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図書館の君

図書館の君と放課後

作者: ひこうき

先に『図書館の君』を読むことをお勧めします

 佐倉は走った。

 部活終わりで若干込み合う人々の間をすり抜け、速足で図書室へ。

 

 

 なにせ今日が返却予定日で、本来は昼休みに返すつもりがついうだうだと返すタイミングを失い、さらに放課後部活前に返却だけするつもりが今日はミーティングですぐ向かわなければならず、部活終わりに走って図書室へ駆け込む羽目となってしまったのだった。


 閉まる5分前の図書館にぎりぎりで滑り込むと、ほっと息をつく。



「はー間に合った」

「あれ、佐倉さん?」


 ぴく、と肩が振るわせつつ、そちらを窺うと、昼休みに返却をためらってしまった理由――一宮くんがカウンターの脇できょとんとした表情を向けていたのだ。



――昼休み避けたのになぜいるんだ。

 フリーズしてしまった私に彼はほわり、と笑顔を向けた。


「本借りに来たの? かなりギリギリだけど」

 あと2分くらいだね、と腕時計を見る彼はいたって「普通」だった。




――普通に嬉しくってさ、かわいいって思ってたんだよね。


 顔を赤くして、じっとこちらを見つめながら囁くような声で言われた言葉。

 銀フレームの眼鏡の奥にある真っ黒な瞳に私の影が映っていた。

 

 正直、そんなことを言われたのは初めてで、嬉しくて、大事に大事に心にしまっておこうと思っていた。


 その反面叫びたくなるほど恥ずかしくて、昼休みにカウンターにいるであろう彼と顔を合わせにくくて、真っ黒できらきらしている『あの瞳』に見つめられるのがどこか怖くて、昼休みは読み終えた本をパラパラ読み直すふりをして過ごした。



――でもなんだかんだ、また会えたの、嬉しかったんだけどなあ。


 先日のことなどおくびにも出さない彼の姿に、期待していた気持ちはすうっと冷めていく。




「本の返却だけしたいんだけど、今大丈夫?」

「うん、まだパソコン1台だけ消してないから」


 カウンターに返却する本を置くと、彼はカウンターの椅子に座り、慣れたようにバーコードを読み取っていく。

「はい、返却終わり」

「ありがとう」


 お礼を言うと、彼は微笑みながら少し困ったように眉を下げた。


「今日の昼休み、忙しかったの?」


 突然の彼からの問いに言葉を詰まらせると、彼は手を止めて私を見上げた。

 メガネのフレーム越しに真っ直ぐに向けてくる、『あの瞳』と視線が交わる。


「え、と、まだ読み終わっていなくて、」

「そう。ならよかった」

「え?」

 どういうことかわからずにいると、彼は微笑んだままふっと手元に視線を移した。


「もしかしてあの時のこと気にして、避けられちゃったかなあ、とか思った」


 笑顔を向けながら核心を突いてくる彼に一歩後ずさると、ふ、と彼は小さく声に出して笑った。

 こらえきれないように笑ったその表情で、下降気味の気分は上がり、温かいものがじわりと沁み込んでいくようだった。


「もしかして図星?」

「いや、ちが」

「そうかー傷つくなあ」

「だから違うってば」


 じゃあさ、と彼は真顔で言った。

「また火曜日の昼休み、借りに来て」

「火曜日?」

「俺基本的に火曜日は昼休み担当だから」


 まあ、木曜日の昼休みもいるけどね、と付け足す彼は、もしかして、結構チャラいタイプだろうか。

 こちらが戸惑うことを平然と言ってのける彼をじっと見つめるも表情から意図は見えなかった。


「ねえ」

「うん?」

「一宮くんてさ、ものすごくチャラい人?」


「……はい?」


 彼はもともと大きい目をさらに開いた。


「え、待って、俺前言ったよね?」

「何を?」

「……っ、だから、佐倉さんの」



 彼はそれきり黙り込んでしまった。

 口は真一文字に結ばれ、俯いた彼の耳は真っ赤に染まっていた。


 子どものように不貞腐れた姿につい、ふ、と吹いてしまうと、彼はキッと睨み、もう、と叫んだ。

  

「ちょっと待ってて」

「え?」


 いいから、と半ば強引に言った彼は素早くパソコンの電源を落とし、図書準備室に消えたかと思うと鍵と自分のリュックを掴んで出てきた。


 そしてそのまま私を促すように図書室から出すと、そのまま鍵を閉め、無言で歩き出した。

 私は何もしゃべらない彼についていく。そっと背の高い彼の顔を覗くと彼の頬はまだほんのりと赤く、まだ仏頂面のままだった。


「ごめん、笑ったの怒ってる?」

 ほとんどの人が帰ってしまい静かな廊下で、私の声は静かに響いた。




「……俺、待ってたからさ」

 長い沈黙のあと、彼はぽつりと言った。



「今日、佐倉さん、また借りに来るかな、とか思いながら、昼休み過ごした」

「うん」

「でも待っても来なくてさ」

「放課後も、部活前に来るかな、とか思って」

「うん」

「待ってたんだ」

「うん。ありがとう」


 彼はまだ真一文字の口のまま、小さく鼻を鳴らした。

 固く絡まった糸が解けていくように、眉間の皺がが緩んだ。



「本当は恥ずかしかったから、図書室に行きにくくて」

「うん」

「でも、やっぱり一宮くんとまた会えてよかったよ」


 それを言うのも恥ずかしくて、ごまかすようにへへ、と笑うと彼は溜息をついて天井を仰いだ。


「佐倉さんの方が絶対……」

「? とりあえず鍵返して来たら?」


 彼は私に視線を移して頷くとさっさと職員室に入り鍵を返してきた。

 そのままだらだらと昇降口へ一緒に向かう。

いつの間にか表情はいつもの柔らかい一宮くんで少しほっとする。


「一宮くん6組なんだね。道理で見かけないわけだ」

「同じ学年でもフロア違うとなかなかすれ違わないな」

 

 校舎を出ると外はすっかり暗くなっていた。

 ぬるい空気が首元を撫でる。


「一宮くんは駅側?」

「いや、反対側」

「そっか、じゃあここで」


 校門の前でまたね、と言うと、彼は嬉しそうにふわりと笑った。

 彼もまたね、と言い、反対方向へ歩き出す。



 また来週の火曜日の昼休みをお互いの楽しみにして。

後日談~~一宮と友人・次の日の朝

「絶対佐倉さんの方が人たらしだ……」

「一宮? 朝っぱらから机に突っ伏してどうした?」

「佐倉さん、前まで「ありがとうございます」だったけど、仲良くなったから「ありがとう」だって…敬語なくなってさ…にやけないようにするのやばかった」

「またそれか」

「会えてよかったとか…本当は家まで送れたらよかった」

「付き合ってもないのにそれは……。でも放課後(強引に当番を変わって)会えてよかったじゃん」

「まあ……(思い出して顔が緩む)」

「(まじで佐倉さんの時こいつキャラ変わりすぎ)」

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