第2話 ある警備員の森林内の困惑と邂逅
ちょっと短いですが。
森?
なんで、どうなってる?
表示される警告メッセージは、現在位置が不明。
仲間とも都市管理機構とも……とにかく外部との連絡・接続が全て断絶していると告げる。
あり得ない。
少なくとも、『金剛』とバックパックに搭載されているシステムならば、世界中のどこにいても衛星とのリンクが可能なはずだ。
世界中の……世界?
先ほどの奇妙な声を思い出し、けれど俺は浮かんだ言葉をかき消す。
ここが異世界なんて、もっとあり得ないじゃないか。
時刻確認。
……装備課を出ようとしてから3分とたっていない。
可能性として、何らかの手段で俺を拉致。
薬物投与や暗示で記憶を操作。
金剛のシステムもハッキングし、その間のデータ、経過時間も消去し、ここに放り出した。
リンク途絶も、システム干渉の結果である。
何のために?
少しでも現実味のある方向性で考えてみたが、これまた荒唐無稽で有る。
結論。
五里霧中。
「しっかたねぇなぁ。」
現状の再確認から始めよう。
「バイタルチェック、システムチェック、基本装備状況確認。」
音声入力で『金剛』に指示をしながら、周囲をゆっくりと見渡す。
森。植生の知識なぞ無いから、木々を見て判断できることなど無いのだが、俺の常識では地球上の屋外で、これほどの青々とした木々が繁茂する環境など無いはずだ。
度重なる環境汚染。
細菌兵器の使用と、管理しきれなかった結果がもたらした動植物の大量絶滅。
自然保護の名目で、狂った環境保護団体が行った遺伝子操作。
その全てが地球上での生物相のサイクルを歪ませた。
真っ当な動植物など、各都市の中に造られた完全保護施設にしか存在していない……はずだ。
『階層都市:横浜駅』でいえば、『野毛アーコロジー』か。
ふむ、各チェックが完了。
バイタルはオールグリーン。ちょっと脈拍と心拍数が多いが、これはまぁしょうがない。
呼気や発汗からは薬物の影響は確認されず。
筋電位差、脳波も異常無し。
スーツの各機能も異常無し。通常モードで10~12時間の稼働可。
武装、各装備品に損失無し。
では……とにかく動いてみるか。
「衛星及びチームメンバーとの交信試行は一時中断。なお、無線通信を確認したならば報告し、解析。」
「現時刻より映像、音声の各データをバックパックのメモリに記録。……座標に関しては、現在地を暫定座標αとし、そこからの移動状況を記録。」
装備課諸君、スポンサー様。……過剰装備とか思っていましたごめんなさい。役に立つよ。心強いよ。
……こんな局面は想定してなかったからな!
外気温摂氏23度。湿度63%。
大気内有害物質各種……閾値未満。
どこだここは。あり得ない。地球上の筈がない。
異世界……なのか?
まさか。馬鹿馬鹿しい。
……過去の地球とか?
どっちもどっちだな。
とにかく、森を抜けてから考えよう。
俺はコンパス表示を頼りに、とりあえず北上した。
特に理由はない。
講習で提示された非常時のマニュアルにも、こんな超非常時の対応例は無かった。
あえていえば、コンパスの示す方向に歩くことで、少しでも不安を紛らわせたかったのかもしれない。
豊かな森……なのだろうな。
昆虫に、鳥類。
木々の間を渡る猿。
歩くこと二時間。
木々が疎らになり始め、はっきりと空が見える。
青い空、白い雲。
これが自然。本物の自然。
俺にとっては不自然極まりないが。
「アラームメッセージ。前方10時の方向、約80メートル。動体反応複数。」
森を抜けるにもまだ時間はかかるのだろうが、植生の密度、木々の高さの変化からして、森の外苑に近づいてきた筈……と考えていた俺に、警戒メッセージが発せられた。
視認映像の簡易解析、集音センサーの拾った環境音データの簡易解析。そこから導き出される警戒要請。
動物か?それとも?
「解析更新。精度より速度重視。」
再度の情報解析を指示しながら、俺は『八咫烏』をホルスターから引き抜いた。
衝撃銃。衝撃波を叩き込む愛用の特殊拳銃をしっかりと右手に握りしめ、左手は状況に応じて即応するべく今は何も持たないでおく。
「アラームメッセージ。動体反応7つ、2・5の2グループで10時の方角より接近中。」
どこだ……む、あれ、か?
逃げる二人の若い……10代?の女。
肩まで伸びた金髪と、ショートボブっぽい癖のある赤い髪。
二人とも皮革製品のような……まぁ本物の皮革製品など俺は見たこともないが、そんな質感のプロテクターを体の随所に身に着けている。
その手には、金髪が両刃の剣。刃渡り50センチぐらいか?
赤髪が……金属製の棍棒?みたいな物を持っていた。
なんだこいつら。
それを追う、暗緑色の子供……いや、小柄な、生き物。
5人、いや5匹?全員が禿頭で、大きな尖った耳が横に張り出している。ギョロっとした目。飛び出た黄色い乱杭歯。
服は……服のようなボロ布。靴は履いてないな。
その手には、錆びかけた剣。金髪の女が持っているのと同じようなサイズ。
いや、だからなんなんだこいつら。
えーとつまり……これは……。
ファンタジーか?
ファンタジーなのか?
それとも……ここは……。
「仮想空間内のゲーム、か?」
だが、ネットワーク上に構築された仮想世界に全ての感覚を接続する技術は、脳神経に専用のアダプターを埋め込んだ者にしか利用できない。
俺は、そんな手術は受けていない。
仮にここが電脳上の空間なら、最初に浮かんだ疑惑のように、俺は知らぬまにアダプターを埋め込まれ、仮想空間に放り込まれたことになる。
しかも御丁寧に、装備品一式を再現したデータ群をプレゼントしたうえで、だ。
やはり現実的な話とは思えない。
さりとて、なら目の前の光景が現実的かといえば、ファンタジー感が半端無く、どうにも受け入れがたい。
さて、小人からひーこら逃げている娘達もこちらに気がついたようだ。
コミュニケーションがとれるといいんだが。
冷静に混乱しつつ、適切なのか確信の持てないまま移動。
第一住人(?)と接触です。
漆黒のプロテクトスーツは、彼女達にどう見えるでしょうか。