第7話 勇者、初期村に到着する
「そ、そこな旅人。貴様の周囲に転がっているただのゴブリンの死体、それは貴様がそのこん棒で倒したものなのか?」
女騎士はあられもない格好のまま勇太に質問をした。
言われ彼は、自分の周りに転がっている猿人間の死体をみやって、確かにそうだという顔をする。
「まあ、そうです」
「よもやとは思うが貴様、旅人の姿を装っていたいけな無防備の者を襲う盗賊の類ではあるまいな」
「ち、違いますから!」
「では本当のところ、ゴブリンどもの仲間ではないのか?」
「それならどうして俺がゴブリンを倒すんだよ、おかしいでしょう!」
いわれのないレッテル張りをされたので勇太は激昂した。
仮にもこの世界を救うために召喚されてこっち、彼は右も左もまだわからない立場だ。
十日間ずっと荒野をさ迷って、ようやく出会った人間に胡乱な眼を差し向けられて勇太はとても悲しい顔をした。
「む、それもそうだ」
「だいたい俺がいなかったら、あんたはこの場でホブゴブリン? の餌食になっていたんじゃないのか。颯爽と現れたのはいいが、あべこべに絶体絶命になっていたじゃないか」
「い、色々と誤解があったようだが、わたしのピンチを助けてくれた事について礼を言おう。だがあれしきのホブゴブリンなどは、わたしにかかればたいしたことは無かったのだ!」
金髪の女騎士は片手で手ブラをしながら、長い髪をかき上げてみせてキリリとそう言った。
何だコイツ。胸は、まあデカい。だが態度はもっとデカい。
勇太は半裸になった女騎士を足元から頭の先まで観察したところで、呆れて何と答えていいかわからなかった。
「では改めて自己紹介だ。わたしの名はクリントウエストヒップ、この先の村に住んでいる騎士だ」
「ど、どうもご丁寧に、電設二課の稲岸です。名前はクリン……何だって?」
「クリントウエストヒップだ。名前が憶えづらいならヒップと呼んでくれ。親しいものはそう呼んでいる」
伝説なのか? などと名前の長い女騎士が小首を傾げた。
「その前に、今この先の村って言いましたよね? 近くに村があるんですね?!」
「あるにはあるが……実はな、この先の村でついに勇者召喚の儀式が成就したのだが、これが待てど暮らせど勇者の姿が見当たらない」
「…………」
「召喚儀式を行った司祭はわたしの顔見知りなのだが、確かに儀式は成功したと言ってきかないのだ。もしかしたら勇者が道に迷っているかもしれないから、探してきてくれないかと司祭に頼まれたのだ。勇者ともあろう者が迷子など、あるはずがないのにな。アッハッハ!」
司祭と言えば、勇太が水晶の向こう側に見た褐色エルフの美少女の事かも知れない。
「おお、確かに俺は荒野で迷子になっていました。村まで案内していただけますか?!」
「そうか、ならば貴様は運がいいな! もののついでだ案内してやろう」
「ありがとうございます、クリントウエストヒップさん!」
「なあに、これからは親しくヒップで構わないぞ」
別に親しくない立場なので、勇太は必死で彼女の名前を覚える事にした。
それにしてもクリントウエストヒップでフルネームなのか? その点の事を聞いてみると、
「これがわたしの名前だ。家名というのは領地を与えられた人間が、その土地の名を冠するものだからな」
「それがファーストネームかよ」
「例えばわれわれが今いるこのリューセン王国であれば王家の家名はリューセンだ」
よくわかったよな、わからないようなそんな気分になりながら、勇太はふうんと返事をしておいた。
「ところで旅人よ、この辺りで勇者を見なかったか?」
「俺がその勇者なんだなぁ」
「アッハッハ、面白くない冗談だぞ旅人」
「ほんとなんだよ!」
勇太が眼を剥いて抗議をしたところ、胡乱な眼を向けてくる女騎士である。
「そんな馬鹿な話があるか、証拠を見せろ証拠を!」
疑われたので勇太はしぶしぶクギバットを差し出した。
女騎士は手ブラのまま、そのクギバットを片手で受け取ってしげしげと観察する。
いいかげんその手ブラをどうにかするべきだよと文句を言いたかったが、眼の保養になるので黙っている。
うーん眼福、などと思っていると。
「……ただのクギが刺さったこん棒ではないか。わ、わたしの事を馬鹿にしているのか?!」
「ホントだよ。それは女神さまから授かった大切な聖なる鈍器なんだよ。使えば使うほどどんどんレベルアップする無双チートな鈍器なんだよ」
レベル99まで成長してカンストしてしまったが、女神マリンカーから与えられた特別な鈍器である。
疑わし気にクギバットを改めて見やった後、
「待ってろ。その言葉が本当かどうか、わたしが確かめてやる! 鑑定ッ」
手ブラを解いてビシっと指をさしむけた女騎士が、たわわな胸を豊かに揺らしてそう宣言した。
