勇者な村人D 10話
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ビュウビュウゴウゴウと、先程までの青空が嘘のように天気が荒れている。
雷光が雲の隙間から顔を覗かせ、遠くには黒い風の渦も見える。
それもこれも、この超常現象を全て……目の前の少女が引き起こした、と……?
「くははっ……妹は正直どうでも良いわ……それよりも!久しぶりよのう……ヒスイ・シンクぅ?いや、今は【勇者】シンクと呼んだ方がいいのか?」
「し、シンク……あの、女の子は一体……」
「ん、シャル、さっきから言ってるだろう?奴は絶対にして絶大なる“力”の持ち主。【勇者】と同じくして破滅の運命を辿るべき稀有なる存在……【魔王】さ、」
ーーー【魔王】と呼ばれた少女。
魔族種の、少女。
元来………と言うか、神話の世界と呼ばれた時代。
その頃は人類種と魔族種の違いなどなかった。
外見も同じ、内面も同じ。
愛に生き、愛に苦しみ、愛に滅ぶ……そんな、今となんら変わりのない生活を送っていた。
ある日唐突に、神が“堕ちた”
世界を支える二柱………その一柱が堕とされた。
もう一柱の、神の手によって。
今となっては何が起こったのか……詳細は、協会のトップ……法皇と聖女のみが知る事となってしまった。
ーーー神が“堕ちた”事により、世界は混沌の坩堝と化す。
ヒトは瘴気に当てられ異形のバケモノへと、変貌した。
バケモノはバケモノ同士で更に殺し合い、蠱毒のように着々と力を付けていくーーー
そんな世界で、唯一戦う術を持たない種族がいた。
ーーー人類種。まだ、魔族種と分かち合っていない頃の人類種だ。
人類種は独特のコミュニティを持っていた。
今で言う国や街………それに準ずるものだ。決して猿などではない、流浪の旅などした事がないものが殆どというこの状況。
いつ、異形のバケモノが自身らのコミュニティを襲ってくるか分からないまま、まるで嵐の前の静けさの如くーーーその時を待っていた。
ーーーそして、【彼等】は現れた。
異形のバケモノにも対抗し得る“力”を持った人達ーーーアルグの民。
彼等は【魔技】と呼ばれる不可思議な術と、ある特殊な技能を持っていた。
そう、今で言う【魔法】と【スキル】だ。
彼等の登場により、ここから神話は人類種が異形のバケモノを追いやった。と言う事になっている。
だが、不思議な事にアルグの民は人類種に力を託した後、風のように去っていったーーーとの記述しか残っていない。
アルグの民は神話の世界から消えたのだ。
では、その消えたアルグの民達は?
「くくくっ……そう、我は【魔王】ナリて。この世に破滅と混沌とを齎す厄災の化身。人類のターン?馬鹿め、愚か者め、貴様……昔より人の話を聞かなくなったな?」
「昔から誰かさんの話が難解……と言うか、捻くれていたからだと思うのだが?」
「かかか……まあいい……今は争う気もないしな……ただ、これだけは伝えに来た……」
「それは……元、アルグの民としての言葉か?」
「はん!そんなとうの昔の事を今更蒸し返すのか?この【魔王紋】や貴様の【勇者紋】から知識や記憶を受け取っただけの言わば仮初めに過ぎぬ感情を表に出して……それで、どうする?我達が闘い、争い、血を流せば御先祖様は気が済むのか?……違うだろう」
「アルグの民はそれから【上級魔族】と呼ばれる事になった……中級、下級の魔族は神話時代の異形とかしたヒト達……か、未だに信じられない……とは言わないけれど疑問やらを隠せないよ」
「ほう、疑問とな?いや……いい。今はよそう。確かに、貴様は最弱であり、脆弱であり、貧弱だ。だからこそ、柔軟な発想には驚かされたが……まあいい。次に来た時にそれを聞こうか」
「いやいや、実は村長の家の地下に使ってない地下牢があってな?丁度二人分なんだわ。三食昼寝、尋問付きの素晴らしい就職先だ。就職難の現代だ、良かったらどう?」
「ふむ……実に現実味があり過ぎて不快感を通り越して最早呆れしか出ぬ提案だが、それも一興と思える自分がいてな?いやはや……毒されたと言うか、侵されたと言うべきか……」
「え、なに?現代は魔王も就職難なの?後、後半部分は是非、義妹に聞かせないでね?俺が死ぬから」
