第16話 そろそろサイコロブッコロす? 前
話は少しさかのぼる。
冒険者ギルドのカウンターにとある行商の護衛クエスト申し込みを済ませた勇太たちは、その足で依頼人である行商人と顔合わせをする事になった。
「聞いていますよ! 女神さまに勇者召喚の祈りを捧げていた各地の聖職者たちが、ついにその召喚を成したという噂をねッ」
無意味にテンションの高い行商人の男は、名前をホッホフェルデナンドと言った。
名前が長いために勇太はホッホと覚える事にした。
「う、噂になっていたんですか?」
「そりゃあもう、なっていますとも! このわたしが旅の途中で聞いた話ですと、剣の勇者さまというのが西海岸の港に降臨したというので、それはもう街を上げてのお祭り騒ぎで。いやあまさかその勇者さまのひとりに、こんなセコイ護衛の依頼を受けていただけるなんて、光栄の極みです!!」
腹の出たホッホおじさんが、脂肪を揺さぶりながら興奮気味に身振り手振りするものだから、女騎士も司祭アビも興味津々である。
「剣の勇者さまがどういう方か、勇者イナギシさまはご存知でしょうか?」
一緒に召喚された職場の同僚だから、勇太はもちろん剣の勇者が誰なのか知っている。
うっとりとした表情で、まだ見ぬ剣の勇者に妄想を働かせる司祭アビに、勇太は軽く嫉妬を浮かべた。
「寺岡っていう電設二課の後輩で、わりとお調子者かな。ソツなく仕事をこなせる男だったけど、女神さまからは万能のギフトを付与されていたと思うよ」
「剣の勇者さまは万能のユニークスキル持ちなのですか?!」
「いかにも優れた勇者であるらしいな。ホッホとか言ったな、他には何か噂は無かったのか?」
勇太の言葉に勝算の言葉を並べるパーティーメンバーだ。
女騎士の質問にホッホおじさんは腹を撫でながら、聞いた噂話の追加説明をする。
「何でも召喚で降り立った大地で、別荘地で避暑をされていたさるご領主さまの令嬢を助けたという話を聞きましたなあ。悪いワイバーンにかどわかされそうになっていたところを、剣の勇者さまがバッサリだそうです!」
「ワイバーンか、その剣の勇者とやらとはいい酒が飲めそうだ。わたしもいつかワイバーンを仕留めて飛龍殺しの称号を得たいものだ」
珍しく興奮気味に女騎士がそんな事を言うものだから、勇太はますます不機嫌になった。
何しろ彼もホブゴブリンを倒して女騎士を救出した経験がある。
似た経験をしたにもかかわらず、相手はお貴族さまの令嬢で、こっちは脳みそまで筋肉で出来ていそうな女騎士。
納得が行かない。
「それでこちらの勇者さまは……」
「わたくしたちがお仕えしているのは勇者イナギシさまです」
「そう、勇者イナギシさまはどの様な祝福を女神さまからお受けになったのでしょうか?」
期待の眼をいっぱいにしてランランと勇太を覗き込むホッホおじさんに、彼はぶすりと返事をした。
「クギバットの勇者だよ。ちなみに俺は女神様から何も祝福を受けてないからな。期待させて悪かったな……」
そんな言葉を耳にして「何と!」とまた大袈裟にホッホおじさんが言葉を叫んだのだった。
勇太はホッホおじさんを残してさっさと冒険者ギルド前から、ひとの往来がある目抜き通りの流れに身を任せる事にした。
何だか自分が出来損ないの勇者の様な気がして、とてもいたたまれないきぶんになったからだ。
「あ、勇者イナギシさま、お待ちくださいっ。ホッホさま、隊商の出発はあくる朝一番という事でしたね?」
「そうでございます。冒険者ギルドの前で朝の鐘が鳴った頃に……何だか勇者さまのご機嫌を損ねてしまった様で」
「気にするな、あの男も大人げない。男は黙って痩せ我慢だというのに」
取り急ぎの最終確認、それから謝罪の声と悪口が聞こえてきたが、勇太はそんな事も気にせず往来の人ごみに呑み込まれた。
◆
そうしてやってきたあくる日である。
旅に次ぐ旅で村々を行き来する行商人というのは、朝一番に宿を出発して次の目的地へ向かうわけだ。
日中の走破で次の街や村へと到着出来るなら急ぐ必要があるし、それが無理ならば日が暮れるよりも早くに宿営の準備をする。
夜中には夜行性のモンスターもいるので、出来るだけ早くに体を休めておく必要があるのだとか。
「みなさま、それでは次の目的地、ラスガバチョの街まで張り切って参りましょう!」
昨日の午後過ぎにグランドキャットウォークの村に到着した行商人のホッホさんは、その足で冒険者ギルドへやってくると護衛の予約を依頼した。
行商の護衛クエストは基本的にひとつの拠点ごとに改めて雇い入れるのがルールなのだ。
冒険者たちは普通ひとつの街や村を拠点とするので、長い旅に付き合ってくれる事が余りないからで、そのためにホッホさんはまず冒険者ギルドに依頼を出した後にその日の宿を取ったのだとか。
「勇者さまに守っていただけるのであれば、なにも間違いはないでしょう。本日はよろしくお願いします!」
「ああよろしく。みんなじゃあ行こうか」
「はいっ勇者イナギシさま」
「ようやく勇者も機嫌を直したか」
さすがに社会人の勇太は、クライアントに対していつまでも不機嫌な態度を続けるわけにもいかない事はわかっている。
無駄に元気なホッホさんに内心で辟易としながらも、勇太は彼が率いている行商の荷馬車に近付いて乗り込む事にした。
