第19話 女騎士、ギャンブルに負ける
「うっ、ひぐっ……ゆうしゃぁ……」
「恐れ多くも勇者さまからお金を頂くのは気が引けるんですが、借金は借金だ。利息分、ひとまず頂きましたぜイッヒッヒ」
その夜更け、人相の悪い冒険者崩れみたいな中年の男に借金の手付をせびられた勇太は、司祭アビを起こして支払いをする様にお願いした。
身ぐるみはがされ例の下着姿で、女騎士はさめざめと泣いていた。
勇太も泣きたい気分だった。
◆
ラスガバチョの街。
そこは国境地帯にそびえるバルモア山脈を越える旅人たちが、難所を前に骨を休めるために訪れる場所だった。
ギャンブルが許認可された宿屋や、広々とした大衆浴場。あるいは冒険者をモンスターと戦わせる闘技場や、見る者を引きつけてやまない物珍しい交易品も繁華のバザールで賑わっている。
「街の歴史を紐解けばオアシスが発祥だったのですが、今では文字通り旅人たちに潤いを与えてくれる心のオアシスとなったのです。ですが……」
「何事もやり過ぎはダメだという典型的な例だよね」
あくる日の朝。
宿屋《麗しの懐亭》のバーカウンターに座っていた勇太と司祭アビは、滅入った表情で一枚の羊皮紙を覗き込んでいた。
勇太は異世界の言葉がわからないけれど、アビちゃんの説明によればこう書かれている。
借用書
麗しの懐亭どの、わたしは蝉月十日にレア銀貨二〇枚を借り受けました。利息は一割、返済は十日の内に必ずします。 騎士クリントウエストヒップ 拝
無駄に達筆な文字でさらさらと書かれており、無駄に自己主張する様に女騎士のサインはデカデカと書かれていた。
階下のホールでギャンブルに乗じた女騎士がボロ負けして、挙句の果てに借金までこさえたらしかった。
「銀貨二〇枚ってのはどれぐらいの大金なのかよくわからないんだけど」
「レア銀貨一枚で大銅貨十枚の価値がありますから……」
「上の宿部屋が大銅貨一枚でしょ? 宿屋の料金がひと部屋五〇〇〇円だとしたら……銀貨二〇枚って百万じゃないか?!」
勇太は眼を剥いて驚いた。
宿屋の一等客室で料金が大銅貨一枚なのだから、もしかすると百万円どころの騒ぎでは無いのかもしれない。
するとバーカウンターの隅っこで、小さく背中を丸めていた女騎士が言い訳をする。
「か、借りた時はすぐに返せると思っていたのだ。だって勝てば借金してもおつりがあるぐらいだ!」
「ギャンブルに負けるやつは、みんな同じ事を言うんだよッ」
「そ、そうだ勇者よ! お前は枢機卿の支度金をもう少しわたしに投資してみないか。きっと倍、いや何倍にもなって帰って来るぞ、ん?」
その考えを改めないからギャンブルでボロ負けしたのである。
騒がしい女騎士を無視する様に、勇太はアビちゃんと顔を見合わせた。
「どうしましょう。枢機卿さまにご用意いただいた資金はもともとレア銀貨十枚だけでしたし、装備もそろえて世直しの旅の資金にも必要ですし。しかも利息を手付に支払いましたからね……」
「借金が払えなかった場合はどうなるんだ?」
「もちろん借金のカタに人身売買される事になります。ヒップ、あなたの健康を女神さまにお祈りしておきますね?」
持ち金全てをかき集めても、とても二〇レアの銀貨を揃える事が出来ない事もわかった。
残念ながら金目のものになりそうなサイクロプスの首も、依頼を発注している場所がグランドキャットウォークの冒険者ギルドなので、そこでしか業務手続上は証明部位の換金が出来ないのである。
勇太と司祭アビは、女神に祈るポーズをしてカウンター脇の女騎士を見やった。
「わ、わたしを見捨てるのか? 仲間じゃないか?!」
「仲間になって日が浅いので、俺は仲間を失った傷はそれほど大きくないけどね」
