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勇者のかわりに鈍器だけがどんどん成長する無双チート  作者: 狐谷まどか
第1章 成長しない勇者、大地に降り立つ
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第22話 樹洞の迷宮


 ラスガバチョの街を発ってグランドキャットウォークの村を目指す道すがら、勇太パーティーは道中にあるダンジョンへと向かった。

 事前に冒険者ギルドで収集した資料によれば、あってないような街道をわずかに逸れたその場所に、近郊の冒険者たちが出入りする、比較的大きな迷宮洞窟が存在しているというのだ。


「はじめて潜るダンジョンだからな。無理に奥へ奥へと入るのはやめておいた方がいい、まずは地域共通の納品クエストの情報に合わせて、買取をやってくれるモンスターのみを相手に軽く下調べをするのがいいだろう」


 珍しく女騎士が慎重論を口にした。


 自分だけが白馬に乗って移動するのが申し訳ないというので、彼女申し出でパーティーのそれぞれの旅荷は馬の背中に括り付けている。

 女騎士の白馬は軍馬として訓練を受けている非常に高価な馬だったので、彼か彼女かは知らないがズタ袋を背負わされてとても嫌そうな態度をしている様に勇太は感じた。


「それで買取をしてくれるモンスターというのは何だ?」

「浅い階層ならばトレントだ。その階層にはリザードマンやコボルトといった小集団で行動を刷る連中が住み着いている場合があるが、まあわたしと勇者がいれば何の問題も無いだろう」


 勇太が質問すると女騎士が大きな胸を揺らし歩きつつ、安っぽい麻紙か何かにビッシリと書き込まれたメモを確認しながら教えてくれた。

 すると勇太を挟んで反対側を歩いていた司祭アビちゃんも、勇太の前に差し出された麻紙を覗き込んでくる。

 するとふたりの女性が勇太に密着する様な格好になったので、彼は勇者特有のゲス顔を浮かべた。

 甘い女性の匂いが鼻を刺激する。

 法衣の緩い胸元から、褐色お肌のパイレーツなカリビアンドットコムが勇太の視界に飛び込んでくるので、あわててそれを逸らす。

 すると反対にはチョモランマ級の山々がそびえ立っていた。

 勇太はたまらず前かがみになった。


「この先にあるダンジョンは樹洞タイプの場所との事ですからね。勇者イナギシさま、トレントと言うのは樹木の姿をしたモンスターです」


 食虫植物かな?

 勇太は樹木のモンスターと言われて、巨大な食虫植物を連想した。

 しかしそうではなく、動物の様に俳諧をするタイプの食虫植物らしいのでタチが悪い。


「わたしもこの眼で見た事があるわけではないが、植木に足が生えてコボルトやリザードマンを捕まえて食べるモンスターの様だ。ダンジョンの様な場所で生活をしているからな、きっと栄養が無いので肉を食べる様になったのだろう」

