第4話 ある冒険者の少女の不運と奇妙な邂逅
ここで視点を変えてみます。
お約束ファンタジー用語が多く出てきます。
このあたりはテンプレということで。
しくじった……!
相棒のアミュールと受けたヒルティア草採取の依頼。
ヒルティア草は治癒のポーションの主材料だ。
冒険者が体を張って稀少なモンスターの素材や魔石を集めることで、辺境都市ギルフォールの経済って奴は活発になってるらしい。
……アミュールの受け売りだけどさ。
だけど、体を張って稼ぐにしても、備えは当然必要だ。
治癒の神聖術が使える冒険者はめったにいない。
だから、即効性の有る治癒のポーションは買い手はいくらでもいる。
ギルフォールに流通している治癒のポーションのほとんどは、錬金術師ギルドが経営している薬草園で栽培されたヒルティア草で作られている、らしい。
そうなると、さらにポーションを手に入れるには、他所からの材料調達がいる。
森の中に自生しているヒルティア草の採取依頼は、いつでも冒険者ギルドが出している恒常クエストってわけだ。
森。そう、クレア大森林だ。
その深淵に魔迷宮を擁する魔素豊かな森。
まぁ駆け出しのあたし達にはまだ奥深くへ立ち入る力量は……残念ながら無い。
だからギルフォールに日帰りで帰れる森の外苑での薬草採取。
ルーキーにふさわしい小遣い稼ぎをしていた、はずだったが。
今あたし達は全力で逃げている。
追いかけてくる相手は5匹のゴブリン。
たかがゴブリンとあなどるなかれ。クレア大森林の住人ともなると、一癖も二癖も違ってくる。
クレアのゴブリンは、5匹揃うと魔法を使う。
そう、魔法だ。
魔法と魔術は全く違う技法だ。
人間が使うことができる『魔術』は、魔石を加工した魔術媒体を通して様々な現象を引き起こす。
杖をかかげ、炎の礫や氷の矢を放つ姿がスタンダードだよな。
それに対して『魔法』は、魔石を体内に持つ魔物が自身の能力として発揮する。
真竜種が焔の息吹を吐くように、闇王鬼が瞬時に外傷を癒してしまうように。
とはいえ、小さな魔石しか有していないゴブリンは、稀少種や上位種と呼ばれる存在でもなければ、魔法を行使することなどかなわない。……通常は。
5匹の戦隊を組んだ大森林のゴブリンは、魔石の共鳴とやらで、魔法を発動させるらしい。
「剣の舞」と「剣刃防護」。
簡単に言えば、剣を振るうときの身体強化と、刺突・斬撃に対しての防護強化だ。それを5匹がまとめて互いに掛け合った状態。
べらぼうな強度の魔法ってわけじゃない。
ただ、普通なら一対一なら楽勝。二対一でも何とかなる。そんな相手が、一対一でも結構てこずる。に変わっちまうわけだ。
それが5匹。この五対二はかーなーり分が悪い。
早朝からのヒルティア草の採取が順調に進み、これなら今日一日の稼ぎとしては悪くなさそうだと踏んだ矢先の遭遇。
不幸中の幸いだったのは、ゴブリンどももあたし達を狙っていた訳ではないらしく、ばったり出くわしたとき、あっちもびっくりしていたことか。
というわけで、あたしと相棒はゴブリンどもに追われながら、必死こいて森の脱出をはかっていたんだが……。
前方に現れた人影。
漆黒の装束。皮なのか布なのか、金属やガラスのような素材すら溶け込むように混じりあった、見たことも無い鎧?が全身を覆っている。隙間が見えない。まるでそれが身体のような錯覚すら覚える。
顔も完全に隠され、同様の材質の仮面に覆われていた。
人間、なのか?
魔術で精製、強化された特殊な鎧?
