 雅幸が祈ってる顔を 覗き込む
豆千代 「マーボー?」
雅幸 拝みながら
雅幸 「何?」
豆千代 「何 お願い してんの?」
雅幸 「秘密や」
豆千代 「アホ!」
雅幸 豆千代を見る
雅幸 「アホって?」
豆千代 微笑み
豆千代 「今日 いくら お願いしても あかんよ」
雅幸 「何で?」
豆千代 「今 神さん お旅に 出て お留守やし」
雅幸 「・・・」
豆千代 「アホ!」
豆千代 ぺろっと舌を出して微笑む
○ 八坂神社境内
色々な 夜店が並んでいる
雅幸 豆千代 人混みの中 楽しそうに歩いている
○ 八坂神社境内
雅幸 スマートボールをしている
豆千代 横で応援している
○ 八坂神社境内
雅幸 豆千代 射的をしている
雅幸 的の人形を はずす
豆千代 的の人形を 落とす
豆千代 飛び跳ねて 喜ぶ
○ 八坂神社境内
雅幸 豆千代 小鳥占いをしている
小鳥が小さな参道をちょんちょんと進んでいき 鈴をガラガラと鳴らして 階段を上って
お宮の扉を開けて 中からおみくじを取りだして持ち帰って来る
雅幸 渡された おみくじを開ける
雅幸 うな垂れる
豆千代 雅幸を慰める
○ 八坂神社境内
雅幸 桜の枝に おみくじを 結ぶ
豆千代 手を叩き 拝む
○ 鴨川の土手 (昼)
雅幸雅(自転車を押している) 豆千代 楽しそうに鴨川の土手を歩いている
前から 芸妓が歩いて来て 豆千代 雅幸にしがみ付き雅幸の後ろに隠れる
豆千代 「あー 危なかったぁー もう ここは 危険地帯やわ」
雅幸 微笑み
雅幸 「チヨさんは・・・」
豆千代 「えっ?」
豆千代 雅幸の顔を見る
雅幸 「チヨさんは 夢は 何?」
豆千代 「夢・・・」
雅幸 「僕の夢は まぁ 今のところは 歌手やけど・・・ チヨさんの夢は?」
豆千代 うつむく
雅幸 「あー そやった そやった お嫁さん やったな」
雅幸 微笑む
豆千代 「・・・」
雅幸 「どうしたん?」
雅幸 豆千代の顔を覗き込む
豆千代 雅幸の顔を見て微笑む
豆千代 「うち 夢なんて見た事 ないの」
雅幸 「見た事 無いって?」
豆千代 空を見て
豆千代 「実は うち・・・ うち ここに 売られて 来たんよ」
雅幸 「売られて来た・・・」
豆千代 うなずく
雅幸 「な 何で?」
豆千代 目に涙を溜める
雅幸 「・・・」
豆千代 「戦争 終わって 気が付いたら 一人ぼっち やってん」
雅幸 「・・・」
雅幸 豆千代の顔を見る
豆千代 「四条の橋の下で泣いてたら 知らん おっちやんが来て ご飯食べさせてくらはって」
雅幸 「・・・」
豆千代 「無理やり 遊郭に売られたん・・・」
雅幸 「遊郭・・・」
豆千代 「うん・・・」
豆千代 立ち止まって 鴨川を見つめる
雅幸 「・・・」
雅幸 立ち止まる
豆千代 「ある日 遊郭に お客さん連れて来はった 松本のお母さんが うちを見染めて
くれはって お金 出して 身受けしてくれはったんよ」
雅幸 「・・・」
豆千代 「ちょうど 戦争が終わったとこで 舞妓はん 疎開したはって 少なかったん
それでやと思うけど・・・」
雅幸 「そ そやったん・・・」
豆千代 「そやさかい うち 夢なんて見んと お母さんに 恩返し しなあかんの」
雅幸 「恩返し・・・ 恩返しって 何すんの?」
豆千代 「・・・」
豆千代 鴨川を見つめている
雅幸 「やっぱり・・・」
豆千代 「でも・・・」
雅幸 「でも?」
豆千代 「もう 止めよ こんな話! せっかくの デートが だいなしや!」
豆千代 雅幸を見る
雅幸 「ごめん・・・」
豆千代 微笑む
豆千代 「別に 謝らんでも・・・ かんにんな・・」
