第9話 勇者、パーティー登録する
サッパリしたところで、勇太は女騎士と褐色司祭ちゃんに連れられて冒険者ギルドへとやって来た。
受付カウンターへやってくると、勇太は顔をしかめてしまう。
そこには偉そうな顔をした猫が座っていて、胡乱な眼を勇太に向けて来たのだ。
「勇者イナギシさま。まずはわたくしとヒップさんとの三人で、冒険者パーティーに登録しましょう」
「うん……」
猫がカウンターの上に座っている事に何も不思議に思わないのか、大きなあくびをしている女騎士も司祭ちゃんも普通にしている。
勇太は未だに困惑をしていた。
「勇者さまは異世界からの召喚者ですから、何かと旅をする際に不都合がございますものね。そこでわたくしの用意した勇者選任の証明書と、冒険者タグがあれば安心です」
「う、うん……」
躾の悪い猫だと思ったが、猫は言う事を聞かないものだ。
しかしよくよく見ると猫は服を着ていて、やはりとても偉そうだ。
「アビさま、誰ですかにゃこの黄色い蛮族は?」
「猫が喋った?!」
「猫じゃないにゃ!!!!」
この世界の猫は喋るらしい。
しかも猫だと言うと怒り出すらしい。
「こ、この方は勇者イナギシさまです。まだこちらの世界に召喚されたばかりで、この地域の風土についてはあまりご存じないので……」
「失礼な蛮族だにゃ! にゃーは誇り高きベテランギルド職員にゃ。頭が高いにゃ」
猫はたいへんプリプリした態度でパシパシとカウンターを叩いて憤慨していた。
『……坊主、この猫を潰せ』
「え、この猫を潰せばいいのか?」
勇太がクギバットさんの言葉に反応すると、その場のみんながギョっとした。
「こいつは何をいきなり言い出すんだにゃ?! 守衛官を呼ぶにゃ!!」
「わたしがその守衛官だ。ふむ、勇者、あまり猫を脅すんじゃないぞ?」
眼の前にいた女騎士がいきなり守衛官を名指しされたので、困った顔をして勇太を諭す。
「守衛官というのは、町や村の治安職に就く騎士の事だ。このグランドキャットウォークの場合はわたしだが、勇者と言えど無茶をすれば、お縄にする事になるからな?」
『獣臭いぞ猫、近寄るな……』
「ああすまない。ちょっとクギバットが文句を言ったもんでさ」
「猫じゃないって言ってるにゃ! 誰に向かって口を利いてるにゃ!!」
あわてて司祭アビが説明を開始する。
「ゆ、勇者イナギシさま、彼らは猫ではなくケットシーの方なんです。周辺の荒野一帯で生活をしている狩猟採集の民族でして、このグランドキャットウォークの村の名前の由来にもなったのですよ」
「ケットシー?」
「はい。わたくしたちリューセン王国の領内で生活をしているのは、ケットシーの中でもキャパッチ族のみなさんです」
褐色長耳の司祭アビは勇太に耳打ちをしたのだ。
なるほど、ゴブリンがいるぐらいだから喋る猫がいても不思議ではない。
「ピケルさん、冒険者登録をお願いします。こちらにおられる勇者イナギシさまのタグ、それからわたくしとヒップさんは勇者さまのパーティーに登録申請です」
「わかったゃにゃ。女騎士はさっさと出すにゃ」
カウンターに向かってニッコリ笑ったアビが、三人を代表して申請をお願いした。
隣で興味深げに勇太は除き込んでいたが、女騎士の方はすでに冒険者登録をしているのか、首から吊っていた金属のネックレスの様なものをゴソゴソと胸元に手を突っ込んで探す。
そしてカウンターにそれを差し出して、ケットシーの受付に見せるのだった。
「それでは少々お待ちくださいにゃ。それと勇者選任の証明書をくださいにゃ」
「はい、こちらになります。わたくしの署名と、それから勇者さまの……よろしいでしょうか?」
「ああうん。何と書けば良い? 俺、こっちの言葉は書けないけれど」
「勇者イナギシとお書きください。サインなので、ご本人を特定できれば構いません」
司祭アビに言われるまま、勇太は筆ペンを手に取ってインク壺にたっぷり付け込んでから、筆を走らせた。
「勇者イナギシっと。これでいいかな」
「確かに受け取ったにゃ。ギルドマスターに提出するので、そうしたらパーティーの手形と冒険者タグを発行するにゃ」
猫もといケットシーのキャパッチ族さんはペコリと頭を下げると、カウンターを飛び降りてトテトテと走って行くのであった。
「猫が喋ってお辞儀をすると言うのは、なかなか慣れないものだな……」
「別におかしな事は無いだろう。村の中ではゴブリンだって普通に生活をしているぞ」
「ゴブリンが?! モンスターじゃないのか!!」
「彼らだって人間には違いないからな。村で下男をやっている者や、畑を耕す小作をやっている者もいる。ほら、見てみろ勇者、ああして冒険者をやっている者もいる」
女騎士が勇太の言葉に解説を入れてくれた。
