第2話 坊主、俺を選べ……
勇太たちは与えられたこの世界のファンタジー服に袖を通す。
そうしてひと心地付いたところを見届けた女神マリンカーは、おごそかに口を開いたのである。
「ここに集まっていただいた勇者のみなさまは、わたしたちの世界で広く信仰されている女神姉妹教団の勇者召喚の儀式によって呼び出されました」
勇太はその言葉に息を呑んだ。
どういう状況にあるのかわからないこそ、一言一句逃すまいと彼の同僚たちも聞き耳を立てるのである。
「世界は、混沌とした暗黒の時代を迎えています。今から三〇数年前に人類を率いる勇者と魔族を率いる魔王との間で激しい戦争が行われたのですが、辛くも勇者の活躍によって魔王を倒したものの、断末魔の呪いによって世界は何年にもわたる闇に包まれてしまったのです」
「勇者とは何だね。その口ぶりだと過去にも勇者が召喚されたことがある様だが」
すると何事にも物おじしない瀧脇さんが質問をした。
「女神教団の勇者召喚の儀式を経て、女神によって認定された異世界からの転移者の事です。つまりあなたたちはその要件を満たした勇者選任者のみなさんという事になります。過去にも一度、魔王を倒すために勇者召喚の儀式が行われたことがあります」
「魔王は滅びたんだろ? じゃあ今回、女神教団は勇者に何を求めているんだ?」
当然の質問だろう。
勇太の口からはそんな疑問が飛び出した。
「未だ魔王の呪いによって魔王の残党は力を失っておりません。一致団結する事をやめた今の人類には強力な魔族の軍団と戦う事が出来ないのです……。これをご覧ください」
女神がそう言葉を投げかけた次の瞬間に、宗教施設の様な場所だったそこが急に暗転した。
「何だ、停電か?!」
「違うぞこれは、魔法だ。魔法だぞ」
「落ち着いてください勇者のみなさん。この水晶の中を覗き見てください」
女神の言葉に導かれて、勇太たちはぞろぞろと指し示された大きな水晶に集まって来た。
水晶はぷかぷかと摩訶不思議な異能で空中に浮かんでいるではないか。
「おお、一心不乱に小学五年生ぐらいの女の子が祈りを捧げているぞけしからん」
「俺には悪魔みたいなおっさんが、滝に打たれながらブツブツ言っている様に見える」
「馬鹿言え、こっちはセクシーダイナマイッ! だぜ?」
どうやら覗き込んだ人間それぞれで、別の人間が見えているらしい。
勇太が恐る恐る中を覗き込んだところ、褐色の肌をしたひとりの女性が宗教施設らしい場所で両手を組んで祈りを捧げているではないか。
黒髪ロングストレートに長耳をしている。俗にいうダークエルフという種族だろうか。
「みなさんはそれぞれ別の、勇者召喚の儀式を行っている聖職者たちが見えているはずです。人数は八人、あなたたち勇者のみなさんと同じ数です」
「おお、ひとりの聖職者がひとりの勇者を召喚する様になっているのか」
「手前勝手な信徒たちのお願いだとは思いますが、もはや勇者召喚の儀式を止める事は出来ません。わたしとは別の女神によって、受理されてしまったのです……」
え、この流れ、もしかして拒否権は無いんですか。
そんな事を勇太は思いながらあわてて女神の顔を見やった。
「そりゃないよ! 俺たちは慰安旅行中だったんです。慰安、混浴、わかりますか?」
「他の女神がやったこととは言え、その者に代わりお詫び申し上げます……」
どうやら異世界とのゲートを管轄しているのがこの女神マリンカーで、別の女神が勝手に信徒の願いを受理したのだ。
「電設二課の俺たちが、世界を救えるのか?」
「無理だろ、工具もないし」
「魔法とか伝説の武器とかあれば魔族とかモンスターとか倒せるんじゃね?」
勇太の同僚たちは混浴温泉に入るつもりで全裸でこの世界にやって来たのだ。
武器になる様なものは何もないし、普段の仕事で使っている様な道具も一切持っていない。
それどころか格闘技の経験があるわけでもない現代日本人が、異世界に放り出されて役に立つはずがないし、それどころか絶対に足手まといになるだけである。
そんな事を勇太が密かに考えていたら、その点を女神が説明してくれるのだった。
「もちろん、タダでみなさんをこの世界に送り出すわけではありません。できるだけの事は女神としてさせていただきます。ひとつだけ、みなさまに固有の能力を女神からのギフトとして与える事も可能です。それからみなさまにこの世界で戦って頂くための武器も」
「武器!」
「はい、武器とそれにギフトです。女神としてわたしから出来る事はこれだけですが、せめてもの償いに……」
そう言って深々と謝罪された勇太たちは、互いに困惑した顔を向け合って「どうするよ」「武器だってよ」とぼやく。
だが何事にも動じない瀧脇さんは、ここでも話を先々に勧めるのだった。
「お前たち、クライアントが無理難題を押し付けてくるのはいつもの事だろうが。できるかできないかは現場の判断でやるもんだ、まずは武器とやらを見てから考えようじゃねえか」
「そうですねえ。召喚されちゃったもんはしょうがないです。固有の能力ってユニークスキルってやつでしょ? 俺、深夜アニメでそういうの見たことあるんですよ。異世界に召喚されたらチートスキル持ちになって無双するはなし。伝説の剣とかもらえるんでしょ?」
後輩寺岡も前向きにそう言った。
あるいは女神の魅惑のオーラか何かで、楽天的に考える神通力かなにかをかけられている可能性もある。
そんな事を考えながら女神の横顔を見ていると、こちらですと彼女に誘われて武器が用意されている場所にぞろぞろ同僚たちが移動し始める。
「ちょ、待ってくださいよ!」
そして連れていかれた先には、八種類のタイプの違う様々な武器が並んでいるのだった。
「お好きなものを選んでくださいね。これは女神の祝福を受けた特別な武器ですから、使い方がわからなくても使っていくうちに体に馴染んで使える様になりますから」
「おお、女神の姉ちゃんあんたすげぇな。おっぱいだけじゃないんだな!」
「おっおっぱいのことは言わないでくださいっ」
瀧脇さんのセクハラ発言に女神が顔を真っ赤にして抗議していた。
勇太が端から視線をぐるりと巡らせていると、なんだか気になる武器がひとつある。
剣や槍など定番に武器に混じって、できの悪い木製バットにクギを打ち込んだ様な形状だ。
ひのきの棒かとも思ったが、やっぱりどう見てもクギバットにしか見えない。
筋骨隆々な瀧脇さんは迷わず斧を選んだ様だ。
一方、お調子者の寺岡は「勇者と言ったらこれでしょ」と剣を手に取ってご満悦だった。
入社同期の別の男は、無難に盾を選んでいる様だった。世界を守る盾になる勇者というのも悪くないのかも知れない。他にも弓を手にする同僚もいる。
早くしなければまともな武器は同僚たちに奪われてしまうのではないか。
だが勇太は、どうしてもクギバットが気になってしょうがなかった。
何の変哲もない、たぶんこの中では一番弱そうな武器のはずなのに、眼を引いて放さないのである。
すると、
『坊主、俺を選べ……』
クギバットが勇太の耳にそう囁きかけるのだった。
2017.1.26改稿