雅幸 「・・・」
豆千代 「そやし 夢なんて見られへんの」
雅幸 「そうでも 恩返ししな あかんのは判るけど 夢見るん 自由やと思うけど
せっかく生まれて来てんし やりたい事やらなもったいないやん」
豆千代 「・・・」
豆千代 うつむいている
雅幸 「そ そんなん チヨさんが 可哀そすぎるわ!」
豆千代 うつむいたまま 微笑む
豆千代 「おおきに・・・ マーボーが そうゆうて くれて ほんま嬉しいわぁー
おおきに!」
雅幸 「・・・」
豆千代 「そうゆうたら 姉さんも 同じ事 ゆうたはった・・・」
雅幸 「姉さん?」
豆千代 うなずき
豆千代 「うちが ここに来たばっかりの頃 松本の家に小鶴さんってゆう芸妓さんがいはったん」
雅幸 「小鶴さん・・・」
豆千代 微笑み
豆千代 「うん! ほんま 綺麗なお人やったけど 気が つよーて お酒も つよーて
おまけに 喧嘩も 強い 芸妓さんやったんよ」
雅幸 驚いて
雅幸 「喧嘩も?」
豆千代 「そうや 気がよわーて いじめられてばっかりの うちを よう かぼーて くれは
ったん 気性が荒ろーて ほんま 怖っかたけど うちの憧れの お人やったんよ」
雅幸 「ふーん そうなん・・・ チヨさん 気ー 弱かったん?」
雅幸 豆千代の顔を見る
豆千代 雅幸をにらみ
豆千代 「何 その顔? うたごーてるやろ? 今は 真っ黒け やけど これでも 昔は
真っ白な 気弱な 乙女やったんよ」
豆千代 微笑む
雅幸 「真っ黒けって・・・」
雅幸 微笑む
豆千代 「その小鶴姉さんが うちに ゆわはったん」
雅幸 「何て?」
豆千代 「恩返しなんて 思わんと あんたは あんた らしい やりたい事やったら ええって」
雅幸 「・・・」
豆千代 「雪道みたいに 足 取られて なかなか前に進めへんと思うけど ゆっくり
ゆっくり 歩いたらええって」
雅幸 「・・・」
豆千代 「せっかく お母さんが お腹痛めて 生んでくれはってんもん やりたい事やって
好きな人と結婚して 幸せにならと申し訳ないって・・・」
雅幸 「僕もそう思う その通りや 好きな人と結婚したらええんや!」
豆千代 顔を上げて(目に涙を溜めている)
豆千代 「でも・・・ でもな そんな事 思おてたら この花街では生きてられへんの・・」
豆千代 空を見て
豆千代 「夢は 寝て見るわぁー」
雅幸 「・・・」
豆千代 雅幸を見て 微笑んで
豆千代 「マーボー 夢に 出て来てな!」
豆千代 雅幸の前を歩いて行く
○ 病室の窓 (平成 春 朝)
窓の外 桜の花びらが散っている
ピッピッピッ・・・(ベッドサイドモニタの音)
○ 四条通り(南座付近 昭和34年7月16日 祇園祭 宵山 夕)
祇園囃子が鳴っている
大勢の人が 楽しそうに行き交っている
雅幸(自転車を押している) 豆千代 歩いている
豆千代 質屋のショーウインドウの前に立ち止まる
豆千代 ショーウインドウを覗き込んで
豆千代 「いやー 綺麗!」
雅幸 立ち止まり ショーウインドウを覗き込む
○ 質屋のショーウインドウの中
真珠のネックレス
○ 四条通り(南座付近 夕)
祇園囃子が鳴っている
雅幸 豆千代 ショーウインドウを覗き込んでいる
豆千代 「うち いつも着物ばっかり着てるやろ そやし こんな首飾り 持ってないんよ」
雅幸 「これ 真珠?」
豆千代 「そうや うち 真珠 大好きやねん」
雅幸 「ふーん」
豆千代 「今日 久しぶりに洋服着たし こんなん付けたかったな」
雅幸 「久しぶりに?」
豆千代 雅幸を見て
豆千代 「何が?」
雅幸 「洋服・・・」
豆千代 微笑んで