反省を促すために勇太が冷たくあしらうと、シュンとした女騎士がおっぱいを垂らして俯いた。
仲間だと思っていた司祭アビちゃんにも酷い扱いを受けて、ガックリ来ている様だ。
「まったく。世直ししながら資金稼ぎをしていたと思ったら、借金こさえてどうするんだよ。おやじ、ワイルドホッグをストレートでくれ」
「あいよ」
無表情のバーテンダーにとびきりキツい酒を注文すると、勇太はそれをひと息に煽った。
朝からガツンと胃袋に刺激を与えてくれるが、それを見た司祭アビちゃんも同じものを注文した。
「愚痴を言ってもはじまらないからな。十日のうちに何とか金を稼ぐ方法を探さないと」
「ゆ、勇者よわたしを身売りしないのか?!」
「それをやるのは最後の手段だ。あんたも奴隷騎士として人身売買されたくないなら、必死で何かを考えるんだ」
司祭アビはストレートのお酒をバーテンから受け取ると、嬉しそうに両手で持ちあげながら提案する。
「……冒険者ギルドに行きましょう。何か割りのいいクエスト発注が張り出されているかも知れません」
「しょうがないな。魔族やモンスター退治も大切だが、今は軍資金が必要だ」
グイっと気持ちよく飲み干した司祭アビちゃんに、勇太がため息交じりに同意した。
「わ、わたしのために助けてくれるのか?! このお礼は何でもしますから、わたしを奴隷騎士にするのだけはやめてくれッ」
騎士で奴隷とはこれいかに。
不埒な妄想を脳裏に浮かべた勇太は、勇者特有の助兵衛顔をした。
◆
たくさんのクエスト依頼の中には高額報酬のものも含まれる。
例えばダンジョン攻略ならば、深層に巣くうボスモンスターを倒しただけでも銀貨ン十枚の報奨が得られるが、古代文明の秘宝でも見つければさらに旨味がある。
懸賞金のかけられた巨大モンスターの類ものきなみ高額なので、一攫千金を狙う冒険者たちは、利益と命を天秤に賭けて挑む事もあるのだが。
「勇者イナギシさま、どれもクエスト達成には下準備が必要なものばかりですね。例えばこれなどは、攻略が進んでいるダンジョンなのですが、深い階層まで潜るには仲間を集めてじっくり攻める必要があります」
「むむーっ、もっと手っ取り早く稼げる方法は無いか。騎士の誇りにかけてわたしは何でもするぞ!」
莫大な懸賞金のかかっているドラゴン討伐のクエスト依頼書をコツコツと叩きながら、忌々しそうに女騎士は吠えていた。
現実問題として、聖なる癒しの魔法のレベルが低すぎる司祭アビちゃんでは、サイクロプスより強い敵と戦うのは今の勇太パーティーには不可能だろう。
「それならば、これぐらいしか今すぐ受けられるクエストはありませんが……」
逡巡した司祭アビちゃんは、褐色の顔に困った表情を浮かべてひとつの依頼書を指さした。
「何と書いてあるの?」
「勝敗を賭けの対象にしている闘技場で、戦う戦士を探していると書いています。剣闘士の依頼クエストですね」
「これだ! わたしがこの闘技試合に出場して勝ち進めば大金持ちだ」
「武器も借金のカタにとられたのに、どうやって試合に出るんだよ……」
女騎士は黙り込んでしまった。
「ヒップはああ言っていますけれども、勇者イナギシさまにはお勧めできません」
「そうだよなぁ」
「負ければ賭けたお客さまに石を投げられますし、勇者さまのお名前に傷をつける事になります……」
これでは今後の世直しがままなりません。
司祭アビは勇太を見上げながらそう意見を述べてくれた。
だがその気になっているヤツがもうひとりいた。
『坊主、この依頼を受ろ……』
「ふぁ?!」
どうやらクギバットさんは当然の様に勝つ気が満々の様ですね。




