第4話 成長しない勇者、大地に降り立つ
気が付けばそこは荒れ果てた大地だった。
何もない、枯れた雑草が風に揺られてカサカサと音を立てるばかりだ。
西部劇の舞台になりそうな起伏のある遠景が見えて、草玉がごろごろと転がっている姿を勇太は目撃した。
「こ、ここどこですかね? どう見ても砂漠みたいな場所なんですけど……」
装備しているのは喋る不気味なクギバットだけ。
服装はこの世界ではきっと一般的なファッションの上下といったところだろう。
だが問題は十日ぶんの携帯食料以外に、まともなアウトドアグッズを勇太が持っていないという事である。
非常食が尽きたら待っているのは死である。
「とりあえず人間の生活圏を探さないといけない。おいクギバット、聞こえますか?」
返事がない。ただの鈍器の様だ……
「黙ってないで何とか言えよ。坊主、うるさいぞとか。何で肝心な時にひと言も喋らないんだよお前は!」
何度か話しかけてみたものの、勇太の言葉にクギバットが応える事はただ一度も無かった。
もしかすると自分は夢でも見ていたのではないかと思ったけれど、ここは間違いなく異世界のどこかの大地なので夢の続きというわけではない。
当てにならないクギバットにいつまでも労力を割いているだけ無駄である。
とにかく人間の生活圏を探すべく、勇太は改めて周囲を見回した。
「しかし本当に何もない場所だな、ひとの生活している場所もどこにあるのかわからない。本当にあの褐色エルフさんは近くにいるのだろうか……」
水晶の中で見た清楚な衣装を着たダークエルフの聖職者は、一心不乱に祈りを捧げながら時折上を仰いでいる様子だった。
きっと女神像か何かを仰ぎ見ていたんだろうなあ。そんな風に勇太まだ見ぬダークエルフの姿を求めて、フラフラと荒れ果てた大地を歩いた。
だが数分ほど歩いたところで、荒野は照り付ける太陽に焦がされる。
勇太はやがて異世界シャツの袖をまくりながら喉の渇きを覚えるのだ。
さらに数分したところで、荒野の様な場所でやみくもに歩き回るのは危険だと思い知る。
「女神の持たせてくれた水筒の中身が無くなった場合は、脱水症状になっちまう……このサボテンみたいな植物なら、水分を溜め込んでいるかも知れない。よしその時はそうしよう」
毒があるかどうかもわからないが、勇者だから多分大丈夫だ。根拠はないが大丈夫だ。
いざとなればそうしようと勇太は思いながら、うろついた。
「しかしこれ、この世界のモンスターとかに今襲われたら、誰も助けてくれないんじゃないか?」
クギバットは今のところ何ひとつ語りかけて来る事は無い。
だが、このバットがどうやら意志をもった「特別な武器」である事は間違いない。
女神が本来彼に与えるはずだった祝福を付与したのだから、これはもう間違いなく伝説級の武器なのだ。
「あの女神さま、使えば使うほどレベルが上がるって言ってたな。どんどん」
集落を探す道すがら、獲物でも探して殴ってみるのはどうだろうか。
そうだ、ファンタジー世界でウロついている様な初級のモンスターを探して殴りかかればいいのだ。
ただし勇太自身は、どれだけ戦ってもレベルが上がらないという残念勇者である。
相手は出来るだけ弱い方がいい。
「コボルトとかいないかな。あんまり強くなさそうなヤツ……」
褐色エルフの美少女聖職者を探すそのついでに弱っちいモンスターに出くわせば、このクギバットの経験値稼ぎをさせようと勇太は思った。
しかしそんな都合の良い話が存在するはずもなく、勇太は途方にくれたのである。
「最悪だなおい。暑いし人っ子ひとりいないし、水も無い」
よっこらせとその辺にあった岩に腰かけた勇太は、フヒュウと腕で額の汗をぬぐったのだが。
「ギリリリッ」
「?」
何かがうごめく声がした。
最初はクギバットが何かを喋ったのかと思い、右手に握っていたそれに注目した。
しかしどうやら反応は何もないので聞き違いかと勇太は視線を外す。
「ギリリギリリリッ」
「?!」
やはり聞き間違えじゃない。
勇太は咄嗟にその唸り声に反応して岩から飛び退ると、たまらずクギバットを構えた。
どこだ、どこにいやがると周囲を見回すが、やはりその声の主は聞こえてこない。
「何だよ、脅かすなよ……! アイエエエ、虫、ナンデ?!」
見れば大きな岩がのそりと動いたのだ。
違う、よくよく観察してみれば勇太が座っていたのは巨大な甲虫類の仲間の様な姿をしていた。
ようするにデカい虫だ。
