第3話 勇者は祝福を簒奪された
稲岸勇太は我が耳を疑った。
何故なら彼には目の前のクギバットが語りかけてきた様に感じたからだ。
「?!」
『そうだ坊主、俺を使え』
「…………」
そんな非常識な事がこの現実世界にあってたまるか! と思ったところで、ふと我に返った。
ここは女神っぽいお姉ちゃんや不思議な水晶が存在している場所だ。
だが一応、念のために勇太は確認だけはしておく。
「……お、おい寺岡。お前いま何か喋った?」
「は? 何がですか」
「いやだから、坊主俺を使えって」
しどろもどろになりながら勇太が説明したものの、後輩寺岡は呆れた顔でそれを無視して先に進む。
「わけのわからない事を言ってないで、早く武器選んだ方がいいですよ」
「あ、ちょ!」
勇太の同僚たちは、すでに思い思いの武器をほとんど選び終わっているところだった。
剣、槍、弓、斧、盾、鞭、杖、クギバット。
最後に残ったのは鞭とクギバットだ。
気持ちの悪い、自分に語りかけてくるクギバットよりはマシだろうと手を伸ばしたのが鞭だったけれど、勇太よりわずかに早く別の同僚にそれを奪われてしまう。
「あっ……」
残念ながら勇太に残されたのは喋るクギバットだけだった。
たまらず小さな悲鳴を口にしたところで、無慈悲に女神マリンカーがこう告げたのである。
「じゃあみなさん武器を選びましたね?」
「待って、俺この武器嫌だから。キモいから。他のは無いんですか?」
「ありません。人数分しか用意されていないので」
再び無慈悲な宣言を女神はした。
勇太がとても嫌そうな顔をしてアピールしてみせても、その事に気が付かない風でニコニコしているところを見ると、あまり空気の読めるタイプではないらしい。
確かに株式会社インペラトルの電設二課の同僚たちを、慰安旅行の最中に勇者として召喚してしまう様な身勝手さだ。
『そうだ坊主、それでいい』
よくねえよ!
たまらず勇太は心の中で、しぶしぶ手に取った喋るクギバットに毒づいた。
女神を睨みつけてみたところで、その彼の気持ちは女神自身には伝わるはずも無く、彼女の司会進行は次に次にと進んでしまう。
今度は勇者それぞれに固有の能力をギフトとして与えると言うので、その場で全員がズラリと並ばされてしまった。
「何が始まるんですかね?」
「女神さんの祝福ですよセンパイ。いよいよ俺もチート持ちになるのか、最強勇者とかになってみたいぜ……」
「チートスキルか。いいのを貰えるといいな」
いったん小競り合いを中断した勇太と寺岡も、並んで端から祝福をかけてまわる女神さまに視線を送った。
残念すぎる武器を選んでしまった勇太だが、この上はせめて固有の能力とやらのギフトに期待する他は無い。
「あなたの武器は盾ですね。わたしの祝福によって授けられたギフトは、身体能力のうち、特に防御に重点を置いてレベルアップする様です。我が子たちの頼れる盾になってくださいね」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
どうやら盾の勇者となった同僚は、防御力重視型らしい。
次に、弓を選んだ同僚は一撃必殺のスキル、瀧脇は狂戦士状態を発動するスキルなどを手に入れ、後輩寺岡は万能タイプのユニークチートが与えられたらしい。剣と魔法に聖なる癒しの回復まで使えると言うからまさに勇者だ。
これは自分も期待できるのではないかと勇太が気持ちの高鳴りを感じていると、いよいよ彼の出番となった。
「勇者イナギシ、次はあなたの番ですね」
「よ、よろしくお願いします」
緊張した面持ちで、勇太は女神を見つめていた。
祝福の時、両手をかざした女神が勇者の頭に触れるのだ。その時に密着してしまうものだから、布切れ一枚でたわわなお胸を押さえつけているそれが急接近するのである。
ぼよんと揺れた女神のそれを凝視していると、勇太の心を不安にさせる言葉が聞こえてくる。
「はれ? あれ? おかしいです。んうっ」
「な、何がですかね女神さま」
「スキルが、ギフトがどうやっても付与できなくて……あ、いけました。大丈夫です!」
ビックリさせんなよと勇太がホット胸をなでおろしたのも束の間、女神は勇太の顔をマジマジと覗き込んでくる。今度は何だと思っていると、
「あの、わたしの授けた祝福が、わかりません……」
「わかりませんって、女神さまがギフトを授けたんですよね?!」
「……そうなんですけど、何度覗き込んでも、勇者イナギシのギフトが何なのかわからないんです」
「つ、つまり祝福の儀式に失敗したとか……?」
どうでしょう。確かな手ごたえはあったのですが、と落ち込んだ女神が俯いた瞬間の事である。
「あああっ、大変です!」
「え、何。何がどうしたの?!」
