勇者な村人D 9話
この後、もう1話投稿します。
昨日は投稿出来ず、本当に申し訳ありませんでした。
「はぁ………そんな事が……」
「まあ……うん。魔族にトラウマを持ったよ」
遠い目をしながら、明後日の方向を見つめるシンク。その先に何があるのか………まあ、もちろん何もない。
「ところで、シンク………あの……先程の事なのですが……」
「シンク?」
「え、あ………駄目、かなぁ……?」
「いえ、次期王女のご所望とあれば是非」
「もう、意地悪なんだから……何より、私は砕けた話し方の方が好きなのに……」
「? 俺はしがない村人ですよ。王都の、それも位の高い方々に声を掛けて頂けるだけでも幸せ者だと言うのに」
俯き、哀しい顔をするシンク。その顔に陰りが見えたのを、シャーロットは見逃さなかった。
「………話は変わりますが、先程……カサン村の入り口で聞きたかった事です」
「ああ………気を遣わせてしまったね……で、何だい?」
「ヒスイ・シンク………貴方は、陽彗深紅という方を……初代勇者をご存知ですか?」
「………シャーロット様は……」
「シャル、とお呼びください。ディオンなど親しいものに呼ばれています」
「じゃあ……シャルは、俺の【スキル】を知っているか?」
「【スキル】ですか……?」
「ああ、【スキル】と言う“力”だ。魔法でもいい」
「それは……あの、燃え盛る大剣の事ですか?」
「あれは、祖父ちゃんから譲り受けた【レーヴァテイン】という魔剣だ。なんでも、元の名は違うらしいが、祖父ちゃんの元いた世界に似たような武具があったから名前を借りたって言ってた」
「祖父……血縁者だったのですか!?それに……魔剣に、元の世界……伝承は本当だったんだ……」
「まあ、その話は後にして……今は、俺の【スキル】の話だ」
「あ、ごめんなさい……でも、例の大剣……レーヴァテインだけでも凄いのに……あ、す、【スキル】の話ですよね?アハハ……」
「まあ、【魔剣】なんて普通持って奴はいないからな」
【魔剣】
それは、武具に魔の力………即ち魔法が付与されたものを指す。
燃え盛る大剣であったり、雷光を纏う槍であったり、氷獄を生み出す斧であったり……とまあ【剣】と付いてはいるが、剣に限ったものではない。しかし、その
威力は絶大にして絶対。
【魔剣】のお陰で【竜殺し】の称号を得たという者もいれば、幸運が舞い込んできたという胡散臭いものもある。
【魔剣】の絶対数は少ない。少ないのだが、それに関する逸話は、ピンからキリまでそれこそ……星の数ほど存在するだろう。
そんな、伝説の【魔剣】を持っているだけでも凄いのに、それを軽々と使いこなすなんて……
恐らくきっと、それを使いこなす“力”こそ、彼の【スキル】なのだろう。
「えっと……じゃあ、身体強化系……いやでもそれは基本的な【強化魔法】でも上げれば……じゃあ、剣の腕が上がる【スキル】………【剣豪】や【剣聖】と言ったもの……?」
「ははっ……どれも違うかな?」
ぽうっと、シンクの右手に真紅の輝きが灯る。
それは、真なる紅。
何事にも塗り替えられない、塗り潰せない真紅。
「俺の【スキル】……と言っていいのかは分からないが、それは意味【魔剣】と同じさ」
やがて光は強くなり………しかし、目を痛めるような人工的な光ではない。
優しい……自然に包まれるかのような光。
「絶大にして絶対。最強にして無敵にして無敗にして常勝」
唐突に、辺りに“夜”が落ちる。
しかし、星々は見当たらない不可思議な夜。
何処か人工的な……不気味な闇。
「初代勇者の【英雄の時間】を受け継ぎし俺の【技能】であり“力”」
シャーロットは突然の“夜”の訪れに困惑し……
しかし、すっと差し出されたシンクの右手。
それは、“夜”の闇を討ち払わんとする煌めき。
…………人類の、希望。
「【勇者の出番】……」
うん。と、頷くシンク。
ーーー何故だろう。彼の顔は酷く安心する。
視線を下に移す。
彼の右手。
そこには、真紅に煌く《劔》を模した紋章。
ーーー勇者の紋章。
「さあ、人類のターンだ。【厄災】よ!」
その言葉に、目の前の空間が歪む。
時計回りに歪み、ズズズ……と、
【転移魔法】だ。それも、上級魔族クラス……いや、もっと上の……頂上の存在と呼ばれる者の。
やがて、パキパキとガラスが割れるような音。空間にヒビが入り、そして………
「我の気配に気付くとは流石勇者よ……」
そこから這い出るように出現したのは一人の魔族の少女。
幼い体躯に、あどけない顔。
プラチナを思わせる銀の髪に、美を付けるのになんの躊躇いも要らない整った顔。
しかし、その見た目からは想像もつかない程の“覇気”が漏れ出ている。
「ん……?」
シンクの腕をぎゅっと握りしめ、突然現れた魔族の少女を睨みつけるシャーロット。……その身体は、未だかつてないほど震えていた。
「お前………くははっ!これは面白い!実に愉快だ!傑作だ!痛快にして………不愉快だ」
ズン!プレッシャーなのか少女の魔法によるものかは分からない。が、シャーロットの身体を超重力が襲う。
まともに立っていられるのもやっと。そんな、物理を伴う重圧の中で……どうしてシンクは立っていられるのか?
魔族の少女が見つめているのはシンクの筈だ。だが、当の本人は彼女の重圧など物ともせず……どころか、涼しい顔だ。
「なあ、今代の勇者よ?お前……我と過去に会ったな?村人並みのステータスしか持たぬ分際で、我に楯突いた哀れな老骨と共に」
「……さあ………俺は覚えてないけどな?魔王さん。それとも、こう言った方が良いのかな?」
やっと、シンクが口を開く。
しかし、その内容は予期せぬものだった。
「フローラ・シルバー。俺は、覚えてないけども……“借り”はきちんと返してもらうぜ?」
あ、後妹は彼処に磔にしてあるよ。と……
にへらぁ……粘着質な、悪魔の笑みを浮かべながら。