グルグルと震える様なうごめきをあげていたと思ったのは、どうやら甲冑の様な外羽根を震わせていたらしいのだ。
「ほげぇぇぇぇ!」
巨大な甲虫を見た勇太は、あまりの気持ちの悪さに一歩飛び退った。
そうして自分が握っているクギバットの事を思い出して、しゃにむにそれを甲虫の背中に叩きつけるのだった。
大きさはゾウガメぐらいと言えばいいだろうか。
虫としては勇太が元いた世界の基準で言えばあり得ないぐらい巨大だが、車の様に巨大というわけではない。
ズガンとトゲトゲのクギ部分が甲虫の背中にぶち当たったが、硬い装甲に守られている。
その一撃はあっけないほど簡単に弾き返されて、勇太はたまらずのけぞった。
「何だコイツ、超硬いんですけど?!」
どうやら背中の甲冑には傷をつける事が出来たらしい。
その点はさすがクギバットだが、少々外羽根が凹んだだけで、ビクともしていない巨大甲虫だ。
あわてて右から左から殴りつけるが、ようやく硬いところを叩いていてもまったく無意味だと勇太は悟った。
「ちょ、向きを変えるんじゃねえ。こっちに来るな!」
そうだ。こういう場合は顔か六本の足か、弱そうなところを攻撃すればいいのだ。
見れば甲虫の口はストローの様なものが鋭く地面に向かって伸びている。
もしかするとトゲのついたその六本足で獲物を抑え込み、獲物の体液をちゅうちゅう吸う捕食昆虫かもしれない。
「ギリギリ、キシャー!」
「こんの、気色悪いんだ、よ!」
勇太は真っ向からクギバットを振りかぶって、ズガンと甲虫の頭を叩きつけてやった。
今度は何かしらの手ごたえを、握る拳に感じた。
どうやらわずかばかり攻撃力が増している気がする。
「おらもう一発!」
なおも勇太を襲う甲虫は前進をやめず、のそのそというよりは少しばかり早い前進を続けている。
だんだんとクギバットの先端トゲトゲがダメージを与えているらしく、効果が実感出来た。
飛び退りながら右、左とクギバットを振り抜いたところで、ようやく何発目かで巨大虫の首が明後日の方向を向いた。
『今だ坊主、溜めを使え!』
突如として聞こえたのはクギバットの心の声だ。
何を言われているのか一瞬勇太はわからなかったけれど、ただやみくもに連打するのでは駄目だと言う事なのだろうと、混乱する頭で少しだけ理解できる。
『そうだ、一撃必倒のクリティカルを狙え。男は黙って怒りをためろ坊主!」
「くっそ、わかった! もげろ首!」
今度こそ、構えはバットのスイングそのものだ。
いったん大きく距離を取ってから待ち構える。
外角低めを叩く感じでドカンと一発振り抜いた。
ギャシ! という不気味な音が巨大虫の首根から聞こえると、そのままボロンと体液を吹き散らしなが顔面部位がもげ落ちたのだった。
「……ハア、ハア。ざまあみろ! これでも俺は勇者なんだよ。どうだレベル上がったんじゃないのか?」
ステータスオープンと唱えたところ、はじめて確認した数値からわずかな変化が起きていた。
名前: 稲岸勇太 (勇者イナギシ)
職業: 鈍器の勇者 レベルなし
固有武器: レベル4鈍器 (成長加速のギフト付与)
装備: 汚れた服、汚れたズボン、汚れた手ぬぐい
虫ジュース
固有技能: なし
クエスト: 勇者召喚の儀式を行った、褐色の司祭と邂逅せよ。
先方がお待ちしているのでとりあえず急いでください。
「おおお、いっきにレベル4に上がってるぞ!」
どうやらこのクギバットには成長加速のギフトが確かに付与されていて、すごい勢いでレベルアップするらしい。
ただし女神マリンカーがそう告げた様に、勇太のレベルはまるで成長がない。
「手強い相手だったが、俺はやったった」
しかし初戦の相手から大苦戦を強いられた勇太は、ここで満足している場合ではない。
このファンタジー世界は、どうやら成長しない勇者には優しくないらしい。
ステータスなどと言いながらゲーム的細かな数値がないところを見れば、普通の人間と同じ様に軽く一撃を喰らってしまえばあっさり死ぬに違いない。
「次から、もっと弱そうなモンスターでレベリングしよう」
そう心に誓った勇太は、集落を探すついでに手頃なモンスターを求めて荒野を徘徊する。
いつしか彼の鈍器レベルは成長限界の99まで到達したのだ。
「何で俺はこの世界で鈍器のレベリングやってたんだっけか……」
ちょうど勇太がこの世界にやって来て、十日目の事である。
彼はまだ現地住民とは出会えていない。
2017.1.26改稿