第8話 勇者と魔王のむかしばなし
「事の起こりは、わたしたちとは宗教を事にする異教徒たちが魔王を召喚した事に始まります」
教会堂の執務室の様な場所に連れていかれた勇太と女騎士は、そこでこのような話を聞いた。
そんな話をしながらも、勇者召喚をした褐色長耳の司祭アビが、かいがいしくハーブティーの様なものを入れてくれくれる。
それにしても小麦色の健康的なお肌の司祭アビちゃん、きゃわいいなあ。
勇太はちょっとその心内が漏れ出さないように努力しながら、相槌を打っておく。
「魔王ですか」
「そう、魔王です。この世界には対立する二つの宗教があるのですが、そのうちのひとつが、わたくしの信仰しております女神姉妹教団。そうして異教徒たちの男神兄弟教団です」
「女神さまの教団と聞いた後に男神兄弟と聞くと、何かむさくるしいな……」
「男神兄弟を信仰するのは主に魔族や一部の人間などです。わたしたちはそれぞれの宗教ごとに生活圏を分けて暮らしていたのですが……」
主父神を主柱とたしの男兄弟の教団の民は、強力な中央集権による絶対王政国家を打ち立てた。
そうして自らの信仰する神こそが正義だと女神姉妹教団との果てしの無い宗教戦争をしかけた。
それこそ数世紀にわたって繰り広げられてきたのだとか。それがこの世界のここ数百年あまりの歴史である。
「女神姉妹教団は、たびたびその男兄弟教団の宗教侵略を受けました。何度もわたくしたちのご先祖様の国々が滅ぼされかけては、それを追い返しが続いたのですけれども。とうとう男兄弟教団を信仰する異教徒たちは、彼らにとっての勇者にあたる切り札、魔王召喚の儀式を行ったのです……」
「なるほど、そういった経緯で」
「はい。そうしてあまりにも強大すぎる魔王の降臨によって、女神姉妹教団を国教とする国々は理不尽に攻め立てられ、そうして世の中はモンスターや魔族たちがやりたい放題暴れる様になりまして……」
勇太は話を聞きながらそのお茶をすすってみたけれど、すぐにも渋い顔をした。
それはハーブティーの味が何だか酸っぱいからだけではないだろう。
中央集権による絶対王政国家の頂点に魔王が君臨したのだ。
そりゃあもう圧倒的な独裁者がこの世界に誕生したに等しい。
異教徒の女はさらい、男は皆殺し、街は滅びて村は大自然に返された。
「ついに魔王の恐ろしさに屈服した女神姉妹教団の国々は、降伏をしたり、最後には聖地まで包囲される事態になったのですが、」
いちど言葉を区切ってニッコリと笑ったアビは、そうして続きを口にする。
「そこでわたしたちのご先祖さまは勇者降臨の儀式を行いました。無事にこの世界に召喚された勇者さまは、仲間たちを募り、そして魔王を倒したのです」
「めでたしめでたしだな、アッハッハ!」
隣のソファにどっかりと腰かけた女騎士は、いい話を聞いたとばかり大笑いをした後、美味しそうに口に運んでるのがまた気に入らなかった。
「それで勇者はどうなってしまったんですかねぇ……」
「死にました」
「?」
「あまりにも圧倒的過ぎる魔王を倒すためには、相打ち覚悟で挑むしか、仕方がなかったのです」
純真無垢な、曇りなき眼でそう伝承となったむかしばなしの顛末を口にする司祭アビちゃんである。
「困るんだよそれじゃ! 俺たち勇者としてこの世界に来たの! 普通アレじゃないの? 悪い魔王を倒したら勇者が建国の王とかになって、めでたしめでたしじゃないの?!」
勇太が荒ぶる言葉で非難の言葉を口にしたところ、隣に座って満足げにハーブティーの匂いを嗅いでいた女騎士が不機嫌な顔をした。
「死んだんだからしょうがないだろう。相手が悪かったんだ」
「そ、そうだけどさ」
「ですから、ふたたび異教徒たちが魔王を復活させようとしているという大陸中に流れる噂を聞きつけた枢機卿さまは、先手を打って複数の勇者を召喚しようとお考えになったのです」
それも八人である。
魔王がひとりであるならば、今度は絶対負けない布陣というわけである。
なるほどなあと勇太が感心してお茶を口に運んだが、やっぱりハーブティーは酸っぱかった。
「異教徒はまだ魔王召喚の儀式を行っておりません。それを行うためにはまだまだその生贄が足りないのです」
「生贄って何ですかね?」
「わたしたち女神姉妹教団の犠牲です。より多くの犠牲を強いて、魂を集めた事によって魔王召喚の成就はなるのです」
すごく非効率的かつ恐ろしい事をするんだなと、勇太は思った。
もしかして勇者を召喚する時も、似たような儀式が行われたのだろうかと褐色お肌の司祭さまを見ながら、おっかなびっくり質問する。
こんなかわいい子が、魂を刈り取っていたなんてないよね?