それともこのゴブリンを操り、ここであたし達を挟み撃ちにしようとしているとしたら……。
「ちくしょう!今度は魔族かよ!」
魔族。人間と異なり、その身に魔石を有した亜人だ。
この大陸には魔族の棲む国は無いが、大海を隔てた魔大陸からやって来ては、様々な騒動の種となる。
ヤバい。こいつはマジでヤバい。
だが、そいつは叫んだ。
「私は貴女方の味方です!援護いたします!」
馬鹿っ丁寧な大陸共用語。それでいて発音がどこかずれているような言葉。壮年の男の声の様だった。
「繰り返し申し上げます!私は味方です!これより援護を開始いたします!」
力強い足取りで走り出しながら、そいつはもう一度叫んだ。
背負った荷物、これまた材質がよく分からない物ばかりだったが、野営用のそれを下ろすことなく、かなりの速度を叩き出す。
右手に何か武器のような物を持って……何だ、ホントに?
クロスボウから弓を取り除いた物……?
いや、バカバカしいが、他に言いようがない。
握ったグリップにトリガーらしき物にかかった指。
だが、その上の台座には肝心の弓も矢も無かった。
クロスボウじゃなくて、魔術媒体か?
そして、轟音が響いた。
落雷のような、魔術による爆発のような、腹に響く重い音。
その直後だった。
「プギャッ!」
短い悲鳴。どさりと倒れる音が後ろに聞こえる。
振り向くと、5匹の内の1匹が、鼻を潰され悶絶していた。
涙をボロボロとこぼし、カヒューカヒューと息も苦しそうだ。
今の轟音……何かを叩きつけた、のか?
目に見えない何かを。
思わずあたしとアミュールは足を止めてしまった。
もっとも、ゴブリンどもも困惑したのか、あたし達に襲いかかることも忘れて立ち止まる。
その隙を逃さず、男は更に走りより、その奇妙な武器?の威力を二撃三撃と発揮する。
続けて響く轟音。やはり何が放たれたのか目には映らなかった。
だが残ったゴブリンが二匹、見えない何かに思い切り殴られたかのように顔面が歪み、先ほどの倒れふした仲間と同じ様をさらして悶絶する。
突風を叩きつける魔術、か?それとも目には見えない魔力の塊を発射した?
「ギイッ!」
残った二匹が男の元に殺到する。両の腕を上げて、顔面を守る構えだ。
だが、男の様子は落ち着いたもので、その魔術武器を少し動かすと、トリガーを素早く連続で引くのが見えた。
……ッ!!!音が、違う!
先ほどより更に激しい響きが轟いた。
肌がビリビリと震える。
威力を引き上げて放ったのか。
顔面ではなく、腹がまるで戦鎚を叩き込まれたかのように陥没していた。
まだ息は有るが、立ち上がることもできないゴブリンの様子を男は確認したようだった。
「貴女達を追跡していた者達はこれで全員ですか?」
やはり丁寧に、けれどどこか異なるイントネーションで語りかけてくる男。
大陸共用語が普段話す言葉じゃ無いってことか?
じゃあ、やっぱり……。
「あぁ。5匹で全部だ。」
男は頷くと、右手の武器を腰のベルトにぶら下げた。
かわって、細みのダガーを抜き放ち、倒れたゴブリンに近づいていく。
躊躇い無く、淀み無く、サクサクとダガーをゴブリンの頭骨と首の付け根に差し込み、とどめを刺していく。
何の抵抗もなく刺さる刃。とんでもなく鋭い拵えだ、ありゃあ。
5匹全てを始末して、ダガーをベルトに付いた鞘にしまう。
血油、全然こびりついてなかったよな、今。
「さて、これで落ち着いてお話ができるでしょうか?いろいろとお尋ねしたい事柄があるのですが。」
男の態度は何も変わらない。安心していいのか、恐れるべきなのか。
「私の名前はコウガミ・ユウジ。……不確かな話になりますが、遠く離れた地から来訪いたしました。故に、この周辺の知識を持ち合わせていないのですよ。」
遠く離れた地の出身。
この辺りの事を知らない。
言葉の違和感。
見たことも無い装備品。
どう考えても、魔大陸の住人だ。
さて、どうする?
どう対応すれば安全なんだ?
鴻上の話す英語が、この少女にはこんな感じで受け止められていたようです。
不振すぎる……。