ホッホさんの所有する荷馬車は幌付きのものが二台、露天のものが一台の計三台だ。
彼のもとで丁稚をやっている四人の若者たちがその御者台にそれぞれ分かれて乗り込んだ。
女騎士は自前の馬を持っているので先頭を走る事にし、勇太と司祭アビは最後尾の幌付き馬車の台車に腰かけて後方確認である。
「使用人にはゴブリンもいるんだな」
「そうですねえ。ゴブリンさんも近頃は畑仕事だけじゃなく、聖職者になる方、商人になる方と様々な職業をされていると話に聞きました。人手不足のグランドキャットウォークでは、守衛官補佐をされているゴブリンさんもいるんですよう」
テンガロンハットを被ったゴブリンのシェリフを勇太は想像して、ちょっと吹き出しそうになった。
「お、前方にコボルトの集団が現れたぞ! 勇者、戦闘用意ッ」
しばらく街道なのか荒野なのかもわからない、まるで風景が変わらない道のりを進んでいるところで、さっそく不審人物のお出ましだ。
警戒警報を発令した女騎士の叫び声に応えて馬車列が一旦停止すると、勇太と司祭アビも急いで下車をする。
「丁稚のみなさんは、他の方角から敵が近づいてこないか経過して! クリントウエストヒップさん今行きます!!」
「ヒップでいいと言っているだろう?!」
さっそくにもクギバットを構えながら飛び出していった勇太だが、クギバットがいつの間にか金砕棒の姿へと変化していた。
どうやら戦闘モードになると姿が進化するらしい。
『坊主、まずは集団戦闘のやり方を教える……』
普段は口数の少ないクギバットが、金砕棒の取り扱い説明をはじめた。
『まずは大きく引き構えた状態で、複数の敵を巻き込むイメージで振り抜け……』
「お、おう。ではやってみる」
すでに前方では、女騎士が馬上からコヨーテ面の猿人間を相手に剣を右に左に振り回して戦っていた。
騎馬突撃の勢いで数匹を蹴散らして見せるが、やはり馬足を止めると不利になると見て、女騎士はヒラリと下馬して戦いをはじめる。
その背後からすり抜ける様にして勇太が前面に飛び出た。
「勇太、敵を引き付ける。ヘイト!」
「よし脇から一網打尽だ、くっらえぇ!!」
うまくコボルトたちの側面に回り込んだ勇太は、そこからクギバットの指示された通りに、大きめに引き構えた状態から、思い切り遠くに振り抜けるように金砕棒をか飛ばした。
この状態で通常の溜めその一が発動しているらしく、コボルトを巻き込んだ瞬間の感触は威力が載っている。
ドカドカドカとまとめて三匹が金砕棒の餌食になったらしく、振り切った瞬間に頭上を返してコンボ攻撃に繋げたところで、仕留めそこなっていた四体目の脳天を勝ち割って見せた。
『どうだ坊主、これが金砕棒だ。気に入ったか?』
「マジ気に入った。マジ、クギバットさんイケメン!!」
勇太はジョブチェンジしたクギバットさんを絶賛した。
「すごい、たったの一挙動で四体も! さすが勇者イナギシさまっ」
「後は私がやる、任せてくれっ」
後続から駆けつけた司祭アビの勝算が聞こえたのもつかの間、すぐにも女騎士が残ったコボルトを剣で斬り倒してしまった。
逃走を図った最後の一匹については、アビちゃんが「わたくしも頑張らねばっ」と駆け出して短剣でズブリとひと刺しだ。
これで簡単にコボルトの脅威を排除できたと勇太たちのパーティーが安堵したそのつかの間の事である。
「さ、さ、サイクロプスだーー! 勇者様お助け下さい!!」
「嘘だろマジで?!」
ホッホおじさんの悲鳴が聞こえた方角を振り返る。
するとそこには幌馬車の御者台から遠くに向かって指差すホッホさんの姿があるではないか。
ちょうど荒野と森林地帯の境界線辺りにある、低木林がまばらに広がっている地帯であった。
「ぬ、確かにあれは独ツ眼の巨人で間違いないな。依頼書にあった人相描きの絵にとてもよく似ているぞ」
「まずいですねヒップさん。でも、おかしいです。わたくしが見たところ、こちらをずっと見ているだけで、近付いてくる様子が……」
急いで白馬に乗った女騎士は、いつでも駆け出す事が出来る様に準備だけはした様だ。
その隣で額に手を掲げながら遠くを監察する司祭アビである。
褐色エルフという出自からなのか、もしかするとアビちゃんは遠目が効くのだろうかなどと勇太は思う。
「近づいてくる様子がない? それだと、無理に戦う必要はないのかな」
「どうでしょう、ラスガバチョの街まではまだあと一日近く道のりがありますから。付いてこられるととてもやっかいです……」
そんな言葉を漏らした司祭アビは、腰後ろのフィールドバッグに仕舞っていたらしい聖なる経典を開くと、パラパラとページをめくる。
「むかしの伝承によれば、サイクロプスは人間の後を付けてくる修正があるそうですね。寂しがり屋の独ツ眼の巨人、なんて二つ名が残っています」
ストーカーかよ!
そういう突っ込みを勇太は口に仕掛けたけれども、伝わらないだろうと思って黙っておくことにした。
それよりも気が気ではないのが、ホッホおじさんである。
「こ、こういう場合はどうするのがいいのでしょうか勇者イナギシさま」
「そりゃ、倒すしかないでしょうね。付けてこられて夜中に襲われたら大変だ。明るいうちに倒しましょう」
勇太が頼もしくそう決断すると、女騎士も司祭アビも首肯してそれに同意するのだった。