振り返ると、確かにフロアーのあちこちに立てられた、ついたての掲示板を眺める猿人間がいるではないか。
勇太が荒野で最初に出くわした連中とは違って、彼らは人間たちと同じ様に服を着て、文明的な格好をしているので違いが一目瞭然だ。
「服を着ていたから気付かなかった……」
「そうだな服を身に着けるのは大事だな。文明人の証だ」
「ゴブリンにも部族があるのです勇者イナギシさま。彼らは里で人間たちと共生する事を選んだ部族の末裔で、このリューセン王国のどこにでも見られる光景ですよ」
ニッコリ笑った司祭アビに「そうなんだぁ」とニヘラ顔を浮かべた勇太だった。
さて、実際に冒険者タグなるものが発行されて勇太に手渡される。
勇太が元いた世界で言えば、軍隊が着用しているドッグタグ、あるいはネームタグと呼ばれる様な形状をしていて、みっつのラベルが用意されていた。
「勇者がこのグランドキャットウォーク村ギルドの管轄内で活動をするなら、ひとつはここで預かるにゃ」
「ほかのふたつは?」
「勇者が首から下げておくにゃ。死んだらそちのひとつをパーティーメンバーが回収して、それをギルドに提出するにゃ」
「なるほど、米軍さまと同じスタイルだな……」
勇太がわかりやすいシステムだと感心していると、キャパッチ族のピケルが不思議そうに顔をかしげた。
「俺たちのいた世界でも似た様なシステムがあったんだ」
「これは数代前の勇者さまがもたらしたシステムにゃ。黄色い蛮族と違って、賢い勇者だったにゃ」
「お肌は黄色いけど、蛮族じゃないから!」
猫人間に小馬鹿にされて癪に障った勇太は、黄色い顔を真っ赤にさせて怒った。
ついつい失礼な事を言われたものだから、クギバットを持ち上げて威嚇してしまう。
「ぼ、暴力はいけないにゃ。やっぱり勇者とは名ばかりの蛮族だにゃ!」
「い、行きましょう勇者イナギシさま。あちらの掲示板には様々な村周辺の問題事が張り出されています。依頼を受けてひとつひとつ解決し、世界平和に近付きましょう!」
「すぐにこん棒でひとを脅す態度は感心せんぞ勇者」
司祭アビと呆れた女騎士になだめられて、勇太はすごすご引き下がった。
そして勇太は考えた。
クギバットをいつでも手に持ってうろついているからいけないのだ。
普通、剣であれば鞘に納めるものだし、盾や弓ならなら使わない時は背中に背負っていればいい。
槍ならば、穂の部分にやはり鞘を納めて、普段は杖代わりにでも使えばいいわけである。
確か職場の同僚の中には杖を持った人間もいたが、彼はどういう風にこっちの世界で聖なる武器を手にしているのだろう。
クギバットは背中に吊るしても、先端がグギでトゲトゲしているので、これだと服に引っかかるだろう。
しょうがないのでしばらくは手に持って行動するしかないと、勇太は諦めた。
「仲間たちも今頃は、こんな感じで冒険者ギルドに登録しているのかな?」
「時間の差はあると思いますが、きっと何れは召喚された土地で登録をする事になると思います。勇者さまは女神さまより祝福を受けた特別な方たちではありますが、やはり単身で世界平和をもたらすための旅は危険ですからね。身元保証は必須ですし」
「ふむ」
「そのための召喚の儀式を行った聖職者が、それぞれの勇者さまとパーティーを組むのです」
ニッコリ笑った司祭アビを見て、勇太は艶やかな小麦色のほっぺを触ってみたいなと思った。
きっとぷにぷにしていて気持ちいはずだ。
「じゃあクリントウエストヒップさんは、どうして俺とパーティーを?」
「わたしはこの街に赴任して来た守衛官だからな」
「さっきも守衛官とか言ってたな」
「リューセン王国では支配下の村々の治安維持をするために、王家やそれぞれの領主が騎士を守衛官として任命するのだ。わたしはこの土地の領主から任命された守衛官たる騎士だからな」
女騎士はそう言うと、エッヘン胸を張って見せた。
そう言えば先ほどの戦闘で爆発反応式の胸甲が爆散してからこっち、彼女は旅装に使うポンチョの様なものを上から被っていただけなので、お胸のカタチが良く浮き上がっていた。
その事を思い出し、あわてて勇者特有のゲス顔を引っ込めると、お胸のポッチから視線を外す勇太である。
「た、旅に出るなら防具とか装備も整えないとな」
「はい。勇者イナギシさまは武器については問題無い様ですが、防具については整えませんと」
「そうだな。わたしと同じ爆発反応胸甲を装備しようではないか!」
「それがいいですね。わたくしたちは三人とも同じパーティーですし、おそろいにしましょう!!」
準備金は枢機卿さまより送られてきたものがありますから、安心ですねと笑う司祭アビだけれども。
攻撃が当たると全員全裸になるのか、それは嫌だなと思う勇太であった。
2017.1.26改稿