ステータス確認が出来るのは勇者の特典かと思っていたが、どうやら鑑定スキルと言うのを使えば勇者以外でもできてしまうらしい。勇太はとてもがっかりした。
すると女騎士はまず顔をしかめ、次に驚きの顔を作り、その後怒りだしたではないか。
「ゆ、勇者イナギシ。失礼しました! 確かに勇者だ。しかし、むむっ? レベルなし? それはどういう事だ勇者、説明しろ!!」
「あー俺、女神さまの祝福が受けられなかたんですよ。だからかわりにそのクギバットにギフトが授けられたんです。成長チートのね」
「……そう言う事もあるのか?」
あるんだなあ、それが。
勇太はウンウンと頷いて言葉を続けた。
「ちなみにそのクギバットに付与されたギフトが、使えば使うほどどんどん成長するというものだぜ。レベル以外にも色々なスキルを覚えてるしな。俺のレベルは上がらないが、この鈍器がぶち当たったら無敵だぜ」
「…………」
「何なら試してみますか、クリントウエストヒップさん?」
「いやいい。わたしの爆発反応する鎧はもう爆散したからな、二度目は無い」
「……そうかい」
おっぱいを両手で隠した女騎士は、ぶすりとした真顔で返事をした。
◆
こうして女騎士クリントウエストヒップの案内で、勇者イナギシの召喚儀式を行ったという聖職者のもとに向かう事になった。
荒野をどれだけさ迷っても見つけられなかった渓谷を抜けた先に、グランドキャットウォークというその村は存在していた。
入り口の看板には何かが書かれていたが、字の読めない勇太にはそれが何かはわからない。
「何て書いてあるんだ?」
「そんな文字も読めないのか勇者のくせにイナギシは」
「異世界に来たばかりなんだからわかるわけないだろっ」
「それもそうだな。ようこそわが村へって書いてあるんだ。貴様もこの土地で勇者をやるんだから、文字ぐらい勉強した方がいいな」
「そうかぁ」
白馬に跨った女騎士と、その後ろにへっぴり腰で抱き着いている勇者の図である。
「……しかし勇者、貴様臭いぞ?」
「風呂に入る直前に召喚されちゃったからなあ。あれから十日、汚いままですねえ」
「げげっ。わたしから離れろ抱き着くなっ」
「ちょ、暴れないで! できるだけ離れて乗ってますから。落ちる、落ちるっ」
村の周囲はぐるりと木の柵で囲われていて、外部からの侵入者を遮断する様にできている。
そうして村を貫目通りが縦貫し、木造のまるで西部劇の街並みみたいな雰囲気が漂っていた。
路端をコロコロと草玉が転がっていく。
「ここは国境の村だからな、隊商を組んで旅をする人々がここに立ち寄って休憩を取るのだ」
「へえ。だからこんなにも意外に賑わっているのか」
「そうだぞ。凄いだろう?」
わが事の様にフフンと鼻を鳴らした女騎士は、グランドキャットウォークの村について自慢気にそう言った。
何だか村の貫目通りをカッポカッポと進んでいると、村人たちや旅行客たちの視線が勇太たちに集まって来る。
最初は馬に乗っているからだろうかとも思った彼だが、どうやらそれだけではないらしい。
まさか臭いからかな?
「おい女騎士、そいつが勇者か!」
「そうだ、すぐに教会堂に走ってアビに知らせてくれ!」
「了解だ。おいお前たち」
「よっしゃアビさまにお知らせしろっ」
板金鎧を着た数名の男たちが女騎士とやり取りをした後、通りの奥にある大きな建物に向かって駆け出していく。
「俺はこの後どうなってしまうんですかねえ?」
「まずはアビに会ってもらおう。話はそれからだな」
「アビ? 誰ですかそれは」
「お前を召喚した司祭の話をしただろう、女神姉妹教団の聖職者だ。あそこに見える教会堂でお勤めをしているはずだ」
俺を召喚した聖職者。褐色エルフのお姉さん!
勇太は眼をランランと輝かせた。勇者特有の助兵衛顔である。
こうして先ぶれに走っていった甲冑兵士? の後を追った勇太たちの馬は、教会堂の前に到着する。
勇太は教会堂の小坊主の様な少年に手伝ってもらいながら馬を降り、女騎士はヒラリと優雅に下馬をした。
「さあ中に入ろう。アビが耳を長くして待っているからな」
アッハッハと笑う女騎士に誘われて、勇太は教会堂の中へと向かった。
そうして礼拝所まで案内されたところで、彼の見覚えのある風景がそこに広がっていた。
女神マリンカーの見せた水晶の中にあった風景だ。
宗教施設そのものの雰囲気に、褐色の肌をした長耳のお姉さん。
年齢は二十歳にはまだ届いていない、けれども中学生よりはもう少し上といったところだろうか。
「お待ちしておりました勇者さま。わたくしは女神姉妹教団の教会堂でお勤めをしております、司祭のアビと申します。あなたの地上降臨を心より感謝いたします!」
ニッコリ勇太に微笑みかけた褐色エルフは、勇太にドストライクの美少女だったのである。
いいね!
2017.1.26改稿