「ま、まさか。勇者を召喚する時にも同じことを?」
「とんでもありません! 勇者さまを召喚するために必要なのは、その勇者さまがこの世界で冒険するためのパートナーとなる事の覚悟ですっ。誓ってその様な事はありませんっ」
パートナーとな。
勇太はフムと返事をした。
「そうです。も、もちろん生贄は必要ですが、わたくしが差し出したのは誰かの魂ではなく、わたくし自身です。女神さま、ひいては勇者さまに捧げる事ですから!」
だからパートナーというわけか。
納得した様な、納得しきれていない様な。そんな気分で勇太はあいまいに返事をしておいた。
「勇者イナギシさま、この世界をお救いください。わたくし、そのためなら何でもしますからっ!」
いま、何でもするって、言ったね?
勇太はニコリと笑ってしまい、勇者特有のゲス顔を浮かべた。
すると隣のソファに座っていた女騎士がとても恐ろしい顔をして勇太を睨みつけたのである。
「パートナーと言っているが、ただ単純にパーティーを組んでモンスターを倒すと言うだけだからな。アビに向かってそれ以上の邪推をすると、頸と胴体が分離する事になるぞ……」
「お、おっかない事を言うんじゃないよ。まあアビちゃんを悲しませるようなことはしたくないしね、勇者なら当然かな?」
「本当ですか?!」
褐色お肌の司祭アビは、ニッコリ笑って勇太の手を取ったのである。
頭の悪い女騎士はいちいちイラっとさせられるのだが、ついつい天真爛漫の褐色司祭ちゃんを見やると心が幸せになる勇太であった。
「と、ところで先ほどから勇者イナギシさまのお持ちになっている聖なる武器が、何やら共鳴している様なのですが……」
「ああうん? このね、俺をこの世界に誘った女神さまがさ。どんどん成長する鈍器というのを授けてくれたんだ。それがこのクギバットなんだけど、レベル99まで成長しきってカンストしちゃったんだよね」
おずおずとそんな質問をしてくる司祭アビに、勇太は事のあらましを説明した。
言われてみれば確かにクギバットは何やら目視できないオーラの様なものをまとっている様な気がする。
指摘されなければ気が付かなかった事だが、もしかするとカンストする事で共鳴だか何だかをしているのかも知れない。
『坊主、その司祭に俺を預けろ……』
するとクギバットがそんな事を口にするのだ。
「どうされましたか、勇者イナギシさま」
「ええと、この鈍器が自分をきみに預けてくれと言っているんだけど……」
「わ、わかりました。通常、一般的な人間のレベルがカウンターストップしてしまった場合、聖職者によってレベル制限の開放を行う場合があります」
「レベルキャップ解放、なるほど」
「もしかすると、この女神さまに与えられた聖なる鈍器は、レベルキャップ解放をしてもらいたいと仰っているのかもしれません……」
恐る恐る勇太の差し出した鈍器を受け取る司祭アビである。
レベルカンストした人間にやる様な手順で、女神マリンカー像の前に鈍器を置くと何事かの祝詞を彼女は口にした。
「永久の成長を求めしモノよ。女神マリンカーさまの祝福を受け、更なる進化に邁進せよ! ふぅ……これでレベル155までこの聖なる鈍器は成長する事ができます」
「おおお、ありがとうございます司祭さま」
「わたくしの事はアビとお呼びください。何しろわたくしは勇者イナギシさまのパートナーなのですからね!」
「わかったよアビちゃん」
たまらず勇太が気安くそう口にしたところで、女騎士にジト眼を向けられるのである。
「では勇者イナギシさま。さっそくこの世界をお救い頂くために、冒険者登録をいたしましょう」
「その前に!」
「どうされましたヒップ?」
「冒険者登録よりも先に風呂に入れ勇者。村の中を歩くにしても、悪臭が酷すぎるぞ……」
かわいい女子たちに嫌われるわけにはいかないので、勇太は大人しく女騎士の助言を受け入れた。