豆千代 「そやで 何 ゆーてんの アホ! お客さんに こおてもらおかっなー」
豆千代 歩いて行く
雅幸 ショーウインドウをなごり惜しそうに振り返りながら歩く
○ 質屋のショーウインドウの中
真珠のネックレス
○ 高瀬川 四条小橋の上 (夕)
祇園囃子が鳴っている
大勢の人が楽しそうに行き交っている
○ 木屋町通り (夕)
祇園囃子が鳴っている
雅幸(自転車を押している) 豆千代 歩いている
夕日が2人を染めている
豆千代 「とうとう ここに 戻って来てしもたね」
雅幸 豆千代を見る
雅幸 「・・・」
豆千代 高瀬川の水面を見て
豆千代 「コンコンチキチンコンチキチン・・・」
雅幸 「・・・」
豆千代 雅幸を見て 微笑み
豆千代 「今日は こんな おばちやんに付きおうてくれて おおきに 楽しかった」
雅幸 「僕も 楽しかった そや! ゆうのん 忘れてた!」
豆千代 「えっ? 何?」
雅幸 「今度 ラッキーで 正式に デビュー する事に なってん」
豆千代 「正式に デビュー・・・?」
雅幸 「うん! まぁ 前座やけど 支配人 歌手で 雇て くれはんねん!」
豆千代 「そうかいな おめでとう! 何で 今日 それ先に ゆわへんかたん? ゆーてく
れたら ケーキでも おごってあげたのに・・・」
雅幸 「あー チヨさんの美しさに負けてしもて 忘れてたわぁー」
雅幸 微笑む
豆千代 恥ずかしそうに
豆千代 「美しさって・・・ もう! こんな おばちゃん 捕まえて そんな てんごゆうた
ら怒るえ!」
雅幸 「ゴメン ゴメン!」
雅幸 豆千代の顔を覗き込んで
雅幸 「あれ? チヨさん 顔 赤いで」
豆千代 恥ずかしそうに
豆千代 「もう!」
雅幸 微笑む
豆千代 「それ 何時?」
雅幸 「今度の 大文字さんの日」
豆千代 「大文字さんの日・・・」
雅幸 「見に来れる?」
豆千代 「・・・」
豆千代 うつむく
雅幸 「・・・」
豆千代 時計店の店先の時計を見て
豆千代 「あっ! もう こんな時間! 早よ お城に帰らんと また 女王様に怒られるわ」
雅幸 「う うん・・・」
雅幸 豆千代 立ち止まる
豆千代 「ええもん あげよ」
雅幸 「えっ?」
豆千代 ハンドバックから お守りを出し 雅幸に差し出す
雅幸 「これ 祇園さんの・・・」
豆千代 「頑張って 立派な歌手に なってな! はい!」
雅幸 「・・・」
雅幸 お守りを受け取る
豆千代 「うちの分まで 夢 叶えてな!」
豆千代 にっこりと 微笑み 後ずさりする
豆千代 「ほな!」
豆千代 目に涙を溜めている
雅幸 「ほな・・・」
豆千代 手を後ろに回して 後ずさりしながら
豆千代 「ほんま おおきに!」
豆千代 微笑む
雅幸 「うん おごってくれて ありがとう 今度は 僕が おごるし!」
豆千代 「おおきに 当てにせんと 待ってるわぁー」
雅幸 「当てにしてよ!」
雅幸 微笑む
豆千代 遠ざかって行く
豆千代 「今日 ものすごー 元気出たー 夢 叶えてくれて おおきにー」
豆千代 微笑む
雅幸 「夢?」
豆千代 「こんな 普通のデートするんが うちの夢やってん!」
豆千代 遠ざかって行く
雅幸 「・・・」
祇園囃子 大きく鳴る
豆千代 「好きな人とー!」
豆千代 叫ぶ
雅幸 「えっー? 何てー? 聞こえへん!」
雅幸 叫ぶ
豆千代 目に涙を溜め にっこりと微笑み 背を向けて歩いて行く
雅幸 「・・・」
豆千代 白いハンカチを 振る
○ 病室の窓 (平成 春 朝)
窓の外 桜の花びらが散っている
ピッピッピッ・・・(ベッドサイドモニタの音)
美砂子(声)「チヨさん? チヨさん? チヨさん?」