「くくっ……あの白狼の娘か。奴は最強に届き得る……何よりその後ろの奴同様化ける可能性が高いからのう……」
「え、私?ばけ、へ?化ける?」
唐突に自身を指さされ戸惑うシャーロット。しかし、シンクが手を伸ばし彼女を背後に庇う。
不覚にも、戸惑いは消え去り……寧ろドキッとしてしまった。
「おいおい……まさか、我が不意打ち同然にそこの女を殺すとでも?確かに指先からは貴様の祖父に付けられた【殺人ビーム】やら【スペ○ウム光線】やら【闇黒破壊光線】やらが出てその娘のあるかないか分からぬまな板を貫くことも可能だ」
「二回もないって言った!?二回も言ったね!?」
「五月蝿いぞ、まない……娘。所詮部外者は部外者。関係のない者は足早に帰宅する事をオススメするぞ?」
「あんたもペチャパイじゃない!それに!うちの門限にはまだまだ余裕があるもん!大丈夫だもん!」
「はん!笑止千万!これは胸への栄養やら何やらが………そう!頭!知識への糧となっているのだよ!」
「だったら私もなってますが!?これでも王都では一、二を争う才女とも呼ばれてましたが!?」
「身内贔屓とか言うヤツじゃろ」
「身内贔屓じゃね?」
「ちょっとシンクゥッ!?」
「キーキー騒がしいぞ、娘。おいシンク、此奴はいつもこう……猿のようなのか?」
「彼女の部下達が巣で親鳥を待つ雛鳥みたいだけど?」
「なるほど………逆に冒されるとは、これまた珍しい」
「………これって、私が罵倒されてるの?【聖騎士】隊が馬鹿にされてるの?」
「どっちもじゃね?」
「何方もだ」
「うがーー!」
「ふむ……此奴、かなり面白いな?どうだ、娘。我が城で飼われてみないか?」
「だろう?………まあ、やすやすとは連れて行かせやしないけど」
カチン。
シンクが背負っている大剣………【魔剣レーヴァテイン】に手を掛ける。
それだけで真紅の覇気が辺りに広がり、肌を焦がし頰を刺激する。
背後からではその顔は見えないが、どんな顔をしているのだろうか?
飼われる。という単語にはイラっときたが、その言葉に怒ってくれたのか?
………だとすれば、嬉しい。
シャーロットの頰は知らず知らずのうちに朱がさしていた。
「おお、怖い怖い……まあ、安心しろ。言葉の綾というヤツ……いや、戯れかな?だ。言っただろう?今は争う気はないと……我は伝えに来たのだ」
「………だったら、シャルを弄ってないではよ、用件だけを言え。そして帰れ。さっさと帰れ。塩まくから、塩」
「ふぅむ……せっかちだのう……これだから時間というくだらないものに縛られた種族は……まあいい。我が伝えたい用件はたった一つじゃ」
「………」
ゴクリ。喉がなる。
緊張で手が震える。冷や汗が止まらない。
………だけど、逃げたりしない。
「今から一月後、我は大軍を率いて王都に攻め入る。皆殺しだ。捕虜も奴隷も食糧も要らん。奪って、蹂躙して、楽しんで、それで終わりじゃ」
…………ハイ?
言葉が、言語が、理解できなかった。
アルグの民の子孫。その事さえも飲み込むのに時間が掛かった。
ーーーアルグ王国。神話の時代に、アルグの民が建国したとされている王国。
それが、実は魔族のものだったという事実でさえ、受け入れられなかったのに……
今度は祖国を滅ぼす?………冗談じゃない。
ーーーーーユルセナイ!
ガギィッ!!
目の前……本当に目と鼻の先で火花が散る。
見ると、シンクのレーヴァテインと、魔王……フローラの爪とが鍔迫り合いをしていた。
ーーーー一瞬。刹那。瞬きもしていない。唐突に、突然に、急に目の前に現れて、そして………
シンクがいなかったら殺されて………
「バカヤロー」
「………え?」
「いいか?決してそのまま座り込むなよ。脚が子鹿のように震えてもいい。その二本でしっかりと大地を踏みしめろ。気持ちが負けてなければ負けじゃない。………死ななければ、負けではない!祖父ちゃんの言葉だ」
「…………ぇぅ」
「大丈夫だよ。俺は今代の【勇者】にして人類の希望だ。この託されたものは、決して離しはしないし、目を背けたりもしない。必ず、次世代へと受け継ぐさ」
もちろん、目の前のコレをなんとかしてね。と、少年のように笑う顔に、安心して………気が、遠くなって………
そして、意識を手放した。