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勇者のかわりに鈍器だけがどんどん成長する無双チート  作者: 狐谷まどか
第1章 成長しない勇者、大地に降り立つ
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第18話 麗しの懐亭へようこそ


「当宿に勇者さま御一行がお泊り下さるとは、光栄至極に存じますッ。ささ、汚らしい宿ではございますが、どうぞ奥へ、奥へ!」


 冒険者ギルドへのもろもろの報告や買い物を終えた勇者パーティーの面々である。

 宿屋を探して夕暮れのラスガバチョの街を歩いていると、そのうちの一軒へ何とはなしに足を差し向けたのだが……


「お、おう。しかし客が多いが部屋はちゃんと人数分あるんだろうな?」

「勇者イナギシさま、ここはとても賑やかな宿屋ですね。グランドキャットウォークのそれとは大違いです」


 その大きな三階建ての佇まいの宿屋は、名前を《麗しの懐亭》と言った。

 一階は広いホールになっており、吹き抜けの二階のキャットウォークからは階下を眺めている宿泊客の姿が見える。

 楽団の生演奏に兎耳をした艶っぽいお姉ちゃんたちがホールの中を行き来する姿を見て、勇太は少しばかり興奮した。


「はい。ここラスガバチョの街を治めるご領主さまは、街の税収を高めるためにギャンブルを奨励しておりましてなあ」

「するとここに集まっている連中は賭け事をやっているというのか?」


 けしからんな、などと少し前まで守衛官をしていたクリントウエストヒップさんは口にしている。

 けれども言うと態度とがまるで逆だと勇太はチラリと観察して思った。

 しげしげとホールで行われているカード賭博を凝視したり、行き来する兎耳のエッチなお姉さんたちを見やったり。


「何だクリントウエストヒップさんは賭博に興味があるのか?」

「……い、いやそうではない。さあ今夜泊まる部屋にさっさと案内してもらおうか」


 気になるそぶりをしながら否定して見せた女騎士は、宿屋のおやじを急かして階上へと急いだ。

 案内された部屋はグランドキャットウォークで泊まった客室よりも倍の広さがある。寝台もセミダブルぐらいはあった。


「こちらでございます。本日は一等客室が開いておりましたので、勇者さまにはこちらの部屋をご用意させていただきました!」


 おお! 俺ひとりでこの広い部屋を独占できるのかっ。

 勇太はぬか喜びをしたけれども、


「それで従者の方々は、」

「わたくしたちも同じ部屋で構いませんっ」

「?」

「ですから、わたくしたちもその。勇者さまと同じ部屋で同衾いたしますのでっ」


 即座に司祭アビちゃんが否定をしたものだから、勇太は困惑した。


「ははあ、なるほど勇者さま。今夜はお楽しみというわけですね? さすが英雄色を好むと言いますからなっ」


 あっはっはと大笑いして見せた宿屋のおやじは、そのままニコニコしながら退出してしまった。

 女騎士はさも当たり前の様に鎧をゴソゴソと脱ぎだすと、戸棚にそれを置いてる。

 司祭アビちゃんも「ふう疲れましたね」などと背負いっていたズタ袋を下ろしてグーンと伸びをしているではないか。


「え、何でみんな同じ部屋なの?」

「勇者イナギシさま、無駄遣いはやっぱりいけませんから……」

「そうだな。防具を買い替えたばかりだから出費も痛いし、まだサイクロプスの首も換金できていないので当然だ」


 司祭アビちゃんは少しだけ褐色長耳を赤くして、女騎士の方は懐を探る仕草をしてため息をつくではないか。

 そもそも誰のせいで防具が一度で台無しになったのかと文句を言ってやりたい勇太だったけれども、童貞の彼は女の子に囲まれて悪い気がしないので言うのを我慢した。


 これで両手に華である。

 美少女ダークエルフちゃんと金髪巨乳美人に囲まれて床をひとつにするのを想像すると、勇者特有のゲス顔が浮かんでしまった。


「それにしてもホールの喧騒がここまで聞こえてくるな」

