第21話 勇者さま、帰りに寄り道しませんか?
鈍器の勇者、剣闘士初参戦で四連勝!
このほど、巷で騒がれている伝説のニカ村からやってきた八人の勇者のひとり、イナギシ氏が闘技場に剣闘士として初参戦した事がわかった。
イナギシ氏は初戦でレッサードラゴンと対戦。サイドからの華麗なカウンターで一撃を見舞うと、そこから一気に痛烈なダメ押し打撃を与え、試合開始直後に勝負を決めた。
その後も同氏はミノタウロス、ヘビモス、ティタノボアといったA級モンスターとの個人戦を勝ち抜き、何れも危なげなく勝利して、総額レア銀貨二四枚(推定額)の報酬を受け取った。
ラスガバチョ闘技場の幹事で鈍器の勇者代理人を務めるピストロカルロス氏によれば、今後も定期的に剣闘士として闘技場に参戦する意向があるとコメントが寄せられている。
「勇者イナギシさま、新聞にはその様に書かれております」
「そんな意向は無いよ!」
勇者イナギシは激怒した。
冒険者ギルドに向かうその道すがら、ラスガバチョの下町で発行されている瓦版みたいな新聞を見かけた勇太パーティーだった。
そこにデカデカと書かれていた見出しに「鈍器の勇者」という文字を発見してしまったのである。
おかげで名前と顔が売れたのか、冒険者ギルドの入り口にやって来たところで、見も知らぬ人間にまで声を駆けられる始末である。
「よう鈍器、この前は儲けさせてもらったぜっ。また剣闘士はやらないのか?」
「そのうちにな……」
ゲンナリした顔で適当にあしらった勇者は、そのまま隣でモジモジと恐縮顔をしている女騎士を見やった。
「こ、今回の件でわたしは貴様に、多大な迷惑をかけたと自覚している。勇者はわたしの命の恩人だ。本当にすまないっ」
「いいよもう。ちゃんと借金もチャラに出来たし、今度からギャンブルをする時は事前に俺たちに報告してからにしてくれ」
「みなまで言わなくてもしっかり反省している!」
この通り、借用書と借入金をきっちり揃えて宿屋《麗しの懐亭》に戻ってからというものの、女騎士はすっかり従順になっていた。
高圧的な態度はなりを潜めて、今では大きいのはおっぱいばかりのクリントウエストヒップさんである。
ついでにギャンブルに手を出した理由も、聞けばいじらしいものだった。
「確かに、爆発する鎧であんたは毎回金が入り用だったのは間違いない。けどあれはあんたにとって必要経費みたいなもんだろう?」
「……」
「ヒップは盾役で他の人間よりも多く敵に攻撃を喰らってしまいますので、仕方ありませんよ。それにもう少しわたくしの回復魔法が優秀なら、こんなことには」
「…………」
「だからあんまり自分を責めるな。あんたには仲間としてこれからも一緒に頑張ってもらいたいからな」
少しでも自分が無駄にしている経費を稼ごうと思ったらしいのだが、慣れない事はやらないに越したことはないのである。
聞けば以前に一度だけギャンブルをやった事があったらしく、その時はビギナーズラックで大勝利を得たらしい。
「わたしはもうギャンブルはやらない、一生貴様のために何でもする。びえぇ……」
「わかった、わかったから落ち着け。な?」
「ううっ、ゆうしゃあぁ……」
勇者が優しく背中を撫でると、女騎士は泣きべそをかいた。
あわててアビちゃんがハンカチを差し出すと、
「ひ、ヒップ、鼻水が垂れています。これで拭いてください」
「ずびび、チーーン!」
女騎士は遠慮なく鼻をかんだ。
◆
勇太パーティーのメンバーがラスガバチョの街に滞在して数日。
ようやく街の雰囲気にもなじんで来たところであるが、彼らは本来グランドキャットウォークの冒険者ギルドに所属している立場だ。
そろそろ村へと戻るために、帰りの都合にちょうど良い行商人の護衛クエストはないものかと掲示板を三人で観察していたのだが、
「今日はまだ行商人の護衛依頼は張り出されていませんねぇ」
「ふむ、夕方まで時間を潰すのももったいないけど、依頼は無しで、そのままのんびり戻る事にするか?」
朝一番に冒険者ギルドへ顔を出したこともあって、まだめぼしい護衛依頼は張り出されていなかったらしい。
すると掲示板を前にして女騎士と司祭アビが交互に意見を述べる。
「それだと、わたしは馬を持っているからいいが、貴様たちは徒歩での帰路という事になってしまうぞ」
「お金については勇者さまのご活躍で少しばかり余裕が出来ましたけれど、それならば帰路は駅馬車を利用するという方法もあります。
「駅馬車なんてのもあるのか、そりゃ便利だな。クリントウエストヒップさんは馬があるから、料金も少しだけ安くなるというのもいいなぁ」
わたしの事はヒップと呼んでくれればいいのに、などと小さな声で女騎士がつぶやいたけれど、その声は勇太には聞こえなかったらしい。
ブスリとした女騎士は、そこでひとつのアイデアを提案した。
「そ、そうだ勇者、帰り道にダンジョンに向かってみるのもアリではないかな?」
「おおっダンジョンか、いよいよファンタジーめいてきたな!」
いかにも勇者や冒険者らしい事が出来そうだとワクワクする勇太である。
「それならば勇者イナギシさま、こういう方法もございますよ?」
「ん? どういう方法かな」
「冒険者ギルドに張り出されているクエストの依頼書の中には、納品クエストというのもあるんです」
「納品クエスト? 前に聞いた採集クエストと何が違うのかな?」
勇太は素直に疑問を口にした。
すると司祭アビちゃんは隣の掲示板に足を運んで、いくつもある依頼書を物色しはじめる。
「ええと例えばですね、あった。ありました、こちらです!」
「どれどれ?」
「これは植物の採集をする納品クエストのひとつですね。依頼に上がっているのは、お薬の原材料になる珍しい薬草を手に入れてもらいたいというものです」
勇太が依頼書を見ると、そこには彼には読めない文章に添えてしおりがひとつ添付されていた。
押し花になった植物の葉っぱのしおりである。
どうやらこの押し花は納品物のサンプル品として採集する現物が提示されているらしい。
すると見覚えのあるものだったのか、女騎士が反応した。
「ビビットフラワーという花だな、わたしも騎士学校の修業時代に、この花を使った薬を利用していた事がある」
「薬草採取のクエストは、どの冒険者ギルドでも常時受付されている場合が多いので、冒険者たちはあらかじめ掲示板で納品クエストの情報をチェックしておいて、それから別のクエストのついでに納品クエストを達成する事があります」
「しかしアビ、この手の納品クエストは単価が安いだろう?
女騎士がその点を指摘すると、
「はい。ですのでモンスター素材の納品クエストを受注すればいいかと。薬草採取と同じで、モンスターの部位もまた高値で取引されているので、ダンジョン攻略に行くのであればもってこいです。どうでしょうか勇者イナギシさま?」
司祭アビちゃんは勇太と女騎士を交互に見比べて、ニッコリ笑って見せるのだった。
「いいねえ、なんか冒険っぽくなってきたじゃないか」
『坊主、ダンジョンはいいぞ』
「わたしも勇者が賛成であるならば同意するぞ」
衆議が一致したところで、勇太パーティーはグランドキャットウォークの帰り道にダンジョンへと向かう事になったのだ。