「そうですね。太くて硬い樹木であれば、剣で戦うのは不利かも知れません。通常は斧や魔法を使って攻撃をするそうです」

「魔法は、今のわたしたちのパーティーには使える人間がいないな。しかし勇者の鈍器ならば打撃を与えられることが出来るかも知れない」


 ふたりの仲間の解説をふんふん聞きながら、こうして勇太はダンジョンの近くにまでやって来たのである。


 樹洞の迷宮と呼ばれているそこは、荒野の外れにあるひとつのオアシスがモンスターそのものになってしまった場所だった。

 何千年、あるいは何万年も滅びずに成長し続けた大樹が、互いに絡まりながら成長し、まるで洞窟の様になってしまったのだという。


 ぽっかりと開いたその樹洞の入り口からダンジョンははじまっていた。

 そこに多くの冒険者たちが集まっているのが見える。

 面白い事にそのダンジョンの入り口にはいくつかの掘っ立て小屋やテントが並んでいるのである。


「あれは何をやっている連中だ?」

「見たところ、行商人のみなさんたちですね。他にも毛皮商人や、食事を提供しているキャンプもあるそうです」


 聞けばここを訪れる冒険者たちがダンジョンの入り口で宿営をしているのだそうだ。

 何日にもわたって最深部に向かってアタックをかけているパーティーたちのために、支援と称して小さな集落の様なものが出来上がっていたのだ。


「勇者イナギシさま。本来であればわたくしたちも、それなりの人数を揃えてこの中に入るのが普通なのですが、今回は浅い階層に入るのでお気になさる必要はありません」


 ただしダンジョンから帰って来た時に、ここで同業者たちと情報交換をしたり食事を購入したり。

 あるいは宿を取る事が出来るのはとてもありがたい。

 勇太たちは今しもダンジョンから出てきたばかりの冒険者パーティーたちと入れ違いで、樹洞の迷宮の中へと突入した。


「あれだけの人間が出たり入ったりしているから、入り口付近は特にモンスターらしいものも存在していないな」

「しかし油断はいけませんよヒップ?」

「わかっているさ。今回はこいつがあるから問題ないなっ」


 元気はつらつでテンションの上がっている女騎士を司祭アビが諭すように注意する。

 すると女騎士は大きな盾を持ちあげて、勇太やアビちゃんに見せびらかすのであった。

 いつも鎧が爆散してしまうので、今回からはラスガバチョの街で購入した新兵器を投入する事になる。


「高い買い物だったからな、けどクリントウエストヒップさんにお似合いですよ」

「そ、そうか。勇者が言うのならばそうなのだろう」


 勇太が言葉を投げかけると、女騎士はまんざらでもない顔をして頬を染めた。

 この大盾ならば、ヘイト管理を任されている女騎士に敵が集中しても上手く攻撃を受け流す事が出来る。

 ちなみにこれも爆発反応式の盾なので、大盾が耐久度を超える攻撃を受けてしまった場合は爆散するのである。


「けどヒップ、気を付けてくださいね? またわたくしたちも巻き込まれたら、帰りはマイクロビキニアーマー一枚になってしまいます……」

「今回は貴様たちを巻き込む事は無いぞ。この大盾は正面に向かってのみ爆発破片が飛んでいく仕組みだ」

「よろしくお願いしますよっ」


 そんな女の子たちのやり取りを聞きながら、勇太は周辺を見回した。

 巨大な樹木が絡み合って出来たダンジョンというだけはあって、その壁面は全て木の皮である。


「不思議な空間だ。これ全部、樹で出来たダンジョンなんだよなあな……」


 敵らしい敵も見当たらないために、ため息をつく様にして勇太がそんな言葉を漏らした。

 本当の意味で樹洞窟の部分もあるのだろうが、そうではなくて折り重なった木々による空洞もある。

 そして、折り重なった太い枝の隙間から、ほんのわずかだけ木漏れ日がはるか上空から刺し込んでくる場所もあった。


 その時である。


『……坊主、お出ましだぞ』

「ふぇ?!」


 完全に油断であった。

 先頭を行く女騎士は大盾をかざしながらゆっくりと歩いていた。

 真ん中は勇太の持ち場で、クギバットを両手持ちにしながらちょうど上空を見上げていたタイミング。

 そして司祭アビは後尾で入り口のキャンプで購入した地図とランタンを片手に睨めっこ。


「うわぁ! 何だこのニンジンは、ニンジンが動いているッ」


 クギバットさんの警告で周囲をあわてて見回せば、地面に刺さっていたいくつかのニンジンが、自力でそこから這い出して来ようとしているではないか」


「マンキャロットですね! 低級のモンスターですっ」

「おのれ下等植物が、わたしに任せろ!」


 ヘイト! と叫んだ女騎士に向かって、もぞもぞと不気味に這い出して来たニンジンたちが跳びかかった。

 女騎士は大盾を前面に押し立てて、ロケットの様に飛んでいくニンジンの体当たりを弾き返す。


『行け坊主、範囲攻撃だ!』

「おうら、ホームランかましたるっ」


 指示に従って金砕棒に変化したクギバットさんを大きく振り回す勇太。

 すると体当たりをしては着地し、また体当たりを繰り返しているマンキャロットを数体まとめて樹洞の壁に叩きつけてやるのだ。

 あっさりと数体のニンジンモンスターが粉々になり、残りは女騎士が長剣を引き抜いて倒してしまった。


「ふう、こんなモンスターがいるとは思わなかった。アビの経典は役に立つな!」

「リザードマンやコボルトよりは雑魚だな。マンキャロットという名前なんですねアビちゃん。アビちゃん……?」


 百科事典の様に色々とためになる女神さまの知恵袋か書かれているのか、聖なる経典には色々な事が記載されている。

 今回もその司祭アビの経典の情報に助けられたと感謝の言葉を口にようとしたところ、


「ゆ、勇者イナギシさま。わたくしの事は諦めてください。モンスターとの交渉に応じてはいけませんっ」


 おかしな事を口にするダークエルフの声がするのでふたりが振り返ると、そこには木目調のお肌をした男が、司祭アビを人質に取っていたのだ。


「ヘイヘイヘイ! ダークエルフのお姉ちゃんは人質にもらったぜ」

「勇者イナギシさま駄目です話しもごっ……」

「ちょいと静かにしていなメーン。暴れると酷い目にあうぜ?」


 木目調のお肌をした男が司祭アビの口をふさいだ。

 木目調のお肌の男は緑色のドレッドヘアーで、出来の悪いギャングみたいである。

 女騎士と勇太はてきめんに狼狽えたが、捕まっているアビちゃんは意外に冷静、いや堂々としていて口をふさがれても暴れ続けている。


「きっ貴様ぁ、アビを人質に取るとは卑劣だぞ! このわたしを、わたしを代わりに人質にっ」

「落ち着けクリントウエストヒップさん、ここは交渉しよう。何が望みだ……?」


 ドレッドヘアーの木目男を怒らせると司祭アビに身の危険が及ぶ。

 身の危険がおよ……眼の前でアビちゃんはまたも激しく暴れ出すではないか。


「ヘイ色男、この女の命が惜しければ有り金を全部出すんだなって、ごふぅ……肘鉄の不意打ちきっくぅ……しかも痛えぇ、俺の指を咬むんじゃねぇ?!」

「今です勇者イナギシさま、わたくしの事は置いて、逃げてくだ……ちょっと何処触っているんですかあなた、まだ勇者さまにも触られた事ないのにっ」


 眼の前には緑色のドレッドヘアーをした木目調のお肌の人間。

 それがトレントだった。


『……どうする坊主?』


 呆れた声音のクギバットさんである。


「思ったより弱そうだから、倒すとするか。クリントウエストヒップさん、ヘイトをお願いします」

「わ、わかった。あいつがトレントならモンスターだからな。ヘイトスキルを使えば強制的に攻撃してくるだろう……」


 女騎士がヘイトスキルを発動させると、ドレッドヘアーのトレントはアビちゃんを放り出して強制的に女騎士を襲いかかった。

 そこに金属クギバットを構えていた勇太が、打者席に立つバッターよろしく力いっぱい振り抜いた。


「ぐぎゃああああああぁ!」


 外角高め。

 トレントの胸を強打する様に金砕棒を叩きつけると、樹木モンスターは悲鳴を上げながら吹っ飛んでいった。

 痛烈なライナーである。


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