「本当ですねえ。わたくしはギャンブルというものをやった事がないのですが、楽しいのでしょうか?」

「さあどうだろな。俺もパチンコに一度足を運んだことがあるぐらいだからよくわからないな」


 勇太の言葉に小首を傾げながらアビちゃんは疑問の表情を浮かべていた。


「さ、さあ今日はもう遅いから食事を取ったし寝る事にしよう。明日は冒険者ギルドに朝一番で足を運ぶぞ貴様たち!」


 まだ夕暮れ時だというのにおかしな事を口にする女騎士である。

 食事はすでに街の食堂で済ませていたので確かにもうやる事は無いが、疲れていた司祭アビは何も不思議がらずに同意した。


「そうですね。今夜は早めに寝て、明日は街にある公衆浴場に行ってみませんか?! 大きな屋内浴場に噴水まであるそうですよ!」


 早寝、早寝とふたりがそう言うのだから、もしかしたらこれが異世界の普通なのだろうか。

 公衆浴場という言葉に、勇太は異世界に誘われた時のピンクの湯煙を思い出しつつ、夢の世界に向かうのだった。


     ◆


 その夜、ふたりの女性に挟まれてとても寝苦しい夜を勇太は過ごしていた。

 と思ったのだが、ふと寝返りを打った瞬間に、隣で寝ていたはずの女騎士の姿が見当たらない。


「あれ? あいつどこいったんだ……」


 部屋の中は真っ暗だったが、しばらくぼんやりと寝ぼけまなこで見つめていると、眼が慣れてきてうすぼんやりと客室の全容が浮かび上がって来る。

 勇太の左隣に司祭アビちゃんが例の下着姿で寝ていて、本来は女騎士が例の下着姿で右隣に寝ていたはずだ。


「アビちゃん起きて、聞こえますか?」

「う~ん、勇者イナギシさまそこはいけません。わたくしはまだ修行の身の上なので後ろで……」

「……いったいどんな夢を見ているんだアビちゃんは」


 ひしっと勇太の腕に手を回していた司祭アビだけれど、それを丁寧に解いてから勇太は寝台を降りた。

 すると戸棚に安置されていたクギバットが突然勇太に語りかけるではないか。


『坊主、どうした?』

「一緒に寝ていたはずのクリントウエストヒップさんの姿が見当たらなくなってるんだけど、クギバットさんは何か知りませんかね?』

『あの女ならお前が寝いびきをかきはじめて直ぐに、この部屋を出ていったぞ』


 マジかよあいつどこいった?

 勇太はクギバットを戸棚から取り上げると、そのまま女騎士を探しに出るかどうか逡巡した。

 もしかしたら夜中にトイレに行ったのかも知れないし、それなら勇太の早とちりである。


『……安心しろ坊主』

「何をですかね」

『あいつはギャンブルの才能が無いからもうすぐ帰って来るぞ』


 自信満々にフフンとクギバットが言うものだから、勇太は首をかしげてしまった。

 しかしその口ぶりに「ギャンブル」という単語がまじっているのを聞き逃さず、すべてを悟った。


「何だよアイツ、下のホールでギャンブルやってるのかよ……」


 もしかすると女騎士は、自治体の治安維持にあたる守衛官という立場だったのを気にして、こっそりと大好きなギャンブルを楽しみに出かけていたのかも知れない。

 何だか好きそうなオーラが出ていたもんな。


「それならそれと早く言えばいいんだよ。俺もちょっとやってみたかったし……」


 女騎士は水臭いな、などと勇太が暗闇で苦笑をした。

 するとどこからともなく、ガヤガヤと騒がしい言葉のやり取りが聞こえてきた。

 勇太が耳を澄ませると、それは部屋の外の廊下での事らしい。


「き、貴様らっわたしからこれ以上何を奪うつもりなのだ?!」

「お金を借りたらキッチリ返済する。誰でも知っている理屈ですぜ女騎士さま。金がないなら勇者さまからしっかり頂くしかあるめえ」

「な、何だと。それは困る。そうだ殺せ、わたしを殺せ!!」


 勇太の耳に、泣き叫ぶような女騎士のくぐもった声が聞こえてきたのである。

 彼は頭を抱える様にしてうなだれた。


「しかもボロ負けしたのかよ……!」

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