「勇者イナギシに付与したはずの祝福が、どういうわけかこの武器に与えられている様ですねえ」
理解できたという顔をしてポンと手を叩く女神である。
しかしそれで納得が行かない勇太は、抗議の視線と共に文句をひとつぶつけるのだ。
「いやいやいや、祝福のギフトとかいうのは勇者に与えられるんでしょ? どうして武器に与えられるんですか! しかもクギバットですよ……」
「ちなみにこの鈍器ですが。使えば使うほど、どんどん無限にレベルアップする武器になりました」
申し訳なさそうな顔などひとつも見せずに女神がそう言った。
冗談じゃないとさらなる抗議をぶつけようとした矢先、脇を絞めて力んで見せた女神マリンカーはぼよよんと胸を揺らした。
女神マリンカーは勝手に勇太たちに一方的な宣言をする。
「これで準備は整いましたね!」
「整ってないです。どうするんですか俺のギフト、この武器がどんどんレベルアップって、俺はレベルアップしないんですか?!」
「残念ながらしませんね、でも大丈夫。勇者イナギシに攻撃が当たらなければ、攻撃を受けなかったのと同じ事になりますから。やられる前に攻撃すればいいんです。簡単ですね」
ニッコリしてみせた女神は、さらに無茶を言うなと混乱していた勇太を無視して話を続けた。
「これからみなさんは、それぞれ勇者召喚の儀式を行った聖職者の元に赴いていただきます。なるべくすぐ近くに降臨できるように善処いたしますが、必ずしも目の前という訳ではないので、みなさんにはそこまで自力で向かって頂きます」
「え、自力で? どうやって行くんだよ」
「わたしがこの場所からできるだけサポートをしますので、ご安心くださいね。それから、みなさんに付与された武器やスキルを使ったりして、まずはこの世界に慣れていただくのがいいと思います。これはその準備期間だと思ってください」
何とも精度の悪い神通力だと勇太は思ったが、それよりも自分が持っているクギバットに視線を向けた。
彼が本来は受けるはずだった女神からのギフトを、このどう見てもクギバットにしか見えないへんてこな武器に奪われた。
納得が行かない怒りでグリップを強く持つと、彼はわずかにバットのグリップが感応した気がする。
「クギバットだけがどんどんレベルアップするとか、勇者の俺はおいてきぼりかよ……。おい何とか言えよ鈍器……」
だが何もクギバットは応えてくれない。
「ちなみに自分の能力を確認するためには『ステータスオープン』と唱えると、目の前に自分にしか見えない石板が現れます。これで自分や周辺の相手の能力を確認する事ができるから安心ですね」
「……俺もやってみるか。ステータスオープンっ。おおお!」
各自がステータス確認を実施しているのを見て、勇太もそれにならってみる。
ロクでもない事が続いていた勇太だったが、こちらは一発で上手くいくのだった。
名前: 稲岸勇太 (勇者イナギシ)
職業: 鈍器の勇者 レベルなし
固有武器: レベル1鈍器 (成長加速のギフト付与)
装備: 庶民の服、庶民の靴、異世界の手ぬぐい
10日分の携帯食料 水筒
固有技能: なし
クエスト: 勇者召喚の儀式を行った、褐色の司祭と邂逅せよ。
「八人の勇者よ、世界を救うのです。人類はあなたたちの召喚を今か今かと待ち望んでいます。非常時のための携帯食料セットを付けておきましたから、遭難しても安心ですね」
「ちょ、遭難する事あるの?! またこのピンクの煙は?」
「おおおっ、これから異世界に飛ばされるのか。いやもうここは異世界だから、下界か!」
「お前たち、下界でまた会うまで死ぬなよ! みんなで幸せになろうぜッ」
瀧脇さんのその言葉に職場の仲間たちは「おう!」と元気に返事をする。
勇太もやけっぱちになって一緒に大声で返事をしておいた。
「それでは、女神姉妹の祝福があらんことを……」
あらんことを、あらんことを、あらんことを……
再びこの異世界にやってきた時と同じ様に、周囲はピンク色の湯煙に包まれた。
宗教施設の様な天国から、向かうはこのファンタジー世界の下界である。
まだ心の準備ひとつも出来ていない勇太が呆然としている中で、体がどこかに吸い込まれる様な感覚に陥るのだった。
『坊主、鈍器の道を突き進めば、俺を選んだ事を感謝する日も近いぞ』
意識がどこかへと飛ばされる瞬間に、しばらく無言を貫いていたクギバットがまた喋った。
勇太にしか聞こえていないらしいクギバットの声音は、腹立たしいことにどこか上機嫌なものだった。
『何しろ俺は無双チートだ、頼りになるぞ。よろしくな』
「よろしくねえよ!」
こうして勇太は女神の住まう天界から、この世界の下界へと飛ばされたのである。
2017.1.26改稿




